大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、個人的な「つぶやき」ブログ

東京ミッドタウンクリニックへの質問状 (全文)

久しぶりの投稿となります。本庶佑先生のノーベル生理学・医学賞受賞に乗じて、がん患者さんから大切なお金と時間だけを奪うインチキ免疫療法の声も同時に盛んになっています。

そのような現状、『FLASH』(光文社) で、写真週刊誌だからこそ可能なインチキクリニックの見極め記事が掲載されました。

しかしこれは、あくまでもインターネット広告規制の観点から示されたものに過ぎず、インチキ自体を規制できる法整備がないこの国では、何が問題であるかを、一つひとつ糺していかなければなりません。

本ブログでは、『FLASH』企画の後半記事で掲載された “公開質問状” について取り上げてみたいと思います。

これは、出版社を通じて六本木にある「東京ミッドタウン先端医療研究所」所長 田口淳一医師 (東京ミッドタウンクリニック院長併任) 宛てに質問状を送り、得られた回答内容の一部が記事化されたものです。ちなみに、詐欺的免疫療法ビジネスとして認知されている、瀬田クリニックやいろいろと問題の多い株式会社テラの直営であったセレンクリニックなどの大手施設、メディアで高名な中村祐輔氏 は取材拒否だったと聞いています。実は、田口医師サイドからの回答に対する再質問状も用意されていたのですが、紙面が限られていてほとんどの内容はボツとなってしまいました。

したがって、本ブログでは記事に至らなかった詳細を掲載します。このやり取りを通じて、一人でも多くの方に、詐欺的な免疫療法ビジネスの本質を考える契機となってほしいと願います。

 

(以下、全文掲載)

・質問①

貴施設での代表的治療に「樹状細胞ワクチン療法」とありますが、ホームページをみますと、「大阪大学大学院杉山教授が開発したがん抗原『WT1特許技術』を採用している」とあり、それは「当施設が技術提供を受けるテラ株式会社が独占実施権を保有」する治療ということになります。要するに貴クリニックで行われている治療は (株)テラ (以下、テラ社) と提携している多くのクリニックと同じなのでしょうか?

【東京ミッドタウンクリニック回答】

テラが技術提供する樹状細胞ワクチン療法は当施設がご提供する数ある免疫療法の一つですが、患者様お一人お一人に合わせた免疫療法をご提案しています。しかし、患者様に最適な治療をお受けいただくため、当施設では、標準治療(手術・放射線治療・化学療法)を受けることができる方には、主治医の先生のもとで必ず標準療法を受けていただくようにご本人にお伝えしています。がんに有効、あるいは症状を抑えるという科学的根拠(エビデンス)が存在する治療法である標準治療を優先してお勧めいたします。

しかしながら、標準療法に加えて「出来ることを積極的に取り入れたい」「治療法がない」と悩んでいる患者様がいらっしゃるのも事実です。私たちはそのようながん患者様に対し、がん免疫療法という選択肢をご提案しています。患者様お一人お一人にとって最適な治療を受けられることが何より大切ですので、例えば放射線療法が向いている方には放射線治療をご紹介しますし、痛みを緩和したい方にはそのための治療法や施設をご紹介し、当施設での治療に限らず、治療の選択肢をご紹介するよう努めています。

 

《回答に対する再質問》

テラ社が提供する「WT1ペプチド」を使用した樹状細胞ワクチン療法が、貴クリニック治療の主軸であると理解されます。その「WT1ペプチド」が、がん治療薬として使えるのかどうか、その有効性についての根拠はまだ薄弱であるはずです。ちなみに、すべての患者さんに対して「WT1」の発現は測定されていますでしょうか?

そのほかにも実施されている「活性化リンパ球(LAK)療法」や「ナチュラルキラー細胞(NK)療法」に関しては、1980年代からすでに試みられてきた旧世代の治療であり、有効性は証明されていません。安全性の面においても、本当にリンパ球が活性化しているのであれば、自己免疫性疾患に似た副作用が問題になってもおかしくありません。

然るに、それらの有効性を検証しようとする真摯な姿勢もないまま、「先端医療」を謳いながら、わずか一回の投与で患者さんから200万円~300万円以上も徴収するのは倫理的にいかがなものでしょうか。医療の営為ではなく、単なるビジネス目的のそれに映ります。

「患者様お一人お一人に合わせた免疫療法」

「最適な治療」

とホームページに記述されていますが、有効性を論じることが不可であるにも関わらず、具体的にどのようなインフォームドコンセントをされているのでしょうか?

また、もし「WT1」の発現を測定されているのであれば、発現のないがん患者さんにはどのような説明をされているのでしょうか?

 

・質問②

前記の樹状細胞ワクチン療法のみならず、NK細胞療法、活性化リンパ球療法なども貴クリニックで広く実施しておられますが、それぞれの治療は異なるものだという専門医の指摘があります。それぞれの細胞療法の単独ならびに併用した場合の有効性を示す臨床データをお持ちでしたら、お示しいただけませんでしょうか?

 【東京ミッドタウンクリニック回答】

免疫療法のデータは蓄積段階です。治療効果は過去の論文データでおおよそ推測できますが患者様のご年齢や体力、症状によって変わってきますので、蓄積段階のデータの公開は行っていません。

 

・質問③

貴クリニックで行われているがん免疫細胞療法の治療成績を、各がん種ごとに、具体的にお示しいただけませんでしょうか? また、そのデータは、細胞療法単独での成績なのか、標準治療も併用した成績なのか、どの治療設定で行われたものなのか、ご教示ください。

 【東京ミッドタウンクリニック回答】

治療データは蓄積段階にありますが、公開はしておりません。治療成績は過去の論文データでおおよそ推測できますが、患者様のご年齢や体力、症状によって変わってきますので、免疫療法の効果を示すデータとはならないからです。例えば一般論として何割と具体的な数値を示したとしても、それが今後の治療にも当てはまるものではありません。今後治療をする患者様の条件によって異なります。

 

《回答について再質問》

貴クリニックの免疫細胞療法の主軸が、テラ社が提供する「WT1ペプチド」を使用した樹状細胞ワクチン療法だとした場合、テラ社のホームページ (現在) には、これまでに12,000 例近くの症例実績があると宣伝されています。そのうち、膵がん患者をみると2,500 例近くも症例数が重ねられているようです。もしそれらが本当ならば、一体なぜ、誰もが納得できる客観的データを出し得ないのでしょうか。

「治療データは蓄積段階」ということは、貴クリニックの免疫細胞療法は、現状、「海のものとも山のものともつかない」ことを意味します。何年たってもデータは蓄積中、言い換えると、目標のない「人体実験中」とみなされます。そうであるにもかかわらず、多くの他がん種の患者にまで治療対象を拡大し、高額な治療費を患者さんに支払わせている貴クリニックの倫理指針をお聞かせくださいませんか?

 

さて、前の回答から、貴クリニックでのがん免疫細胞療法の対象について、

⑴ 標準療法に加えて「出来ることを積極的に取り入れたい」患者様

⑵「治療法がない」と悩んでいる患者様

ということがわかりました。

⑴ について、貴ホームページでは「相乗効果が期待でき、副作用を抑えて治療することが可能です」とされていますが、貴クリニックの客観的データを出せないということは、本当に「相乗効果」があるかどうかわからないということです。

また、他の「活性化リンパ球(LAK)療法」や「ナチュラルキラー細胞(NK)療法」については、付加的な副作用も懸念されるところです。「副作用を抑えて治療する」という根拠はどこにあるのでしょうか?

⑵ について、標準治療の影響がない対象のはずですから、すぐにでも貴クリニックの治療成績データは出せるかと存じます。

「過去の論文データ」が何を指しているのか不明ですが、要するに、患者さんの転帰がどうなったのかをしっかり追跡していないので、生存成績を出すことができないという意味でしょうか。

生存成績データを示さずに、貴クリニック治療の有効性を論ずる理由をお聞かせください。

 

・質問③

貴ホームページでは「治療は自由診療のため全額自己負担となります」とありますが、標準治療や緩和ケアなどは一切行っていないのでしょうか? 症状や苦痛を訴えた患者さんに対して、どのような対応を取っていますか? 効果がなかった事に対する苦情やトラブルはこれまでありませんでしたか?

 【東京ミッドタウンクリニック回答】

当施設では、標準治療では治療が困難になった再発・転移がんの方への治療を中心に行っています。標準治療を受けられる施設は全国区にあり、お近くのがん治療拠点病院等で受けていただくほうが遠方から来ていただくご負担等を考えますと望ましいと考えるからです。

緩和ケアにつきましても、主治医の先生のもとでの緩和ケアをお勧めしています。緩和ケアの治療法の提示がないとおっしゃる患者様に対しては、放射線治療で緩和ケアをできる施設や、腹水ケアのできる施設、在宅緩和ケアのできる医療機関などをご紹介しています。

免疫療法を受けられる患者様には、標準治療が優先であることやエビデンス構築段階の治療であることをお話し、ご納得いただいた方に治療をお受けいただいています。

 

《回答について再質問》

データがない、つまり本当に治療として成り立っているのかどうかも不明な貴クリニック免疫細胞療法と組み合わせることで、本来の標準治療効果が減じたり、新たな副作用リスクが問題になる可能性について先にも述べました。

 貴ホームページ上に「大学病院や専門医療機関と密接に連携」とありますが、実際の現場にいる専門医師たちに聞くと、「密接な連携」はないという意見が圧倒的でした。 患者さんが希望するので止む無く紹介状を書いている医師も少なくないようです。それほど貴施設ががん治療専門医に信用されていないのはなぜだと思われますか?

 

・質問④

  田口所長は東京大学医学部を卒業後、総合内科専門医(循環器分野ご専門)として宮内庁侍従職侍医などの経歴をお持ちで、「がん治療分野における研究も多数」と自己紹介されていますが、「がん治療分野における研究」の実績について、具体的に伺えませんでしょうか?加えまして、東京ミッドタウンクリニックに赴任されるまでの、がん患者診療実績、ならびに標準的な薬物治療の経験数などをご教示ください。田口医師のほかの常勤医師についても、同様にご回答ください。

 【東京ミッドタウンクリニック回答】

田口医師は総合内科専門医、臨床遺伝専門医でもあります。総合内科医師としてがん患者様を担当してきています。下記は田口医師の研究論文の一例です。

Peptide-pulsed dendritic cell vaccine in combination with carboplatin and paclitaxel chemotherapy for stage IV melanoma. Melanoma Res. 2017

相談や治療はチームとして行っており、外科専門医として豊富ながん治療経験のある草野敏臣医師や複数のがん治療経験の豊富な医師が当施設でがん相談および免疫療法を行っています。

 

《回答について再質問》

貴クリニックでは標準治療を行っていないということを理解しました。 個人的には、総合内科医 (循環器専門医師) が、がん患者さんに対して、特殊ながん免疫細胞療法を実施することに大きな違和感があります。繰り返しになりますが、どのようなインフォームド・コンセントをされているのでしょうか。

 一方で、がん免疫細胞療法を実施する上で、培養細胞の精度管理や品質保証を担保するために、貴施設内ではどのようなチェック体制がなされているのでしょうか?

貴クリニックには「先端医療研究所」と仰々しい冠が付されていますが、細胞療法のスペシャリスト、あるいはそれに相当する基礎研究者は常駐しているのでしょうか?

 例えば、貴ホームページにある自己がん組織樹状細胞ワクチン療法(1クール:195万円)は、かなり高度な研究技術を要するものと個人的に理解しています。本治療が本当に貴クリニックで実施されている場合、どのようなレベルの担当者が、どのような精度管理のもとで実施されているのでしょうか?

 いち業績としてあげていただいた論文について、田口医師は共著者のひとりだと理解しました。これの内容は、悪性黒色腫(メラノーマ)患者 9 例の安全性評価のみを示したもので、テラ社がスポンサーとなっている論文であると留意しています。田口医師の「がん治療分野における研究も多数」について、上記以外にありますでしょうか?

 

「外科専門医として豊富ながん治療経験のある草野敏臣医師や複数のがん治療経験の豊富な医師が当施設でがん相談および免疫療法を行っています。」 とありますが、「外科医として豊富ながん治療経験を有している医師」だからこそ、なぜ根拠のない免疫細胞療法を、あたかも効果があるかのように吹聴しながら高額な費用を要求して治療ができてしまうのか理解に苦しみます。

 まともな医学教育を受けている医師であれば、「医療倫理を全く理解していない、営利目的のふるまい」と勘違いをされるような行為は通常行えないと個人的に考えます。

 

他にも重大な問題を指摘させてください。

田口医師は、「一般社団法人あきらめないがん治療ネットワーク」で代表理事をされています。非営利をうたい文句とされているようですが、ほか理事メンバーは全員、医療法人社団ミッドタウンクリニックの役員です。

貴施設ともリンクしている当社団法人URLは

akiramenai-gan」→「あきらめない-がん」は、がん患者さんの藁にもすがりたい心理をうまく利用し、あたかも治療選択肢を保証している誇大広告の可能性があります。

改正医療法では、間接的・暗示的な広告は規制されているかと存じます。

 当サイトに登場する医師陣は、テラ社と提携している病院、クリニック医師、あるいは テラ社となんらかの利害関係のある人たちがほとんどです。これは明らかに、テラ社商品を扱っている施設、あるいはミッドタウンクリニック・グループへの患者誘導になっているようにみえます。

すなわち「ステルスマーケティング」である疑義が生じますが、この点についてどのようにお考えでしょうか?

 

余談ではありますが、テラ社の最近のご事情はご承知かと存じますが、なにやら良からぬ噂が絶えないようです。そのような企業商品に、サイエンスとしての真理が宿るとは個人的には思えません。

近藤誠ワクチン否定本の稚拙さと懲りない文藝春秋

 

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〈必要もないのに、最悪の場合死ぬかもしれない。そんな「予防治療」がまかり通っている。専門家は戦慄すべき毒性をひた隠し、事故が起きても自己責任。本書で正しい自己決定を。〉

そうオビに書かれた書籍『ワクチン副作用の恐怖』(文藝春秋) が昨年11月に出版されました。医学の進歩や情報の流動化に伴い、医療情報を扱うメディアへの信頼性が叫ばれている最中、またもや後先考えずに「売れることだけ」を狙った出版物が世に放たれてしまいました。

著者は、“がん放置理論” で名のある元慶應義塾大学病院 放射線科医師の近藤誠氏。治療への恐怖心、医師への不信感につけ込み誇大にリスクを煽ることで、極めてシンプルな “がん放置” という方策を広く認知させることに成功した人物です。しかし実際には、後戻りのきかない深刻な事態に繋がってしまう不幸なケースが後を絶ちません。そして、近藤氏はそのような方たちに対して先々の責任を負うことをしてきませんでした。

今回のいわゆる “ワクチン否定” 本の出版についても、いくら言論の自由があるとはいえ、生命に関わる大切な医療情報となり得る以上、この本にみられる誤謬について糺しておく必要があります。

 

本書の「はじめに」は以下の記述があります。

〈心臓死の危険がある “川崎病” は、日本での発症率が世界一。乳幼児にとって脅威となっていますが、原因が不明とされてきました。しかし、その多くにBCGその他のワクチンが関与しています。(中略)  脳に生じる後遺症が重大です。ワクチンは四肢マヒや知能低下のように、副作用とすぐ知れるもののほか、意外な病気を発症させます。たとえば “ナルコレプシー” (眠り病)です。新型インフルエンザに対するワクチンがその原因になりました。ワクチンによって活性化された免疫細胞が、脳組織を破壊したのです。これを “自己免疫疾患” といいます。またB型肝炎ワクチンは被接種者の一部に、脳の自己免疫疾患である “多発性硬化症” を発症させるようです。ほかのワクチンも、自閉症や認知能力の低下などとの関係がいわれています。〉

何も知らない一般の方が、出だしからこのように吹聴されると、「ワクチンは怖いな、恐ろしいな」という印象をきっと抱いてしまうはずです。しかし、本当にそのようにワクチンとの因果関係を一方的に論じてしまってよいのか、まずは批判的に吟味してみるべきです。なぜならば、この本にみられるロジックは、これまでの著作と同様、特徴的なバイアスが随所にみられるからです。それらは、近藤氏の好悪が前提とされ、全体を公平(フェア)に扱わないこと、都合のよい断片的データや話にしか目がいかないこと。

例えば、肺炎球菌ワクチンの有効性を検討するために、施設入所者を含む高齢者1,006人を対象に国内で行われたランダム化比較試験のデータ(BMJ 2010; 340: c1004)を引用しながら、次を強調します。

〈 (肺炎球菌) ワクチン接種で総死亡数は増える〉

内容は、プラセボ(偽薬)群 504例 vs ワクチン群 502例で、ワクチンによって肺炎球菌性肺炎の発症率を抑えることができるかどうか確かめられたものです。ところが、付随する総死亡数データ、プラセボ群 80人とワクチン群 89人を引き合いにして、増えている死亡発生数があたかもワクチン接種の副作用であるかのように話題を転じています。この数字をあえて比較するのであれば、80/504 vs 89/502 という割合で死亡リスクを検討するべきです。ひとつの研究データのみではなく、海外で行われた7つのランダム化比較試験をまとめたメタ解析(CMAJ  2009; 180: 48-58)の結果をみると、肺炎球菌ワクチンが死亡リスクを高めるというデータはどこにも見当たりません。

近藤氏に限らず数多いるワクチン否定論者にみられる手法として、リスクに関する情報のみに執着し、どこからともなく都合のよい話を調達してきます。さらには、陰謀論まで持ち出すことで、建設的な議論をいとも簡単に壊してしまうこともしばしばです。

医療という営為は、利益と不利益(リスク)を必ず包有します。利益が確実に得られる保証もない一方で、リスクをゼロにすることも不可能です。ワクチン医療もまた然り。ワクチンによる利益とリスクがしっかり勘案されながら、国民一人ひとりの健康の維持、増進を図ることが最大の目的となっていなくてはいけません。しかし、近藤氏はなぜかワクチンの不利益のみにしか目が行かず、利益については頓着しません。

現在でもひとたび感染してしまうことで、大きな後遺症を抱えてしまったり、死に至らしめたりする感染症がいくつも存在しています。それらに対して、もしワクチンで防御できるのであれば、集団としても個人としても大きな利益と考えるべきでしょう。

予防接種の是非は世界規模での懸念事項であるからこそ、各国にとって重要な政策課題となっています。したがって、何よりも科学(サイエンス)に基づく客観性をもった意思決定が重要であり、いっときの思想や個人の好悪で判断されるものであってはいけません。

他方、デリケートな問題も抱えています。ワクチン医療は、病気の患者さんに対して行われる営為ではなく、本来、症状もない健常な方たちに接種されるため、成果が目に見えて実感されにくいということです。そして、ワクチン自体が医薬品であるため、決してゼロリスクではありません。そのような理由から、ひとたび副作用 (副反応) が起きてしまうと、ワクチンへのネガティブな感情が惹起されやすいのはやむを得ないことでしょう。さらに、国家 (集団) としての予防政策と、個人としての防御が合致しないこともありえます。したがって、ある側面だけをみてワクチンの是非を下すのではなく、森も木も見ながら、フェアでより賢い議論を要するテーマであることは認識しておいたほうがよさそうです。

話を『ワクチン副作用の恐怖』に戻します。

 

〈インフルエンザは、ただの風邪です。乳幼児もインフルエンザでは死にません。死ぬ子がでるのは、解熱剤や抗ウイルス薬を使うからです。(中略) インフルエンザワクチンは、効果に関しては専門家が語るように、「水のようなワクチン」です。しかし、副作用に関しては劇薬に指定されている毒物です。ただの風邪を予防するために打つには危険すぎ、無用です。〉

インフルエンザウイルスには A、B、C の3つの型があり、流行的な広がりを見せるのはA型とB型です。A型は連続抗原変異といって、巧みにマイナーチェンジを繰り返すので毎年流行します。歴史的には、10年〜数十年の間にフルモデルチェンジをした暁にはパンデミック (世界的流行) を起こし、多くの死者を出しています。記憶に新しいのは2009年にメキシコと米国で発生した新型インフルエンザですが、過去にはスペイン風邪として、全世界で約4,000万人もの死亡者が報告されています。今後、新たなパンデミック がいつ起こり得るか不明であり、ワクチン対策は常に念頭に置いておくべきでしょう。

さて、インフルエンザが問題になる対象はとくに高齢者です。心臓や肺に疾患を抱えていたり免疫機能が低下している方の場合、 二次的な肺炎を起こしやすく入院や死亡リスクが高くなります。例年のインフルエンザ感染者数は、国内のみでざっと約1,000万人といわれます。インフルエンザが引き金となって生じる肺炎のように、間接的な要因まで含めた「超過死亡」という推定値によると、インフルエンザ流行による年間死亡者数は、世界で約25~50万人、日本では約1万人。さらに、5歳以下の乳幼児はインフルエンザ脳症リスクがあるため、やはりワクチンでの集団防御は必要と考えます。

インフルエンザは決して「ただの風邪」ではないのです。

〈群馬県前橋市における大規模調査で、ワクチンを打ってもインフルエンザにかかる人びとが減らないことがわかりました。社会防衛論は根拠のない空論だったわけです。〉

近藤氏は、今から30年も前に刊行された前橋市医師会が中心となって作成した論文「前橋レポート」(http://www.kangaeroo.net/ 参照可能)を前提としているようです。ワクチン否定論者にとってバイブル扱いされているようですが、いま見返してみるとデータの統計学的な扱い方に難があります。内容は、不均一なデータを駆使しながら、学童を対象にワクチンを接種してもしなくても学校欠席率に差が無かったことを示しているだけです。欠席理由は、インフルエンザばかりでなく、風邪や他の発熱疾患も含まれています。この前橋レポートには、今しっかり吟味すると「社会防衛論は根拠のない空論」と結論づけるほどのインパクトはありません。一方、海外から報告されているインフルエンザワクチンの有効性を示す数多の臨床試験データについて黙殺するのはフェアではありません。挙句には、次のように言い放ちます。

〈高齢者は、いつかは亡くなる運命にありますが、インフルエンザにともなう肺炎や肺炎球菌肺炎は、相当ラクに死ねるので、ある意味、理想的です。〉

現場感が欠如していて、とても医師の発言とは思えません。

 

〈麻しんウイルスが排除された日本では、やめたほうがいいワクチンです。〉

麻疹 (はしか) ウイルスは非常に感染力が強く、空気感染 (飛沫核感染) するので、手洗いやマスクでは予防できません。日本は2015年3月に世界保健機関(WHO)の西太平洋地域事務局から「麻疹の排除状態」と認定されました。風疹も含む混合ワクチン2回接種法対策の恩恵だったわけです。しかし、グローバル社会となったいま、多くの海外渡航者が帰国後、麻疹を発症する人が増えています。昨年も189人の麻疹感染者が国内で確認されました (国立感染症研究所 感染症発生動向調査より)。忘れがちなのは、いくら国内が「麻疹の排除状態」にあっても、外国から持ち込まれる輸入感染のリスクに晒されているということです。最近のニュースでも、沖縄で台湾人旅行者による麻疹持ち込みによって、周囲への被害状況拡大が問題となっています。

http://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/chiikihoken/kekkaku/mashin.html

特にアジアではインド、中国、ヨーロッパ地域ではイタリア、ルーマニアなどでは麻疹対策が遅れ、現地での感染者がいまだに少なくありません。したがって、この先オリンピックを控え、毎年多くの外国人を迎え入れている日本としては、一人ひとりが麻疹に対しても積極的に関心を示すべきです。

〈麻しんワクチンは生きたウイルスをつかっているので、それが脳で増殖し、組織を破壊する〉

近藤氏はリスクを一所懸命に唱えますが、麻疹ワクチン副反応としての脳炎・脳症の発生は100~150万人に1人以下の頻度とされています。しかしいくら稀な事象であっても、万が一起きた場合にはもちろん救済策は必要です。

〈先進国では、麻しんで死亡する可能性がほぼないため、ワクチンの必要があるかは疑問です。〉

本当にそうでしょうか。麻疹ウイルスに感染すると、免疫抑制状態を引き起こすことで麻疹以外の別のウイルスや細菌感染が重症化することがあります。とりわけ肺炎や脳炎を引き起こすリスクが高く、中でも亜急性硬化性全脳炎 (SSPE) という悲惨な合併症で苦しんでおられる患者さんがいることも忘れてはなりません。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20120523-OYTEW59282/amp/?__twitter_impression=true

他には、妊婦の重症化リスクが高いことも問題になっています。国立感染症研究所の報告では、先進国であっても麻疹患者 約1,000人に1人の割合で死亡するリスクがあるようです。国内では2000年前後の流行期に年間 約20~30人の死亡例が確認されています。

以上より、近藤氏は、もう少し広い視野で事実をみるべきです。

 

〈幼児期の接種では、先天性風しん症を防げない 〉

そのように断じてしまう根拠は薄弱です。風疹ワクチンの接種をしていない女性が妊娠20週頃までに風疹に感染すると、ウイルスが胎児に感染し先天性風疹症候群 (CRS) と呼ばれる障害児が生まれるリスクがあります。他の先進国と比べると国内での発生頻度は比較的高く、2012~14年の CRS 報告数は45例。2013年には、米国疾病予防管理センター (CDC) より、日本への渡航注意が米国人に向けて喚起されました。

CRS の赤ちゃんは、周囲に感染させてしまうこともあるため、保育所をはじめとする集団生活のみならず、日常の生活においても様々な制限が出てきます。現在でも苦悩し続けている母親や家族がおられることを決して他人事と考えてはなりません。重要なのは、CRS はワクチンで防げるということです。

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hand-in-hand-kanimama-taeko?utm_term=.ls082PygVg#.snZY2R18M8

また、認識しておかなければいけないデータとして ( 国立感染症研究所ホームページ 先天性風疹症候群とは ) 風疹の流行と CRS 発生の多い年度は一致しているわけですが、もうひとつ無視できないのは、人工流産を選択するケースも併せて増えていることです。風疹感染を危惧して中絶を決意した少なからぬ妊婦の悲しみが推し量られます。

〈 風しんワクチンは、妊娠を計画したときに、抗体価をはかってから接種を決めればいでしょう。男性には不要です。〉

近藤氏の主張がいかなる理由であれ、未婚であっても妊娠可能な年齢女性は、早めに風疹ワクチン接種を受けておくことが大切です。また、妊婦への感染リスクをできるだけ減らすためには、妊婦周辺だけの話では済みません。もっとも感染者が多いのは、20〜40歳代の男性であることはご存知でしょうか。

https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/rapid/rubella/160714/rv3_180208.gif

したがって、男女問わず、地域社会全体で一人でも多くの方が予防接種を受けておくのが理想的でしょう。「男性には不要」などと医師が言うべきことではありません。

 

かつて実施されていた麻疹、風疹、さらにムンプス(おたふくかぜ)の混合ワクチンであるMMRワクチンについて、以下の記述があります。

〈1998年の「ランセット誌」に、英国のウェイクフィールド医師が、麻しん風しんおたふく風邪三種混合ワクチン (MMRワクチン) が自閉症の原因になるという論文をのせました。(中略) ところが研究内容に不正があったとして、2010年にランセット論文が取り消され、ウェイクフィールドの医師免許がはく奪されました。こうして自閉症とワクチンは無関係であるとする学説が勝利したようにみえます。が、これは序章にすぎず、いまでも自閉症のワクチン原因説は根強いのです。とくに問題視されているのは、各種の不活化ワクチンがアジュバントとしてアルニウムを含んでいる点です。〉

ウェイクフィールド事件について、ご存知ない方は『ワクチンは怖くない』(岩田健太郎 著 光文社新書) に詳細が書かれています。一部抜粋しますと、

- MMR接種から何ヶ月もたってから自閉症を発症したデータは隠蔽されていました。「接種後数週間で自閉症を発症する」という物語を作るためです。ウェイクフィールドは事実をねじ曲げていたのです。実は、ウェイクフィールドはワクチンメーカーを訴える計画に関与していました。問題の論文ができる前から、訴訟を目論んでいた弁護士から、40万ポンド以上もの報酬も受け取っており、ワクチンと自閉症との関係をでっち上げ、訴訟を起こして多額の賠償金をせしめようとしていたのです。P19-

何かにつけて陰謀論を盾にする近藤氏ですが、まさに陰謀の渦中にあったウェイクフィールド氏を断罪するのではなく、むしろ「いまでも自閉症のワクチン原因説は根強い」と擁護しています。

さらに目を疑ったのは、下記の如く、信頼性の乏しい動物実験の話まで持ち出して、ワクチン接種部位の肉腫 (にくしゅ) 発生リスクまでも強調しています。

〈アルミニウムアジュバントが使われている種々の不活化ワクチン接種部位に、将来肉腫が生じることが予想されます。ただ犬猫の一生は短いためでしょう、肉腫も比較的早くに生じてきます。これに対し人の一生は長いので、肉腫ができてくるとしても、ワクチン接種後、数十年たってからだと考えられます。〉

ここまでくると、本の中に登場してくる話の根拠には一貫性がありません。要するに、ワクチンを非とできる話やデータであれば何でもよいことがわかります。この「認知バイアス」を、近藤氏は自覚するべきです。

 

〈将来の性行為によって感染するB型肝炎を、乳児期のワクチン接種で予防しようというアイデア自体に無理があります。またワクチン導入前の、子どもの陽性率も低く、そもそも導入の必要性がなかったのだと思います。副作用も甚大です。脳の自己免疫疾患がよく生じることも問題です。子への接種はやめましょう。〉

2002年のWHO報告では、B型肝炎ウイルス (HBV) 感染者は世界中で20億人、持続感染者は3.5億人、年間70万人近くの人々が HBV 関連疾患で死亡しています。私も、これまでに B型肝炎由来の肝細胞癌、肝硬変の患者さんの死を数多く見届けてきました。また、 B型肝炎が劇症化して生体肝移植に携わった経験もあります。

このウイルスは、これまでの認識に反して、血液だけではなく、唾液や涙からも検出されることが知られています(下記資料より)

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000070694.pdf

B型肝炎ウイルスの感染について考える際、決して性交渉だけに注意を払えばよいわけではありません。食器やタオルを共有する家族間での感染や, フットボールや相撲などのコンタクト競技による水平感染も報告されています。2002年には、佐賀県の保育所関係者が感染源となって、園児19名, 職員6名の集団感染が報告されました。唾液や涙を介して日常生活でも感染してしまうこのウイルスは、ひとたび慢性化してしまうと、排除は難しく生涯付き合っていかなくてはいけません。とりわけ 1歳未満 の免疫機能が未熟な乳児期に感染してしまうと、その 90% がキャリア化するとも報告されています(World Health Organization; Introduction of hepatitis B vaccine into childhood immunization services)。

2016年10月より、海外に遅れをとってようやく国内でもB型肝炎ワクチンが定期接種化されました。全出生児を対象に、生後12か月までに3回接種することが推奨されています (ユニバーサル ワクチネーション)。このワクチンは青年期より乳児期に接種するほうが、より効果が高いことも示されています。毎年、世界中で何億人もの人たちがB型肝炎ワクチンを問題なく使用しているわけで、もっとも安全性の高いワクチンの一つなのに「脳関連の副作用が多いことを知れば、打つ人はいなくなると思います」と吹聴できる根拠は不明です。

乳幼児に対する日本のB型肝炎対策がようやく世界標準になりつつあるにもかかわらず、保育園や幼稚園の入所の際、次のように呆れた指南が本に記されています。

〈祖父母やママ友などにあれこれ言われるケースもあるでしょう。その場合に決定的な解決策はないのですが、この本を渡して読んでもらうのが一法です。それでも言いやまない人たちには、『子どもに後遺症がでることはないと保証してください。そう一筆書いてくれたら、うけさせます』と言えば、みんな黙るようです〉

 

〈HPVワクチンで子宮頸がんは防げない 〉

最後に、ヒトパピローマウイルス (HPV) ワクチンについてです。HPV 関連疾患として、代表的なのは女性の子宮頸がん、男性の尖圭コンジローマ、最近では咽頭がんも増えています。中でも、“マザーキラー” と称される子宮頸がんは、ワクチンで感染を防ぐことができれば、子宮や命を奪われることはありません。これは、B型肝炎ワクチンで感染を防御できれば、B型肝炎由来の肝がんにならなくて済むのと同じ理屈です。その子宮頸がん、現在、国内では年間 約1万人 の女性が罹患し、約2,700人 が死亡しています。

もちろん、HPV感染の慢性化が、死亡リスクのある浸潤がんにすぐに変化してしまうわけではありません。手前で高度異形成、上皮内がんといわれる過程があります。それらは「前がん病変」 (CIN3) と称され、適切な治療を受けずに長年放置されると、約30~40%が浸潤がんに移行する可能性リスクも報告されています (Lancet 2004; 364: 249-56 / Lancet Oncol 2008; 9: 425–34)。しかし、“がんもどき” と “本物のがん” の二元論でしかがんを語ろうとしない近藤氏は、CIN3から浸潤がんへの連続性を頑なに認めようとしません。挙句には、「子宮頸がん検診」までも無意味だと主張します。

 一方、若年女性を対象としたHPVワクチン接種によって、数年ほどの観察期間とはいえ、前がん病変の発生を90%以上抑える効果が臨床試験で証明されています (N Engl J Med 2007; 356: 1915-27 / Lancet 2009; 374: 301-14)。この事実に対して近藤氏は、次のように断じます。

CIN3の出現頻度を減らしても、浸潤した子宮頸がんの発生を防げたというケースは、世界に一例もない」

これは、詭弁にほかなりません。以下、理由を説明します。

感染からがん発生まで観察するのに十年単位の長期間を要します。その期間中、もし被検者の方が「前がん病変 (CIN3)」だと診断されたらどうされるでしょうか。きっと放置せずに、その時点で適切な治療を受ける方が大部分のはずです。したがって、倫理的な側面を考えれば、「浸潤した子宮頸がん」発生の差まで示すデータを出すことは不可能なわけです。良識ある読者であれば、「前がん病変」の発生を阻止できれば、その先にある浸潤がんも防げることは、容易に察しがつくはずです。ところがHPVワクチン薬害訴訟弁護団からも近藤氏の主張とまったく一致した声が聞こえてきます。

-HPVワクチンは、「子宮頸がんワクチン」と呼ばれていますが、子宮頸がん自体の発症予防効果は証明されていません。臨床試験で確認されているのは、癌になる前の細胞の異常状態(異形成)を抑制する効果だけで、その効果も限定的です。- (HPVワクチン薬害訴訟弁護団 ホームページより)

周知のごとく、日本では2013年4月に小学校6年生~高校1年生の女性を対象に、他の先進国に遅れてようやく定期接種が開始されました。しかし、接種後に「身体の広範な痛み」「倦怠感」「しびれなどの神経症状」などの異状が報告されたことから、わずか2カ月後の同年6月に、厚生労働省からHPVワクチン接種の積極的な勧奨が一時中止とされました。この事態以降、医学、政治、メディアとの相互間で、厄介で大きな捻じれを生み出すこととなります。

一部マスメディアは、症状で苦しむ少女の映像やネガティブなニュースを前面に出し、HPVワクチンのリスクを誇大に煽る報道を繰り返しました。さらには、2016年6月には被害者とされる63名が国と製薬企業を被告として全国4地裁で一斉提訴に踏み込む事態となっています。

確かに、他ワクチンと比べて相当痛み刺激が強いのは本当のようです。対象が思春期の女性であるため、中にはワクチン接種直後に意識を失うケースも少なからず報告されています。それらの事象もすべて含めて、昨年4月まで報告された副反応の発生頻度は、医師などが判断した重篤なもので10万人あたり51人とされています(厚生労働省 厚生科学審議会)。

近藤氏は、原因不明の多様な症状に対して、信憑性の乏しい動物実験やマクロファージ性筋膜炎、アジュバント病といった不可解な病名を持ち出しながら、自身の推察のみでワクチン含有成分が原因だと論じています。ちなみに、最近の全国疫学調査 (研究代表者 大阪大学教授 祖父江友孝 氏)によると、HPVワクチン接種歴のない若年者にも同様な症状が一定数存在することが報告されています。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000161352.pdf

WHOや各国は、科学的根拠に基づきながら器質的疾患とHPVワクチンとの因果関係を否定していますが、ワクチン接種後に少女たちに何らかの原因不明な症状が出現し、今もなお苦しんでいる一例一例の事実は重く受け止めなければいけません。もちろん、ワクチンがゼロリスクでないことも理解しておく必要があります。そして、思春期にある「機能性身体症状」という病態への理解が乏しいまま、ワクチンとの因果関係が証明されていないからと突き放してしまう医師がいる限り、残念ながら一度失ったHPVワクチンへの信頼を取り戻すことは難しいでしょう。しかし一方で、蓋然性の低いリスクばかりに固執し、身勝手にワクチン自体の有効性に疑義を呈したり、本来、ワクチンの恩恵に与れるはずの多くの日本人女性が発がんリスクに晒され続けている事態も大きな問題であると申し上げておきます。

 

最後にこの本の「あとがき」にはこう記されています。

〈もし将来にワクチン接種によって重篤な後遺症や死亡が生じたら、その発生を予見しながらワクチン接種体制をそのまま放置していたことは、間接的にせよ、傷害罪や殺人罪に相当する行為だと言えるのではないでしょうか。〉

ワクチン副作用ばかりに執着されるのであれば、なぜ、ワクチン接種の機会を逸することで、感染する必要のない病気で苦しむ多くの人たちの苦悩や無念さについても、等しく配慮できないのでしょうか。

近藤誠氏および贔屓出版社のふるまいは、いっときのエゴを満たしている行状にしかみえません。医師の立場でありながら、確信的に倫理的規範から逸脱した「表現の自由」は許容されてよいはずがありません。

金輪際、「医師として」表現されることはお辞めいただきたい。

 

* 『週刊新潮』2018年1月25日号で掲載された記事の原文を一部抜粋・加筆修正

がん食事療法の怪 -ゲルソン療法からケトン食まで-

牛肉はダメだけど牛乳はよい。いや牛乳はNG、でも乳製品はよい。糖分はがんの餌だから絶対ダメ。だけどたくさんの果物摂取は必須。低体温はがんに良くないけど、体が冷えても野菜ジュースは大量に飲むべし。野菜に含まれる βカロチンの過剰摂取は発がんリスクあるけどね。塩は厳禁、岩塩はOK。昔の日本食、ことに縄文時代の食事は良かった……なんのこっちゃ。

‘藁にもすがりたい’ がん患者さんの心理バイアスにつけ込む不誠実な営為が昨今目立ちます。その一角をなすのが「がん食事療法」でしょう。国内では定着したビジネスモデルとなり、本屋の「家庭の医学」コーナーに行けば、それを扱う多くの書籍が棚を占めている有り様。中にはベストセラーとなり、患者さんに悪影響を与えているものも少なくありません。

本ブログ* では、医師の立場で書かれた「がん食事療法」ベストセラー本にある数々の問題について取り上てみます。共通するのは、真偽が定かではない体験談を連ねるも、食事療法の有用性を証明する姿勢を一切見せないことでしょう。これは、エセ免疫療法に携わる関係者にも言えることです。場合によっては、両者が根っこで繋がっていることも少なくありません。

 

①『ガンと闘う医師のゲルソン療法』 (星野仁彦/マキノ出版)

著者である星野氏は、後述する「ゲルソン療法」の普及に長年努めている精神科医です。27年前にS状結腸がんを患って手術し、その後、肝臓に2箇所の転移(肝転移)を認めたといいます。本の記述では、当時の「5 生存率データは 0%」がことさら強調されています。ところが自分には奇跡が起きたのだと。しかしながら、ここで冷静に捉えないといけないのは星野氏が患ったのは「大腸がん」だということです。

大腸がんの肝転移は、ステージ IV であっても治癒する可能性が十分見込める疾患です。記述をたどると、彼の肝転移は 1cm 程度のものが 2個。それらに対してエタノールを注入する局所治療を受けており、結果はうまくいって腫瘍は 2つとも壊死したと書かれています。この時点で、星野氏の大腸がんは治ってしまったのではと私なら考えます。

というのも局所治療がうまくいったという事は、手術やラジオ波焼灼術 (RFA) と同じ効果があった可能性があるからです。東大病院やがん研有明病院の治療成績データ (Saiura A et al. World J Surg 2012; 36: 2171-8) を参照すると、星野氏と同様な2個の大腸がん肝転移の生存成績は、手術のみで5年生存率は約 60% ほど。決して 0% などではありません。さらに、私の経験上でも、エタノール注入療法で治ってしまった転移性大腸がん患者さんを何人も知っています。そのような背景があるにもかかわらず、がんを克服できたのは、その後に行った「ゲルソン療法」の恩恵だと彼は主張し続けています。

ゲルソン療法とは「がんになるのはがん細胞が好む悪い食事を摂っているからだ」と1930年代にドイツ人・ゲルソン医師が提唱したもので、トンデモ療法に他なりません。

具体的には、天然の抗がん剤と称して1日に計 2~3 ㍑もの大量の野菜ジュースを患者に飲ませ、厳格に塩分を禁じ、カリウムとビタミンB12、甲状腺ホルモン、膵酵素を補給させ、極めつけはコーヒー浣腸まで。肝臓のデトックス効果と代謝を刺激して自然免疫力をアップさせると言います。

ところが、ゲルソン氏は信頼できる医学論文を一切書いていません。前記根拠を示す実験データも皆無で、言ってみれば単なる思いつき。成功例の報告も真偽が不明と無いない尽くしで、これまでに多くの死亡例や重篤な副作用が報告され、欧米では代替療法としてこれに近づかないよう通告がある、危険なオカルト療法扱い 。

Gerson Therapy (PDQ®)—Health Professional Version - National Cancer Institute

Gerson regimen. - PubMed - NCBI

なのに星野氏は彼を天才と崇めるのです、こんな風に。

「ゲルソン療法は、数ある食事療法の中でも、効果は抜群です。私自身も、この療法を実践することによってガンの再々発から免れることができました。更に、私はこれまで何十人もの患者さんたちを指導してきて、(略)ゲルソン療法の効果は横綱級だと確信しています」

星野氏自身、ゲルソン医師と同様、真偽も不明な体験談を連ねるのみで、まともな学術論文を書いていません。この療法に頼ってしまったために、何の効果もないどころか、下痢、衰弱、電解質異常、そして急速ながんの悪化など、大切なQOLを奪われてしまった患者さんを私は何人も知っています。そして、みなゲルソン療法を選んだことを後悔しながら命を落としていきました。 

追記として、星野氏は福島に在るとあるクリニックで、精神科医の立場で抗がん剤を否定する代わりにエセ免疫細胞療法や高濃度ビタミンC点滴療法、高額サプリメント販売などの詐欺的ビジネスにも加担しているようです。

 

②『今あるガンが消えていく食事』シリーズ (済陽高穂/マキノ出版)

累計40万部以上のベストセラー本。著書は、先のゲルソン療法をアレンジした済陽式食事療法なるものを展開し続けています。

前者と併せて共通するのは「言ったもの勝ち」のやり方。試験管の実験でも、動物実験でも、権威者の根拠もない言説でも、都合が良ければ何でも取りこんでしまいます。一方で、もっとも重要なヒトを対象にした信頼できる臨床データはほとんど登場しません。例えば、著者の「済陽式ゲルソン療法」では四足歩行動物 (牛、豚、羊) の肉食を禁じています。理由は、実験用ラットに動物性タンパクを過剰に投与すると肝臓に前がん病変リスクが高くなるというデータがあるから、と。

確かに「がん予防」という観点では赤肉・加工肉 (ハム・ソーセージ) の過剰摂取は、大腸がん罹患リスクとして確実視されています。とはいえ、これも程度問題。欧米諸国と比較して、日本は赤肉の平均摂取量がもっとも低い国のひとつです。また、冷静に考えていただきたいのは、予防と治療とでは全く違う話だということもお解りでしょう。

済陽氏のプロフィールをみると、4,000例の手術を手がけた外科医という背景があるので信頼が得られやすいのかもしれませんが、これまでまともな医学論文を書いた形跡がありません。ところで、一般向けの本には、済陽式療法の治療成績が示されています。最新のものを引用すると、対象はほとんどがステージIVの進行がん患者にもかかわらず、420例のうちなんと57例も完全治癒したとのこと。全体の有効率は61.2%。胃がん56.6%、大腸がん66.4%、前立腺がんは76.3%、乳がんは67.9%、悪性リンパ腫では86.7% 。そして、効果を印象づけるドラマチックな数々の体験談も示されています。

これら食事療法の効能がもし本当の話ならば、人類のがん克服に貢献するノーベル賞級の業績だと言えます。当然、学術論文として報告し、世界中の患者さん達にその素晴らしいやり方を届けようと努力すべきなのに、そうされないのはなぜでしょうか。 

済陽氏のクリニックに行かないと効果を発揮しないモノは医療ではなく、やはり「何かがおかしい」と考えてしまいます。 先の星野式も含め、ゲルソン療法中には様々なトラブルが発生します。がん患者さんに肉を禁じ、大量の野菜ジュースを毎日飲むことを強いるわけですからそれも当然。彼らの本の中に登場してくる体験談は、標準治療が著効した都合のよいケースであり、たまたまゲルソン療法中だっただけではないしょうか。

最後に、米国のゴンザレス医師が、ゲルソン療法を模倣することで提唱したゴンザレス療法 (膵酵素、多種サプリメント、コーヒー浣腸、大量の有機野菜ジュース) というものがあります。転移性膵がん患者を対象に、標準治療 vs ゴンザレス療法の比較試験が行われました (Chabot JA, et al. J Clin Oncol 2010; 28: 2058-63)。

 

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結果は、ゴンザレス療法は明らかに生存期間を縮めるのみならず、患者のQOLも著しく悪化させることを示しています。星野式や済陽式がゴンザレス式と同じではないことを祈るばかりです。

 

③『ケトン食ががんを消す』 (古川健司/光文社新書)

これも著書が外科医という立場で書かれたベスセラー本で、オビにはこう書かれています。

『世界初の臨床研究で実証!末期がん患者さんの病勢コントロール率 83%』

多くのメディアでも華々しく取り上げられました。しかし、この本に書かれているデータを見て、ケトン食のがん治療効果を実証できたと結論づけてしまうのはかなり問題です。

古川氏は昨年の日本病態栄養学会(横浜)において、「ステージⅣ進行再発大腸癌、乳癌に対し蛋白質とEPAを強化した糖質制限食によるQOL改善に関する臨床研究」という題で結果を発表されたようです。しかし抄録を見ると、大きながん関連学会での採用は難しい印象を持ちました。臨床研究と仰々しくは言っても、あくまでもQOLについて「自身の興味のあることを調べてみたら結果はこうだった、だからこういう事が示唆される」程度のもの。もともと抗がん剤がよく効く大腸がんと乳がん患者を都合よく選択して、標準治療とケトン食を併用した、わずか十数例ほどの症例報告を綴っているだけです。

ここで登場する「病勢コントロール=DR」とは、簡潔に説明すると、画像上、元のがん病巣がベースラインと比較して消失した場合(完全奏功=CR)、がん病巣が30%以上縮小した場合(部分寛解=PR)、そしてがん病巣が進行でもPRでもない場合(安定=SD)のすべてを含めた評価スケール(DR=CR+PR+SD)のことです。ということは、「病勢コントロール率 83%」は、ケトン食を用いなくても標準治療のみで十分に得られる成績です。情報に疎い一般読者に多くを語らず、数字だけで素晴らしい話であるかのように錯覚させるバイアスが隠されていることに注意が必要です。

冒頭に戻ります。古川氏の研究では、標準治療も一緒に行われていたのに、一体なぜケトン食の効果だと言えるのでしょうか。そして、主たるQOLについて調べられた研究であり、かつ生存成績も一切示さないで、なぜケトン食ががん患者に有効だと唱えることができるのでしょうか。要するに「世界初の実証」と宣言するための体をまったく成していないわけです。

最後に、この医師のふるまいでさらに問題なのは、とあるエセ免疫療法クリニックの専任アドバイザーを務め、ケトン食セミナー (受講料: 6万4,800円) を開催しながら、エセ免疫細胞療法、高濃度ビタミンC点滴療法、がんワクチン、水素療法といった、得体の知れない詐欺的ビジネスに加担していることでしょう。この本のおわりにセミナー資料請求先が掲載されているのでくれぐれもご注意ください。

 

インターネット上に横行する虚偽・誇大広告を禁ずる改正医療法が先の国会で成立しました。「免疫力アップ」「自然治癒力」を謳う医療施設ホームページの大部分がこれに抵触することになります。ただ、そのような対処はあくまでも広告のあり方に対するもの。目下、わが国では倫理やモラルの観点から「エセ医学」そのものを裁くような法的規制はなく、先進諸国の中でもっともインチキに寛容な国であるとも言えます。だからこそ、「がんが消える」「がんが自然に治る」にみられるセンセーショナルながん克服本のようなものを手にとる際には、批判的吟味を賢く働かせながら、妄信しないよう慎重に読み進めていくことを心がけて欲しいと願います。

 

* 『週刊新潮』8月31日秋風月増大号で掲載された記事の原文を一部抜粋・加筆修正

小林麻央さんのプライバシーを売った医師に告ぐ

進行乳がんのため闘病中であった小林麻央さんの訃報が流れ、多くの方がまだ悲しみに暮れている最中でしょう。病気が公になって以来、日々のブログから届く麻央さんの声や言葉が、多くの人たちの共感を呼びました。また、がんという病気と日々向き合っている、スポットライトを浴びることもない多くの患者さんたちにとっても大きな勇気や希望となっていたはずです。

  結果的に治ることが難しいがんを背負いながらも、愛する夫、子供、家族のために、1日でも長く、自分らしく生きたいと希望する営為の数々。麻央さんは、自らの病気を通して「生きる」ことの本当の素晴しさを私たちに教えてくださいました。謹んで、心からご冥福をお祈り申し上げます。

  さて、昨年の10月に、あるクリニックのホームページ掲示板に以下のブログ記事が掲載されました。当時、まだ麻央さんが闘病中であったにもかかわらずです。現在は削除されていますが、アーカイブは削除されないままとなっています。

http://archive.fo/ng5tB 

以下、部分的に抜粋します。再度、掘り起こしてしまう行為が、関係者の皆さまに対して不謹慎である事をお許しください。

 

2014年2月に P 人間ドックにて、左に乳がんを認め、港区のT病院に精密検査目的で紹介され、当時、乳腺外科部長が診療し、乳瘤と判断。その理由は病変が大き過ぎたとのことです。ブログでは2名の専門医での診断と記載されてるので、K 部長と女医の T 先生の診断だと思います。良性にも関わらず、念の為に半年後の経過観察を指示されます。ご本人は2か月遅れ受診、エコーで腋窩リンパ節の転移が多数見られ、乳がんを乳瘤と誤診していたことにこの二名の医師が気付き、T 先生が針生検をしたのでしょう。その結果、stage3 の乳がんを診断したと考えます。抗がん剤治療と手術を提案したが、同意は得られず、この病院を去られました。この間に女医の K 先生が最後は関わっていたと思われます。

(中略)

2016年に S 病院に乳がんが皮膚から飛び出て潰瘍化した通称『花咲き乳がん』という状態で受診され、肺転移、骨転移も併発してたのでしょう。緩和ケア科の適応となり、腫瘍内科との共同の治療をされ、根治という事は不可能なので、延命を目的とした抗がん剤治療をされたのでしょう。
 K 大学病院に転院され、最近になり、抗がん剤の効果があまりなくなりってきたと思われます。

(クリニックホームページ 『言いたい放題 乳腺外科コラム』 2016.10.03 (Mon) No.2284 より)


ブログ発信者は、このクリニック院長であり、乳がん検診を専門とする医師 富永祐司 氏です。麻央さんの乳がん報道の絡みで、メディアにも頻繁に登場している方のようです。これを読んで、良識のある方は違和感を覚えたはず。なぜこのようにベラベラと喋れるのでしょうか。

医師のプロフェッショナリズムとして、絶対に守らなくてはいけない '守秘義務' というものがあるわけですが、富永氏は明らかにそれに反しているようにみえます。以下のように刑法でも規定されています。

 

医師の守秘義務は、倫理上の義務としてのみでなく、法的義務としても問題になる。わが国において医師の守秘義務違反については、プライバシー侵害等の不法行為に該当するか否かをめぐり、民事上の責任が問われることもあるが、明文でこの問題をとり上げているのは刑法の次の規定である。

刑法134条(秘密漏示)第1項
「医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産婦、・・・の職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」

(日本医師会ホームページ 「医師の守秘義務について」より一部抜粋)

 医の倫理の基礎知識|医師のみなさまへ|医師のみなさまへ|公益社団法人日本医師会

 

かつて、近藤誠氏が、セカンドオピニオンを受けた川島なお美さんの個人情報を、本人の承諾もなく『文藝春秋』(2015年11月号) に曝露したことが大きな問題となりました。
著名人が病気になると、それが「がん」ならば、なおさら世間は詳しく情報を知りたいという欲求にかられるのでしょう。そしてメディアもそれに応えようと、必死に情報を先取りして獲得ようとする。ワイドショー的な報道に終始する、そのような需要と供給の関係性は仕方ないのかもしれません。しかしそれらとは独立して、医師には遵守すべき倫理・モラルがあることを忘れてはなりません。

  6月29日に発売された『週刊新潮』(7月6日号) で小林麻央さんの病歴に関するセンセーショナルな記事が掲載されました。かく言う私も客観的なコメントを求められたのですが、記事を見るとそこにはかなり具体的かつ詳細な情報が明らかにされていました。情報の出処は一体どこだったのでしょうか。

  ここで、富永氏のブログの話に戻ります。今回の『週刊新潮』記事の内容がすべて事実だとするならば、ブログで先行して登場してきたイニシャルと照らし合わせてみると、ほぼ一致していることがわかります。

具体的には


・P人間ドック→ PL東京健康管理センター人間ドック
・T 病院→ 虎の門病院
・S 病院→ 聖路加国際病院
・K 大学病院→ 慶應義塾大学病院

 

虎の門病院の「K 部長と女医の T 先生」といえば、われわれの業界ではすぐに、誰であるのかは察しがつきます。なぜ個人を特定するような表現をされたのでしょうか。当時、ブログの影響のためか写真週刊誌が上記 K 部長と T 医師を「誤診した医師」だとレッテルを貼り、まるで悪者のように追いかけまわした記事がありました (週刊 FLASH 2016年11月1日号)。

小林麻央を「ステージ4」に追い込んだ2人の医師を直撃! | Smart FLASH[光文社週刊誌]スマフラ/スマートフラッシュ

  振り返ってあれこれ物申すのが問題であることはわかったうえで、当時、麻央さんは、正確な診断を困難にさせる授乳中という背景があったかと思います。虎の門病院の医師たちは麻央さんが背負う様々なリスクを加味しながら、慎重な臨床的判断をされたはず。実際、授乳期間から離れる半年後には、また再検査を受けるようにも伝えていました。「誤診」というからには相当な状況証拠を示さなければなりません。

  富永氏のブログには次の文言が朱字で強調されていました。

「一番患者様が気にされている M 浦先生はこの件には一切関わりはありません。 小林麻央さんの件自体も知らされてなかったのでご安心下さい。 その証明にここの関連の医師を明確にしました。」

  初めて読んだ方は、いったい何の話かと思います。調べてみると、この M 浦医師とはかつて虎の門病院に所属し、富永氏のクリニックにも当時、深く関わっていたようです。それでは、虎の門病院の内部事情をなぜ、何の関わりもないはずの富永氏が詳細に把握することができたのか。
  推察するに、部長職争いで虎の門病院を退き、現在、赤坂で開業されている M 浦氏が知り得た情報を富永氏と共有していたのではと考えるのがごく自然です。そして、虎の門病院のやり取りのみならず、聖路加国際病院と慶應義塾大学病院での具体的な話までもオープンにされています。そのような情報を一体どこから収集してきたのか。万が一知り得たとしても、麻央さんの個人情報を、イニシャルとはいえ平然で公にしてしまうのは、医師として信じ難い行為だと言えます。

  富永氏のクリニックは、乳がん検診としては非常に名の知れた施設のようです。また、国内で高名な乳がん専門医の方たちとも盛んに交流し支持されているようです。しかし、いくら素晴らしい業績やスキルを持ち合わせていたとしても、それ以前に、医師としてのプロフェッショナリズムに疑念を抱かざるをえません。このような医師のふるまいが、結果的に誠実な医療や医師への不信を招き、標準治療に背を向けてしまう原因にもなってしまうのかもしれません。

最後に富永氏に問います。

本来知られたくなかった麻央さんの個人情報やプライバシーを、メディアに垂れ流し続けた張本人はあなたではないのですか?

エゴのために悪質な守秘義務違反を繰り返してきた、そのように疑われても仕方がありません。反論がおありならば、ぜひ受けて立ちます。

 

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

 

 

 

 

近藤誠氏の嘘を明かす⑪ -医者を見たら死神と思え?子宮頸がん問題を総括する-

ビッグコミック (小学館) で連載中の問題漫画 『医者を見たら死神と思え』( 原作 よこみぞ邦彦、作画 はしもとみつお) 。近藤誠氏が監修を務め、自身の言説を忠実に漫画化することで、幅広い層への布教活動にも余念がありません。

現在発売中の最新号 (2016年12月25日号) 掲載タイトルは 「子宮頸がん」。その内容は、検診や子宮頸がんワクチン、そして早期治療の有用性をすべて否定する形で終えられています。

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(ビッグコミック 2016年12月25日号 小学館 より)

情報に疎い若い女性読者がこれを読んだときに、批判的吟味のできる方々が一体どれほどいるでしょうか。少なからずの悪影響を受けることは間違いありません。

小学館ならびにこの漫画制作スタッフたちは、売れること以外に一体何を ‘志’ としてこのような漫画を世に放っているのでしょうか。

 

子宮頸がんにまつわる、これまでの近藤言説にみられる問題ついては、過去にも本ブログで取り上げてきました。今回は、ちょうどトンデモ漫画が掲載中なので、あらためて彼の嘘を総括してみたいと思います。

 

少し前になりますが、写真週刊誌『FLASH』(2014年11月4日号 光文社)にセンセーショナルな記事が掲載されました。以下のような口調で、子宮頸がん検診を否定する内容でした。

「若い人で見つかっているのは、ほとんどがたいしたことのない上皮内がん」

「病院は、金儲けのためなら、平気で患者の子宮を奪いとる」

発言者は、近藤誠氏です。そして、彼は産婦人科医師のことを「子宮狩り族」とまで呼ぶ始末。 (『文藝春秋』2003年1月号)

 

子宮頸がんは、主に性交渉によってヒトパピローマウイルス(Human Papillomavirus:HPV)に感染することが原因で発生します。多くは自然に排除されるのですが、一部の女性には持続的な感染が引き金となり

軽度異形成→中等度異形成→高度異形成→上皮内がん→浸潤がん

という経路 (シークエンス) を辿ることがあります。

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1940年代に、「異形成+上皮内がん」は前がん病変 (CIN: Cervical Intraepithelial Neoplasia)として認識され、50年代頃からすでに前がん病変の段階で早期発見されることの重要性が唱えられてきました。

子宮頸がんは、若年女性にも発生するがんであり、20~30歳代の女性に発生する悪性腫瘍の第1位を占めています。日本では現在、年間1万人以上が新たに子宮頸がんに罹患し、約 3,000人もの女性が子宮頸がんで死亡しています。

女性一人ひとりの生活や人生を奪うだけではなく、初婚年齢が高齢化する中、少子化問題を抱えるわが国にとっては大きな社会問題としても捉えるべきです。

 

しかし近藤氏は、前記のような乱暴な表現を持ち出し、リスクを誇大に強調することで子宮頸がん検診や早期治療を否定してしまいます。そのような言論活動には、同じ医師として心底嘆かわしさすら覚えます。

 

今回の漫画にも出てくるのですが、『がん治療の95%は間違い』(2015年 幻冬舎新書) では下図が登場してきます。

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このグラフを見せながら、「30~34歳の女性に限ると、2011年の子宮頸がん罹患率が25年前と比べて7倍も増えているのに死亡率は変わっていない、だから子宮頸がん検診は無意味で放置がよい」と結論付けます。

しかし、このグラフ集団のすべてが、検診で発見された子宮頸がんデータではありません。もちろん、がんが発見された後、放置されたデータでもありません。しっかりと治療が介入された結果、死亡率が抑えられていると解釈するべきです。

これまでの子宮頸がん検診受診率はわずか20~30%前後に過ぎず、このデータだけを見て検診の是非を問う議論はナンセンスだと言えるでしょう。

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(ビッグコミック 2016年12月25日号 小学館 より)

今回の漫画の中で、女医に扮する登場人物が「子宮頸がん検診の貢献度は不明」と患者さんに説明しています。「医学界で最も権威のある雑誌ランセットでそう発表されている」だから真理に値すると。それは本当でしょうか。

 

英国では、1988 年に国策として子宮頸がん検診を広く国民全体に普及させたことで、死亡リスクと直接関係のある「浸潤がん」の罹患率を下げることに成功しています(BMJ 1999; 318: 904-908)。

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ちなみに、もし検診推奨を怠り、国民を近藤氏が奨めている「放置」させた場合、子宮頸がんによる死亡者数が増加の一途をたどるだろうという生命リスクについてもしっかり検討されています(Lancet 2004; 364: 249-256)。このエビデンスもその「ランセット」からの報告です。

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近藤氏が頻用するグラフで、「過去と比較して7倍も増えた子宮頸がん」とは「上皮内がん」と「浸潤がん」の足し算になります。直接死亡リスクに繋がらない上皮内がんを多く含んだ罹患率と、30~34歳に限った対象で同じ時点で死亡率を比較することに、どれほどの意味があるのでしょうか。まさに近藤氏の恣意が感じられます。

もし、30~34歳に相当する女性が子宮頸がんとなり、適切な治療を受けないまま10~30年放置されるとどうなるのでしょうか。浸潤がんとなって死亡リスクは後でどうなるのでしょうか。そうした「時系列」の議論が本来は必要なはずです。

 

しかし近藤氏は、今回の漫画でも「(上皮内がんは)100人のうち99人は消える」と言い、次のように声をあげます。

僕もこれまで何人もの上皮内がんの放置経過をみてきましたが、上皮を超えて浸潤がんに進行した人はおらず、最長でも20年以上そのままです。がんが消えた人も2人います。仮に浸潤していても、1期の浸潤がんの大多数はがんもどきなので、検診で上皮内がんと診断されたものの99%はがんもどきといえます。(『近藤誠の「女性の医学」』2015年 集英社 より)

 

産婦人科医でもない彼がわずかな体験談のみでそのように一般化してしまってよいものでしょうか。

子宮頸がんの自然史について、上皮内がんが適切な治療を受けないで30年以上放置されると、実に30~40%が死亡リスクのある浸潤がんに移行したという研究データが報告されています(Lancet 2004; 364: 249-256 / Lancet Oncol 2008; 9: 425-434)。これも「ランセット」からの報告です。

近藤氏は、自身のストーリーに都合のよいデータのみを探し求め、他の情報をフェアに扱おうとはしません。

 

さて、上皮内がんが見つかったときに通常推奨されている円錐切除(子宮頸部を円錐状に小さく切除すること)に対して、今回の漫画の中でも患者さんにリスクを強調する表現がみられます。

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(ビッグコミック 2016年12月25日号 小学館 より)

近藤氏の常套手段として、リスクを煽る時は、登場人物のセリフのように数字を一切示しません。

〝円錐切除〟という手術で子宮を温存するのが主流になってきてはいます。しかし温存といえども、円錐切除で不妊症になる可能性は、きわめて高い──。(『近藤誠の「女性の医学」』集英社 より)

 

きわめて高い? 果たしてそれは本当なのでしょうか。

英国より15本の医学論文をレビューした報告があります。それによると、円錐切除による不妊リスクは1.29倍、妊娠後の総流産リスクは1.04倍と若干のリスクは高まるものの、統計学的には未治療と比べて差がないという結果でした (BMJ 2014; 349: g6192)。

 

ほかのがん検診同様、子宮頸がんも百害あって一利なしです。将来、妊娠・出産を考えている人であればなおさら、受けないことをおすすめします。検診で初期のがんが発見された場合、僕は経過観察していましたが、それを引き受けてくれる医者は少ないでしょう。 自主的に放置して、不正出血という症状が出たら婦人科に行く。これがもっとも合理的ですが、実行できる人は少ないかもしれませんね。(『近藤誠の「女性の医学」』集英社 より)

 

女性の健康を理屈一辺倒で語る、医師として信じがたいメッセージだといえます。

短期的な「不妊リスク」を煽る一方で、「自主的に放置して、不正出血という症状が出たら婦人科に行く」という発言には、「長期的にみると放置することのほうが極めて高い生命リスクを背負う」ことへの配慮がまったく感じられません。

良識ある産婦人科医ならば、近年増えている若い子宮頸がん患者さんの不妊や流産といった妊孕 (にんよう) 性リスクの問題について、必ず熟慮されているはずです。治療の際には、十分なインフォームド・コンセントも行き届いていることでしょう。

 

さて、〝マザーキラー〟と称される子宮頚がんの死亡率を減らすためには、一体どうしたらいいのか?という問いに対して、

  1. 科学的根拠に基づいて子宮頸がん検診の受診率をアップさせる
  2. さらに上流でがん発生を抑えるために、HPV感染を予防する子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)接種を推奨する

という解決策が検討されるのは当然のことです。

後者について、HPV感染という引き金が原因のがんだからこそ、HPVワクチン接種を行い、ウイルス持続感染自体を防ぐことで、前がん病変を無くし、結果的に子宮頸がんの発生リスクまでも阻止できると考えるのは、ごく自然で理知的なふるまいだといえます。

 

しかし、近藤氏は以下のように声をあげます(『近藤誠の「女性の医学」』集英社より)。

  • 僕は何人もの母親たちから、このワクチンを娘に打たせるべきか相談されましたが、きっぱり「NO」と返答。がん予防には無意味なうえ、副作用のリスクが大きいからです。
  • がんを予防しない、一生を台無しにするような重い後遺症を背負うかもしれない、そんな有害ワクチンを受ける必要は毛頭ありません。

 

2006年に米国においてHPVワクチンの使用が承認されて以降、2016年1月までに、WHO加盟国のうち65カ国で、国策プログラムとしてワクチン接種が推奨されています。しかしながら、日本では2013年4月にようやく定期接種が開始されたものの、ワクチン接種の後に

  • 身体の広範な痛み
  • 倦怠感
  • しびれなどの神経症状

に代表される重篤な副反応が報告されたことから、わずか2カ月で、「厚労省健康局から安全性が確認されるまでの間はHPVワクチン接種の積極的な勧奨を一時中止する」という勧告がなされました。

その後、厚労省の副反応検討部会で、平成21年12月から平成26年3月までに約338万人を対象として、HPVワクチン接種後のさまざまな副反応症状2,475例について徹底したデータ収集と解析、追跡調査、専門家による議論が行われました。

結果、問題視されていた慢性疼痛・運動障害等の症状と、HPVワクチン成分との間に、因果関係を示す根拠は認められなかったわけです。

また、重篤な副反応として報告された176例のうち、162例については神経学的疾患、中毒、免疫反応といった器質的な問題の可能性は否定されました。また、このような症状の発生リスクは、HPVワクチン10万人接種あたり1.5件という報告でした。

 

しかし、その間、一部のマスメディアは、ワクチン接種後の副反応で苦しむ少女の映像や記事を盛んに報道することで、HPVワクチンがまるで恐怖ワクチンであるかのように、リスクを誇大に煽る表現が繰り返し行われました。

さらには、多額の国家研究費を用いて、なんとしてでもHPVワクチンのリスクを証明しようとした結果、不正研究疑惑にまで発展した池田修一氏 (信州大学医学部教授) の問題も取り沙汰されています。しかし上記のマスメディアは、その一連の世界的スキャンダルにもなりかねない問題をいまだに公正に伝えようとしていません。

それを見かねてか、厚労省は以下のような見解を示しました (一部抜粋)。

厚生労働省としては、厚生労働科学研究費補助金という国の研究費を用いて科学的観点から安全・安心な国民生活を実現するために、池田班へ研究費を補助しましたが、池田氏の不適切な発表により、国民に対して誤解を招く事態となったことについての池田氏の社会的責任は大きく、大変遺憾に思っております。

そして、こう結んでいます。

厚生労働省は、この度の池田班の研究結果では、HPVワクチン接種後に生じた症状がHPVワクチンによって生じたかどうかについては何も証明されていない、と考えております。

 

現在、HPVワクチン接種が推奨されないままの状況が続いており、接種率はほとんどゼロに近いのではないでしょうか。このような事態は、先進国ではこの日本だけです。

 

免疫システムを破壊する恐ろしい副作用-おそらく、これらの副作用の多くは、ワクチンに添加されている〝アジュバント(免疫増強剤)〟が原因です。その成分は〝水酸化アルミニウム〟などの化学物質で、これらのアジュバントによって、本来なら体に侵入してきた異物を攻撃するはずの免疫システムが、自分の体を攻撃してしまう 〝自己免疫疾患〟を引き起こしてしまうことがある。(『近藤誠の「女性の医学」』集英社 より)

 

近藤氏は、ワクチンに添加されている 「アジュバント (免疫増強剤) の中毒」が重篤な副反応の原因だと言い切っています。

しかし、この問題はすでに解決しています。アルミニウムが添加アジュバントとして含まれているワクチンは、何もHPVワクチンだけではありません。安全に長年実施されているB型肝炎ウイルスをはじめ、肺炎球菌、破傷風、ジフテリアなどといった多くのワクチンにもアルミニウムが含まれています。したがって、すでに安全性については証明されているのです。

近藤氏の主張は、フランスの研究者グループによるワクチン接種部位の局所にアルミニウムが蓄積し、マクロファージという炎症細胞の浸潤が原因で、筋炎をはじめとするさまざまな全身症状を引き起こすという信憑性の乏しいケースレポート論文を探し出し、それを持論として取り込んでいるだけです。

近藤氏のような主張をする者は世界中にいるわけですが、前記理由によって完全に否定されているというのが本当の話です。

 

世界保健機構 (WHO) や国際産科婦人科連合 (FIGO) は、世界中の最新データ解析に基づき、HPVワクチンの安全性と有効性を繰り返し確認し、国家プログラムとしてのHPVワクチン接種を強く推奨しています。

実際の有効性を示す多くのエビデンスがある中で、ここでは2本のランダム化比較試験の結果を紹介します。いづれも追跡期間が短いデータであることをご了承ください。

HPVハイリスクタイプとされる 6型/11型/16型/18型 をカバーする「ガーダシル」というワクチンを接種した集団 5,305人とプラセボ(偽薬)を接種した集団 5,260 人を比較追跡した結果、ハイリスクタイプ16型/18型の前がん病変である中等度異形成(CIN2)の発生数に関して、ワクチン vs プラセボで 「0例 vs 28例」、高度異形成(CIN3)の発生数では、ワクチン vs プラセボで「1例 vs 29例」、上皮内がんでは、ワクチン vs プラセボで 「0例 vs 1例」という結果となり、前がん病変を 97~100% 阻止していることがわかりました (N Engl J Med 2007; 356: 1915-1927)。

次いで、HPVハイリスクタイプとされる16型/18型をカバーする「サーバリックス」というワクチンを接種した集団 7,344人と、プラセボを接種した集団 7,312人を比較追跡した結果、ハイリスクタイプHPV16型/18型の前がん病変であるCIN2の発生数では、ワクチン vs プラセボで「1例 vs 53例」、CIN3の発生数では、ワクチン vs プラセボで「0例 vs 8例」という結果となり、前がん病変を 98~100% 阻止していました (Lancet 2009; 374: 301-314)。

以上より、前がん病変であるCINが阻止できれば、円錐切除を受ける必要がなくなり、その先にある子宮頸がんにもならなくて済むわけです。

したがってHPVワクチンは女性の子宮を守り、女性の生命も守ります

 

一方、HPVワクチン接種の後に、因果関係がいくら証明されなくても、思春期の少女たちに何らかの原因不明な症状が出現し、今もなお苦しんでいるという事実は、重く受け止め、行政としても十分な救済対策が取られなければなりません。

しかし、蓋然性の低いリスクばかりに気を取られ、HPVワクチン接種の推奨中止が現状のまま続くようであれば、若い女性がワクチンによるがん予防の利益を受けられず、世界中で日本だけが孤立し、将来も子宮頸がん罹患率の高い国のままであることが危惧されます。

 

ゼロリスクでないと過剰な反応を起こしてしまう特有の病理として、なんと2016年7月27日付けで、HPVワクチン薬害訴訟が動き始めたようです。原告側弁護団の声明の中には次のように記されています。

 

HPVワクチンは、子宮頸がんそのものを予防する効果は証明されていません。一方で、その接種による重篤な副反応(免疫系の異常による神経障害等)が多数報告されています。

 

繰り返しますが、前がん病変であるCINが阻止できれば、その先にある子宮頸がんにもならずに済みます。CINが阻止できる効果は十分に証明されています。そして、かりにHPVワクチンが接種されていなくても、CINの段階で早くに発見されて適切な治療が行われれば子宮頸がんにならずに済むわけです。

そのように適切な対処が行われた結果として、先に紹介した比較試験では、がん発生率に関しては差を認めませんでした。

それを、「HPVワクチンは、子宮頸がんそのものを予防する効果は証明されていません。」と公言してしまうのは、科学を理解する力が乏しいのか、単なる詭弁に過ぎません。

HPVワクチン接種によって、多くの女性の子宮と生命を救えるはずの利益をないがしろにしてでも、因果関係も定かではない蓋然性の低い不利益をことさら強調して、観念のみで全体を悪と裁こうとする、まさに思考停止以外のなにものでもありません。

 

最後に、近藤氏によるがん検診不要論で何よりも問題だと思うのは、机上でグラフをみせながら数字やデータの出し入れ操作という作業に徹しているということです。グラフの中には、患者さん一人ひとりのさまざまな苦悩や無念な人生が、数多く含まれているということを決して忘れてはなりません。

医者を見たら死神と思え?

その医者とは、ほかの誰でもない近藤誠氏ご自身のことではないでしょうか。

 

次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/11/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  •  

 

 

 

近藤誠氏の嘘を明かす⑩ -北斗晶さんの乳がんと「本物のがん」-

DeNA問題で、客観的根拠に基づいた信頼できる医療情報が希求されている現状において、またしてもこのような本が平然と書店に並んでしまうこの国の出版モラルは大丈夫でしょうか。

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さて、今回も近藤誠氏の嘘をひとつ糺してみます。近藤誠理論の要のひとつに「本物のがん」という概念があります。わかりやすく言うならば、治すことが難しい ‘転移’ という現象は、すでに決められた運命だから放置がよいというものです。


転移するか否かは、がん幹細胞が生まれたときに定まっている。結局、がんが治るか治らないかは、がん幹細胞が誕生したときにほぼ決まっているのです。(『がん治療で殺されない七つの秘訣』2013年 文春新書より)


都合のよい論文データをあちこちから調達してくることで仮説をつくりあげている近藤氏ですが、がんが誕生した瞬間からすでに転移している「本物のがん」について、一体何を根拠としてそのような主張を繰り返すようになったのでしょうか。


多くの場合、遠隔転移はがんが発生して間もない時期に起こる、と僕は考えています。その点は、初発巣と転移巣の大きさを比較することで確かめることができます。まず、初発巣も転移巣も同じがん幹細胞に由来しているので、がんが大きくなっていくスピードもパラレル、同じです。次に、CT画像上などで視認できるまでに育った転移巣の大きさと、初発巣の大きさを計測し、計測された大きさの違いから転移の起こった時期を計算によって割り出していくと、たとえば乳がんなどでは、初発巣の大きさが1ミリメートルにも満たないきわめて早い時期に転移が生じていること、それも圧倒的多数のケースにおいて生じていることが確認できるのです。(『がん患者よ、近藤誠を疑え』2016年 日本文芸社より)

 

パラレル?圧倒的多数?

上記にみられる主張は、他の著作や問題漫画『医者を見たら死神と思え』(ビックコミック連載中 小学館) にも登場してきます。よくよく調べてみると、このロジックは近藤氏のオリジナルでも何でもなく、以下に紹介する論文が参考にされています。

「癌の時間学」というタイトルで、当時の東京大学第一外科教授、草間悟氏が執筆された和文の論文です(『癌の臨床』 1981年 第27巻・第8号 p793-799)。これの内容を吟味する前に、商業誌掲載の依頼論文であり、査読もないことに留意しておく必要があります。

 

腫瘍の体積が倍になる時間を「ダブリングタイム」といい、草間氏らが経験した症例において、縦軸に腫瘍の径 (大きさ)、横軸に時間をとって対数グラフをとると、直線的な発育スピードを示すことが述べられています。そのような手法で、再発した乳がん症例111例が分析された結果、手術から再発まで、再発から死亡までの期間はすべて「ダブリングタイム」に支配されるとされています。

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さらに、66例の乳がん手術後再発ケースを抽出し、その仮説に基づいて計算してみたところ、多くの症例が原発巣が 0.1mm~1mm の大きさに達するまでに、理屈上すでに転移していたことを示す分布グラフが掲載されています。

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35年以上も前に報告された乳がんを対象とする古い仮説レベルの話を、近藤氏はいつの間にかまるで「真理」のごとく扱い、さらには乳がんのみならず、すべてのがん疾患に対しても同じロジックを当てはめて一般化してしまっています。

 

さて、この草間論文の中には、実はこれまで近藤氏が触れようとしないメッセージが次の図 (論文中: 図10) と照らし合わせながら記述されているので抜粋してみます。

 

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手術によって治癒する乳癌は約 50% (注: 1980 年代当時のデータ) と米国でいわれております。これら治癒症例では、手術までに転移がなかったということは言葉を変えれば手術されなかったとすれば、この手術の時以後に転移がおこったであろうということになります。これを図であらわすと図10 の B のようになります。すなわち乳癌患者のなかには乳癌が臨床的に認識できない小さな時に転移をおこすものと、乳癌が臨床的に診断可能になってからはじめて転移をおこすものの二つの群のものがほぼ同数に存在するということになります。この第二の山はいわゆる早期診断によって克服することができますが、第一の山は臨床診断が全く不可能の時期にあり、このことは乳癌の手術的治療の限界を示すものと解されます。


このように、論文筆者である草間氏は、1mm ほどの状態ですでに転移している乳がんもあるが、がんがしこりとして発見された後から転移する乳がんも同等に認めています。したがって、「手術で治せる乳がん」の存在もしっかり肯定されているわけです。

しかし、近藤氏は、論文に掲載されている上図 (図10) にある A の山のケースのみを切り取り、B の山のケースに関しては無視の姿勢をとります。

結局のところ、これまでとまったく同様に、自身にとって都合のよいデータのみに目が行き、情報全体をフェアに取り上げていないことが判明しました。

 

近藤氏がなぜ「1mm」というサイズ基準に固執するのか、実はこの草間論文からデータを調達していたわけです。この話は、ある施設で意図的に抽出された乳がんケースに対するあくまでも仮説レベルの話です。然るに、近藤氏は草間論文にある都合のいい話ばかりを切り取って、ダブリングタイムという見かけ上の数字を操りながら「本物のがん」と勝手に名称を付けてしまいました。

要するに仮説に仮説を重ねていただけの話です。


この論文は今から35年以上も前のものであり、当時は診断学や薬物療法の進歩がまったくなかった時代です。現在では、再発するかもしれない運命を薬物療法 (全身治療) によって、前向きに変える時代に突入しています。ですから、論文中にある当時の「手術によって治癒する乳癌は約 50%」は、現在では正しくありません。

 

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乳がんは、早期がんとはいっても、しこりとして発見された時点で基底膜をすでに突き破っているので転移するポテンシャルを有しているのは事実です。だからこそ、手術をした後にその悪性度や性質を知り尽くしたうえで、それに応じた適切な薬物療法 (全身治療) によるマネージメントが非常に重要になってくる疾患だと強調しておきます。

現在では、乳がん組織が詳細に調べられて、エストロゲンというホルモン受容体や HER2 (Human Epidermal Growth Factor Receptor Type2 ハーツー) というがん遺伝子の発現程度によって、個々の乳がんの性質 (サブタイプ) が分かるようになりました。可能な限り再発リスクを読み取ることで、ホルモン療法や抗HER2薬、あるいは周術期の抗がん剤治療 (補助化学療法) といった適切な薬物療法を選択することで、転移・再発を防ぐための個別化した治療戦略が求められます。

 

タレント 北斗晶さんの乳がんは、報道されている通りだと再発リスクの高い状況だったのかもしれません。もしそうだとしても、‘治癒’ というゴールを前向きに目指して、手術の後に抗がん剤を選択することで自身のがんと一生懸命、対峙しているわけです。

近藤氏は彼女の乳がんを、現時点で「本物のがん」か否か裁けるとでも言うのでしょうか。治療で治せる乳がんの存在を是が非でも認めない立場にある近藤氏は、北斗晶さんが選択された治療は間違っていると吹聴し、挙句には次のような主張もされています。

 

そもそも乳房とリンパ節の治療が終われば、どの患者さんも、体からすべてのがん細胞が除去されてしまったか、他の臓器に転移がひそんでいるかのどちらかになります。前者であれば、抗がん剤治療はがん細胞が除去されて「健康人」に戻った人に「農薬」を投与するのと一緒で、寿命を縮める効果しかありません。実際、元気だったのに抗がん剤治療を始めた途端に急死する患者も少なくないのです。他方後者の、どこかに臓器転移がひそんでいるケースにおいては、抗がん剤はがんを退治する力も、患者を延命させる力もなく、縮命効果しか得られません。こうしたことから、日本で広く行われている補助化学療法は、患者たちの寿命を縮める結果になっています。現在、治療中の方には、なるべく早くやめたほうがいい、と心からアドバイスする次第です。(『がん治療の95%は間違い』2015年 幻冬舎新書より)

 

これらはすべて近藤氏の観念論にすぎません。根拠を失っている近藤氏の主観レベルの話 (嘘) を、責任ある出版メディアは現在もなお垂れ流し続けています。なぜならば、“出せば売れるから” それだけの理由で。先のDeNA問題よりも悪質だといってよいでしょう。

 

次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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DeNA問題で考える不十分な法的規制 -出版メディアの責任と医療広告について-

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ここまで騒ぎが大きくなった背景には、DeNA がプラットフォームとメディアの垣根を曖昧にし、自らに都合の良い部分だけを「いいとこ取り」していたことにある。WELQ はサイトの注意書きに「情報に責任を負わない」「判断は利用者の責任」と明記していた。つまり、WELQ の情報を見て健康被害が起きても何の責任も取らない、と堂々とうたっていた。その表向きの理由は「プラットフォーム」だからだ。しかし WELQ  の実態は、プラットフォームを隠れみのにしながらも、自らの意図で記事を作り上げるメディアだったのだ。

(中略)

プラットフォームであれば、掲載されている情報の責任は原則として投稿者にある。サービス事業者を守るための法律として定められたプロバイダ責任制限法に従い、問題が発覚したら事後対応すればよいとされている。一方のメディアはそうはいかない。記事の内容に責任を持つべき立場にあり、紙の雑誌などで不適切な情報を掲載し続ければ、編集部の刷新や社長交代までつながる可能性もある。

プラットフォームを「隠れみの」 DeNA大炎上の本質 :日本経済新聞

 

上記の記事 (日本経済新聞 2016年12月8日付) を書かれた藤代裕之氏によると、今回のDeNA問題の本質は、DeNAが運営する健康・医療キュレーションサイト「WELQ」というサービスが情報流通の基盤となる「プラットフォーム」なのか、自ら情報を生み出してその内容に責任を追う「メディア」なのか、その境を曖昧にしながら、自らの意図 (お金儲け) で記事を都合よく作り上げる、ある種のメディアだったという点にあると指摘されています。

 

本ブログやこれまでの拙著でも度々問題視している『近藤誠理論』について、今回のDeNA騒動にあるロジックを当てはめてみるとどうなるでしょうか。

その内容は、売れるからという理由のみで、リスクを誇大に煽り、都合のよい論文データをつまみ食いしているだけ。

ファクトを歪めた検証のない個人の主観を、さも教養の如く垂れ流し続ける、れっきとした出版メディアは、果たして責任を問われないのでしょうか。

近藤氏の言説を信じたがために、後戻りのきかない不幸な転帰を辿る患者さんは後を絶ちません。

また、昨今の歪んだ 「子宮頸がん (HPV) ワクチン問題」報道のあり方やエセ医学本の出版に勤しむ数々の出版メディアも、今回のDeNA問題と根っこはまったく同じであり、「メディア」としての営為であれば、より悪質ではないかと思われます。

 

さて、DeNA問題を通じてわかったことは、インターネット空間は患者さんを間違った方向に誘導するリスクのある世界だということです。そこで、今回のブログでは、インターネット上で展開されている ‘医療広告’ の問題について取り上げてみます。

 

*以下、新刊『大場先生、がん治療の本当の話を教えてください』(扶桑社) からの抜粋となります。

 

薬事法の規制が働くのは、規制当局で承認された薬に対してのみです。そのため、クリニック免疫療法のように、効果の不確かなモノに高額な費用が発生したとしても、それ自体は法的に罰則を受けにくい状況にあります。また、患者さんが亡くなっている場合が多いため、裁判にもなりにくいのでしょう。

これらのクリニックに対して別の角度から問題だといえるのは、「広告のあり方」についてです。「営利を目的として、医療に関する広告により患者さんを不当に誘引することは、厳に慎むべきである」という基本的な考え方のもと、厚労省から「医療機関ホームページガイドライン」が出され、2013年9月2には、「医療広告ガイドライン」が更新されました。

しかし現状では、ホームページは法の規制対象とはみなされていません。ただし、ホームページと連動している、バナー広告のように、「検索サイトの運営会社に高額な費用を支払えば上位にヒット表示される広告」については、規制対象になることを知っておいてください。この項では、今後もしかしたらホームページも法規制の対象になるかもしれないので、それらを意識したうえでお話ししたいと思います。

「医療広告ガイドライン」で明記されている「禁止される広告の基本的な考え方」として、医療法(昭和23年法律第205号)第6条の5第3項の規定により、内容が虚偽の広告は罰則付きで禁じられています。また、医療法施行規則(昭和23年厚生省令第50号)第1条の9には、以下の広告が禁止されています。抜粋してみますと、

  1. 他の病院、診療所又は助産所と比較して優良である旨を広告してはならないこと
  2. 誇大な広告を行つてはならないこと
  3. 客観的事実であることを証明することができない内容の広告を行ってはなら   ないこと
  4. 公の秩序又は善良の風俗に反する内容の広告を行つてはならないこと

わかりやすく言い換えると次のようになります。 (医療広告ガイドラインより)

  • 比較広告
  • 誇大広告
  • 広告を行う者が客観的事実であることを証明できない内容の広告
  • 公序良俗に反する内容の広告

医療広告の禁止事項(医療法)に照らし合わせると、ホームページが今後広告としてみなされるのであれば、がん治療を標榜しているクリニックのほとんどが、規定に抵触しているのではないでしょうか。具体的には、次のような表現がホームページ上に掲載されていたら、そのクリニックは ‘怪しい’ と思ってみてください。

 

(例) 治療の前後で「がんが消えた」あるいは「縮小した」CT 写真などを掲載

治療の効果に関することは広告可能な事項ではなく、治癒や効果を保証すると患者さんに誤認を与える恐れがあり、誇大広告に該当するかもしれません。

 

(例)「世界初の○○療法」「国内初の△△治療」

このような最上級を思わせる文言は受け手である患者さんを誘因し、本当は治療として成り立っていないのに高額な支払いのみが生じてしまうリスクがあります。また、「世界初」といわれても、客観的事実であることが証明できない事項がほとんどなので注意が必要です。

 

(例)「都内屈指の治療件数」「○千例の投与経験」

効果の担保が不明な治療であるにもかかわらず、多くの治療件数を強調することによって、優良なクリニック・医療機関であるイメージを暗示させるのは、禁止されている比較広告に該当するかもしれません。また、「○千例、○万例」とはいっても、そのうちの何割の患者さんにどのような効果がみられたのかという、最も大切な客観的データが存在しない場合がほとんどです。つまり、効果を保障するという誤認を与えかねない誇大広告、場合によっては虚偽にも該当するでしょう。

 

(例)「○○療法は抗がん剤と違って体に優しく、効果が高い」

科学的な根拠が乏しい治療法にもかかわらず、抗がん剤のリスクを強調することで、国民・患者の不安を煽り、抗がん剤以外のものへ誘導する。さらにはデータもないのに有効性を強調することで、不当に○○療法に誘導しているといえます。

 

現行の「医療法」ではホームページは規制の対象ではないにしても、上に列挙したような広告は、医療法第6条の5の規定違反に抵触し得るかもしれません。もし見かけた場合は、厚労省ホームページに添付されている「医療広告ガイドライン」内にある「報告用紙フォーム」に必要事項を書いて、厚生労働省医政局総務課あて (FAX 03-3501-2048) にご連絡ください。

 

前述のような広告は、実は「医療法」以外の法令にも抵触する可能性があるので紹介しておきます。1. は厚労省に、2. は消費者庁にご連絡ください。

  1. 薬事法 (昭和35年法律第145号) 同法第68条の規定により、承認前の医薬品・医療機器について、その名称や、効能・効果・性能等についての広告が禁止されており、たとえば、そうした情報をホームページに掲載した場合には、当該規定により規定され得ること。
  2. 不当景品類及び不当表示防止法 (昭和37年法律第134号) 不当景品類及び不当表示防止法第4条第1項の規定により、役務の品質等又は取引条件について、一般消費者に対し、実際のもの又は事実と異なり競争事業者に係るものよりも著しく優良又は有利であると示す表示であって、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められる表示等(以下「不当表示」という)が禁止されており、たとえば、不当表示に当たるものをホームページに掲載した場合には、当該規定等により規制され得ること。

 

がんという病気は不確かなことが多く、いくら最善が尽くされても、必ずしも期待通りの結果に至らないことも少なくありません。絶対確実な治療やゼロリスクなどもありません。それらをしっかりと理解したうえで、身の回りに溢れる情報を批判的に吟味しながら、重要な意思決定が求められます。

 

今回の問題に対する記者会見で謝罪されていたDeNA会長 南場智子氏は、最愛の夫様のがん闘病生活を支えるために社長職を退任されています。 そして「がんに関するインターネット情報は信頼に足らない」ことをかねてより認識されていたそうです。であるならば、もし自身の家族に置き換えたならば、という気持ちにたって今後は正しい医療情報発信に努めていただきたいと切に願います。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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近藤誠氏の嘘を明かす⑨ - 川島なお美さんへのセカンド・オピニオンを総括する -

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今はただ、彼女の人生の貴重な一瞬に立ち会った医師として、心静かにご冥福をお祈り申し上げるばかりです。

 

そのように結ばれた近藤誠氏の記事が、文藝春秋2015年11月号に突如掲載されました。最近の著作活動では必ず登場してくるジャーナリスト 森省歩氏との掛け合い記事です。

これまで著名人が亡くなられると、必ず後から声をあげる常套手段を繰り返してきた近藤氏ですが、女優 川島なお美さんの場合、生前に、直接セカンドオピニオンを提供していたというものでした。


法律上、亡くなった方は医師の守秘義務の対象ではなくなりますが…

 

そんな前提を置くことで、たった一度、わずか20分程度話しただけの医師が、亡くなられた川島さんの個人情報を、ご本人やご家族の同意確認もなく公にするのは倫理的にいかがなものでしょうか。法に抵触しないから許されてよいという話にはならないと思います。

古くは、『ヒポクラテスの誓い』において、「治療の機会に見聞きしたことや、治療と関係なくても他人の私生活について洩らすべきでないことは、他言してはならないとの信念をもって、沈黙を守ります」と述べられています。それを引き継ぎ、1948年に採択されたジュネーブ宣言の中でも、医師の守秘義務について、次のように明記されています。

「私は、私への信頼のゆえに知り得た患者の秘密を、たとえその死後においても尊重する」(日本医師会ホームページ より)


川島さんが患った肝内胆管がんは、診断された当初はおそらく治癒率が高かった早期段階の状態でした。それにもかかわらず、近藤氏はセカンド・オピニオンを求めた川島さんの病気について本来あるべき医師としての公正な説明責任を怠り、次のように意見したそうです。

 

(近藤氏)「胆管がんだとしたらとてもやっかいだね。2、3年は元気でいられるけど、ほうっておいたらいずれ黄疸症状が出て肝機能不全になる。手術しても生存率は悪く、死んじゃうよ」

ー 言葉が出ませんでした。
きっと、この先生の前で泣き崩れる患者さんは多々いたはず。

(『カーテンコール』 川島なお美・鎧塚俊彦 著 2015年 新潮社 より)


通常の胆管がんと肝内胆管がんはまったく考え方が異なる疾患群です。また、発見当初の川島さんの肝内胆管がんの大きさは径「1.7 cm 」だったという記載があります。2 cm に満たない単発の肝内胆管がんは、予後良好です。このことは、2009年時の『原発性肝癌取扱い規約』(第5版補訂版 金原出版)の中でもすでに明記され、多くの専門家によって認知されている医学的事実です。適切な手術をこのタイミングで受けていれば、高い確率で「治癒」を目指せた状況であったにもかかわらず、近藤氏は肝内胆管がんの手術について、

  • 合併症も含めてバタバタと亡くなっていく
  • メスを入れたところにがん細胞が集まり、急激に暴れ出すことが多々ある

これらは決して、何のがん疾患で、どのような状況に対して、最適な治療方針は何なのか、という各論としての話ではなく、自身の決まった常套文句を一方的に繰り返しているだけです。

さらに後付けで、次のようにも述べています。

肝内胆管がんはほとんどの場合、肺や肝臓などにすでに転移がひそんでいます。したがって手術をしても、肝臓や腹膜にがんが再発するし、かつ、がんの増大に勢いがついてしまうのです。

(『がん治療の95%は間違い』2015年 幻冬舎新書 より)


近藤氏は、おそらく慶應義塾大学病院時代も含めてこれまでに肝内胆管がん患者をまともに診られた経験はないはずです。 それにもかかわらず、挙句には次のような説明までしていたそうです。


ぼくは「ラジオ波なら手術をしないで済むし、1ショットで100% 焼ける。体への負担も小さい。そのあと様子を見たらどうですか?」と提案しました。「手術しても十中八九、転移しますよ」ともお伝えしました。むしろ手術することで転移を早めてしまう可能性もあるからです。

(川島なお美さん 手術遅かったとの指摘は間違いと近藤誠医師NEWSポストセブン)


ラジオ波焼却術 (RFA) が、低侵襲だからという理由のみで、手術で治癒が目指せる肝内胆管がんに薦められています。これはとんでもないセカンド・オピニオンだと言えます。肝内胆管がんは、リンパ節転移のリスクが非常に高いため、専門性の高いリンパ節郭清手術を受けることで「治癒」できるかどうかが議論されるべきがん疾患だからです。


治癒を目指した時に根拠がまったくない RFA という選択肢が、近藤氏の嗜好 (好き嫌い) のみで勝手に提示されてしまうのでは、「治りたい」と願っていたはずの川島さんも正しく意思決定できるはずがありません。

案の定、次のような困惑した川島さんの声があります。


一般的な肝臓がんとは違い、胆管がんはラジオ波に適応しないという事実。

腫瘍以外の血管まで傷つけてしまうリスクがあるとは.....。

M先生(近藤氏)は確かに「私の患者で、胆管がんの人を何人もラジオ波専門医に送り込んだよ」とおっしゃっていましたが、あれって一体なんだったんでしょうか?

(『カーテンコール』より )


東京大学医学部附属病院を中心とした肝臓疾患治療を専門とする多施設オールジャパン・データ (Sakamoto, Y. et al. Cancer 2016; 122: 61-70) に、発見当初の川島さんのケースに相当する、大きさ 「2cm 以下」の肝内胆管がん手術成績が示されています。それに従うと、適切な手術をした後に転移した割合は「27例中0例 (0%)」という結果でした。
近藤氏が言うところの、どこが「十中八九」なのでしょうか。手術リスクを煽りたい主観のみで、とんでもない説明を川島さんにしていたということです。


闘病手記『カーテンコール』(新潮社) の序章には、以下のような辛辣なメッセージが綴られています。


それからもうひとつ。

様々な著書で有名なM先生 (近藤氏) の存在です。

先生の本でためになったこともたくさんあります。即手術しなかったのも、抗がん剤や放射線治療に見向きもしなかったのも先生の影響かもしれません。

でも、がんは放置さえすれば本当にいいのでしょうか?

何もしないことが最良の選択なのでしょうか?

検診にも行かない。がんを発見することも無駄。知らぬが花だ……。

私はそうは思いません。

がんかもしれないと診断されることで、人生真っ暗になってしまったとしても、それは一瞬のこと。

目からウロコの「気づき」をたくさんもらえて、かえって健康的でいきいきした人生に変わることだってある。それは、自分の病への向き合い方次第なんです。

ただただ放置し、あきらめて天命をまつのが一番賢く穏やかな生き方という理論。経験者としてはそれがすべて正しいとは思えません。

がんと診断されたら放置するのではなく、その対処いかんでより健全で、充実した生き方が待っている。それは、私ががんになってみて初めてわかったことなのです。

がんと診断された皆さん、決して「放置」などしないでください。まだやるべきことは残っています 。

年に一回受けていた人間ドックで、運よく早期に発見された肝内胆管がんであったにもかかわらず、適切な病状説明、適切な治療をタイミングよく受けることが叶わなかったことへの悔恨の気持ちを感じ取れます。


川島さんの命を賭した切実な心の叫びを聞いて、当の近藤氏はどう思われたのでしょうか。それ以降の彼の主張にはなんら大きな改善点がみられていないようです。

また、客観的根拠を著しく欠いた近藤氏の言論活動を、一流出版社 文藝春秋は、一体なぜサポートし続けるのでしょうか。不思議でなりません。

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冒頭の『文藝春秋』記事のタイトルには、「川島なお美さんはもっと生きられた」と付されていました。しかしはっきり申し上げると、虚偽に溢れた近藤言説の影響を強く受けてしまったことで「治るチャンスを逸してしまった」ということでしょう。

 

あらためて、川島なお美さんのご冥福をお祈り申し上げます。そして、同様な犠牲者が出ないことをただ願うばかりです。

 

P.S. 本日発売の『週刊新潮』(2016年12月8日号) に、正しいセカンド・オピニオンのあり方についての拙記事が掲載されました。よかったらご覧ください。

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次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/11/12
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近藤誠氏の嘘を明かす⑧ -「打ち切り」の悪用 -

近藤誠氏のこれまでの言説によると、生存曲線の形が「上に凸」だと人為的操作が加わっている、とのことです。今回は別の観点からその誤謬を糺してみたいと思います。

 

固形がんで抗がん剤を標準治療とするのは間違いです。抗がん剤には患者を延命させる力はないのです。なぜそう言い切れるのか。抗がん剤の臨床試験結果が教えてくれます。臨床試験は、延命効果を確認する最終手段ですが、試験結果では、抗がん剤に延命効果は認められない。(『抗がん剤は効かない』2011年 文藝春秋より)

 

近藤氏に「生存曲線の形が奇妙」だと判定された途端、そのエビデンスがインチキ扱いされてしまう問題については以前のブログでも取り上げました。


生存曲線の形について議論を深めていただく前に、必要となる基礎的な事項を最初に説明してみます。
まず、生存期間とは、ある特定の時点から、「死亡」という出来事(イベント)が起きるまでの時間のことを指します。そして、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法という統計学的手法によって生存曲線は描かれます。生存曲線をみた時に、縦軸は生存割合、横軸は時間としてグラフが描かれます。最初のスタート時点0の時は、患者集団全員が生存しているところから始まるので、縦軸では100%から始まります。そして、横軸の右へいくほど時間は経過していきます。時間がたつにつれて、各時点で「死亡」イベントが発生するために、生存割合も徐々に減っていくわけです。「死亡」イベントが発生するたびに、曲線は階段を下りる形で減っていきます。

 

それでは、簡単な具体例を挙げて説明します。
5人の患者集団を対象として、5年間追跡されたとします。その間、Aさんは5年時点、Bさんは1年時点、Cさんは3年時点、Dさんは2年時点、Eさんは3年時点で「死亡」イベントが確認されたとしましょう。

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この患者集団の生存曲線はどのように描かれるのか説明します。まずは、手順として生存期間が短い順番に、左端に揃えて患者さん5人を並び替えます。

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では、生存曲線を描いてみましょう。縦軸では100%、横軸では0からスタートして、1年時点でまずは1人(Bさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、5人中1人減った4人なので、4/5=80%となります。分母は5人から4人に減りました。次に、2年時点でまた1人(Dさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、4人中1人減った3人なので、全体の生存割合は、4/5×3/4=60%となります。分母は4人から3人に減りました。3年時点では2人(Cさん、Eさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段は2段降ります。この時の生存割合は、3人中2人減って1人なので、全体の生存割合は、4/5×3/4×1/3=20% となります。分母は3人から1人になりました。最後に、5年時点で1人(Aさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、1人中1人減った0人なので、全体の生存割合は、4/5×3/4×1/3×0/1=0% となります。
これの全体像が次のような生存曲線となります。

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 しかし、現実的にはこのように理想通りにはなりません。例えば患者さんと急に連絡が取れなくなったり、何の音沙汰もなく引っ越してしまったり、転院を重ねたりすることで生死の確認がとれなくなるケースは必ず発生します。ある患者さんの最近の生存確認がとれない場合は、生存が最後に確認されていた時点に遡って「打ち切り」と扱われます。そして、その時点で生存曲線に「ヒゲ印」が付きます。論文によってはヒゲ印が付けられていない生存曲線もあります。
では、先ほどの例で、Dさんに「打ち切り」が発生した場合にどうなるでしょうか。具体的には、2年時には外来で生存が確認されていたのですが、それ以降行方不明になってしまったケースです。この場合、Dさんは2年時点で「打ち切り」として扱われます。

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手順を同じくして生存期間が短い順番に、左端に揃えて患者さん5人を並び替えます。

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この場合の生存曲線はどうなるでしょうか。1年時点でまずは1人(Bさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、5人中1人減った4人なので、4/5=80%となります。分母は5人から4人に減りました。Dさんは2年時点で「打ち切り」になっているので、ここでヒゲ印が付きます。そして、今後「死亡」イベントが起きうる分母(リスク集合; 実際の生存数)からDさんは省かれてしまいます。具体的には、1年目で死亡したBさんが除かれた4人ではなく、さらにDさんも除かれた3人という計算になります。そして、次に死亡イベントが確認されるのが3年時点です。ここでは、Cさん、Eさんの2人が死亡しているので、イベントの階段は2段降ります。この時の生存割合は、3人中2人減った1人なので、全体の生存割合は、4/5×1/3=27%となります。最後に、5年時点で1人 (Aさん) の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、1人中1人減った0人なので、全体の生存割合は、4/5×1/3×0/1=0% となります。

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この「打ち切りあり」の生存曲線は前者の「打ち切りなし」の生存曲線と比較してみると、確かに「打ち切りあり」の方が、膨らんでみえてしまいます。

 

近藤氏はこの「打ち切り」例を強調することで、生存曲線の形が奇妙になっていると頻繁に訴えます。確かに、「打ち切り」によるバイアスというものがあり、むやみに「打ち切り」が多くなると、見かけ上、生存曲線が良い方向に偏るのは事実です。この「打ち切り」がゼロになることは理想ですが、実際の臨床試験では現実的には不可能であることが一般的です。
そこで、患者集団の生存確認について、十分に追跡されているかどうかを視えるようにするために、「リスク集合」というものがあります。これは、ある時点までしっかり洩れなく追跡されている実際の生存患者の数のことです。言い換えると、その時点において「打ち切り」を受けていない生存患者数を意味します。この「リスク集合」から、打ち切りの程度や分布が容易に予測できるので、後で応用問題として説明します。つまり、論文の生存曲線にヒゲ印が付いていなくても、どの程度しっかり患者が追跡されているかが確認できます。


さて、ここまでの基礎的な事項をふまえたうえで、「生存曲線が奇妙な形」という理由で近藤氏によって断罪されてしまった日本発の胃がん補助化学療法のエビデンスについて検討してみます。

胃の周囲にはリンパ経路が発達しているので、手術で治癒のチャンスのある進行胃がん患者さんには、D2郭清 を伴う胃切除術が標準術式として確立されています。これについての詳細は前回触れました。

 

そして、予防的 D3郭清 に生存利益がなかったように、手術だけでの治療成績ではもはや頭打ちであり、次のテーマとしては抗がん剤によって、いかにしてより再発を予防するのか、という新たな戦略が求められました。

そこで、ステージⅡ / Ⅲの進行胃がんに対して手術を受けた1059人の患者を対象に、経口抗がん剤 S-1(エスワン)の上乗せ効果を検証するためにランダム化比較試験「手術+ エスワン vs 手術単独」が行われました。

このエスワン (ACTS-GC) 試験の症例登録は2001年から2004年まで行われ、2006年に解析された結果が第一報として2007年に一流医学誌 『The New England Journal of Medicine』 に報告されました (Sakuramoto S, et al. N Engl J Med 2007; 357: 1810-1820)。その後、5年間しっかり追跡されたアップデート解析が2011年にも報告され、結果はいずれも、手術後に抗がん剤エスワンを1年間服用したほうが、手術単独よりも再発率、死亡率を有意に下げることが示されました(Sasako M, et al. J Clin Oncol 2011; 29: 4387-4393)。このエビデンスをもって、日本では進行胃がん手術後に抗がん剤エスワンを1年間服用することが標準治療として確立されたわけです。

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しかし、胃がんにおける手術と抗がん剤、両者に対して「延命効果は存在しない」と絶対反対派の立場をとる近藤氏は、この臨床試験には大きな問題があると異を唱えます。


エスワン投与群の生存曲線は、ゆるやかですが上方に向かって凸であり、指数関数曲線になっていない。この形は前述したように、人為的操作なくしては出現しない。利益相反状況がなせるわざでしょう。(『抗がん剤は効かない』より)

 

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この生存曲線のように山なりのようになって見えるものを近藤氏は「上に凸」の形と呼び、指数関数曲線でないので「奇妙な形」としてしまいます。しかし、このロジックの前提にある Cancer 論文の主旨は、近藤氏の主観で曲解されていたことを以前ブログで説明しました。

 

では、生存曲線を見たときに「上に凸」という形が本当に起こりえないのでしょうか。

「エスワン投与群の生存曲線は、ゆるやかですが上方に向かって凸であり、指数関数曲線になっていない。」
近藤氏はエスワンが投与された生存曲線のみに言及していますが、比較対照である手術のみの生存曲線も同様に「上に凸」となっています。そこで、まず手術単独群の生存曲線の形について説明してみます。近藤氏によると、胃がん手術を受けると合併症や後遺症などで「1~2年ほどでバタバタ死ぬ」から手術を受けるべきではないと主張していますが、実際に現場で起きている話ではありません。

 

そこで、がんの進行程度にもよりますが、胃がん手術後の死亡発生リスクと生存曲線の関係を簡単に示してみるとこうなります。

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手術の後に不運にも再発してしまって、胃がんが原因でお亡くなりになるリスクは、手術を受けてから3~4年たってから後のほうで高まるのであり、最初の1~2年で「死亡」という出来事がバタバタ起きるようなことはありません。胃がん手術後1~2年では生存曲線は階段から急激に転げ落ちるような形で減りにくいために、手術単独群でも生存曲線の形がもともと「上に凸」のようになります。決して、人為的操作でもなんでもなく、日本の胃がん手術が安全で優れていることを示しています。

手術単独群の生存曲線が「上に凸」になるというベースのもとで、抗がん剤エスワンの上乗せ効果が検証された臨床試験なので、エスワン投与群の生存曲線も、同様に「上に凸」になるのは当然だといえます。

然るに、「手術でバタバタ死ぬ」「抗がん剤の毒性で死ぬ」を原理主義とする近藤氏にとっては、「上に凸」の形を肯定してしまうと持論にとって都合が悪い、ただそれだけのことなのです。

 

さらに、グラフの形が奇妙だとする他の理由について、近藤氏は著書『抗がん剤は効かない』(2011年 文藝春秋) の中で以下のように記述しています。


あまりに多数の被験者を生死不明と扱って、打ち切りケースにしてしまうからです。(中略)
被験者が通院を止めても、生死確認をしないで打ち切りケース扱いをする。これは、意識的に調査をしないという意図的行為であり、人為的操作であるわけです。このように生死が不明になったプロセスに、医者側の意図的行為が介入しない限り、生存曲線が上方に向かって凸形になることはないのです。

 

そう断言されているこの話は本当でしょうか。
ここで、先に説明した「打ち切り」についての応用問題になります。繰り返しますが、実際に臨床試験を行ってみると「打ち切り」をゼロにすることは難しいと言えます。ただし、追跡期間が短い状況で生存曲線を描いてしまうと、例えばエスワン試験の最初の報告のように「打ち切り」症例は増えてしまい、生存曲線の「精度」が落ちるのは本当です。とはいえ、このエスワン試験において、近藤氏が指摘するように生存曲線の形が変えられるほど意図的な「打ち切り」行為が本当に多かったのかを、検討してみます。

先述したリスク集合から、このケースで「打ち切り」の程度や分布を具体的に予測してみましょう。


エスワン試験の最初の報告は、追跡期間の中央値が約3年でデータ解析された結果でしたが、後に報告されたアップデート解析は、5年間しっかり追跡されています。そして、「打ち切り」症例は1059人中131人(12%)であると論文に明記されています。この程度の打ち切りが本当に生存曲線の形を奇妙に変えてしまうものでしょうか。
2007年に最初に報告された論文のエスワン投与群のリスク集合に注目してみます。

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各時点で「打ち切り」を受けていない実際の生存患者数= リスク集合は、1年時で515人、2年時で370人、3年時で196人、4年時で46人となっています。エスワン投与群の対象者数が529人ですから、それぞれの生存割合(生存者数÷対象者数)は1年時で97%、2年時で70%、3年時37%、4年時で9%のはずですが、実際の生存曲線 (グラフ) 上で示されている生存割合はどうでしょうか。1年時はグラフ上の数字とほぼ一致するので「打ち切り」の影響はないと考えられます。しかし、2年時、3年時、4年時のグラフ上で示される生存割合は、それぞれ約90%、約80%、約70%と、2年時から3年時以降で大きな乖離がみられます。したがって、この最初の解析結果では、「打ち切り」例の多くは数字の乖離が顕著な3年時辺りから偏って分布していたことが予測されます。追跡期間の中央値が約3年の解析結果なので、この結果は仕方がないともいえるでしょう。

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しかし、2011年に報告された5年間追跡アップデート結果では、最初の解析結果で「打ち切り」として扱われていた症例の生存確認が増えたことで、より「精度」が高まった生存曲線となっています。
グラフを見てみると、「打ち切り」を受けていない実際の生存患者数= リスク集合は、1年時で515人、2年時で465人、3年時で416人、4年時で363人、5年時で316人と2007年の報告時よりも、明らかに増えているのがわかります。それぞれの生存割合(生存者数÷対象者数)は1年時で97%、2年時で88%、3年時で79%、4年時で69%、5年時で60%となるわけですが、実際のグラフ上で示されている生存割合は、1~4年時ではほとんど一致するので、「打ち切り」の影響はないと考えられます。しかし、5年時では10%以上の乖離がみられるので、このアップデート解析結果では、「打ち切り」例の分布は4~5年と後の方に偏って分布していることが予想されます。


まとめると、エスワン投与群の生存曲線の形を奇妙にさせるような「打ち切り」バイアスは、少なくとも生存曲線の形を「上に凸」にしている1~2年時点では存在しないことがわかりました。

したがって以上より、このエビデンスがインチキだとする近藤氏が掲げる次の二つの理由

  • 指数関数曲線ではないのは人為的操作が働いているから
  • 「上に凸」形になるのは意図的な「打ち切り」バイアスがあるから

これらを裏付ける根拠はこれですべて失ったことになります。

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実際に放置する決心をした方も150人以上いるのですが、全員が受診を続けるわけではなく、初診時に「何かあるまで、もう来ない」と宣言して帰られる方もおられます。全員を追跡調査することも考えましたが、家族に(がんであることを)内緒にしている方も少なくないので、手紙や電話は差し上げられない。とすれば、把握している患者だけについて「何人中何人にこういうことが生じた」と提示するのは不正確です。そこで私の外来患者に関しては、「こういう事例が多かった」とか「数人診ているが、その限りでは一人もいない」というように、抽象化して提示することにします。(『あなたの癌は、がんもどき』2010年 梧桐書院 より)

 

意図的な「打ち切り」によって生存曲線の形が奇妙だからと、多くのエビデンスをインチキと裁くのに、自身の放置させた患者に対しては、まともな追跡調査も行わず、「打ち切り」のオンパレード=患者放置状態 であるわけです。それでよくこのような生存曲線を描けるものです。「打ち切り」への理解が乏しいか、思考が破綻しているのかのどちらかでしょう。

 

次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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近藤誠氏の嘘を明かす⑦ -外科医へのルサンチマン 胃がんD2郭清リスク-

ご自身の仮説を検証されたいのであれば、しっかりと医学論文を書いて評価を仰ぐべきです。しかし、論文ひとつ書くわけでもなく、漫画というツールを利用することで、テクニカルな布教活動に余念がありません。『ビッグコミック』(小学館)で連載されているその漫画のタイトルは、『医者を見たら死神と思え』。近藤誠氏が監修を務め、彼の言説が忠実に描かれている問題作です。そして、医者の中でもとりわけ外科医に対する感情的な表現が随所にみられます。

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ヤクザはしろうと衆を殺したり、指を詰めさせたりすることはありません。強盗だって、たいていはお金をとるだけです。しかし医者は、患者を脅してお金を払ってもらった上に、しょっちゅう体を不自由にさせたり、死なせたりする。(『医者に殺されない47の心得』2012年 アスコム より)

 

外科医は本当に「死神」なのでしょうか。

患者さんひとりひとりの状況に応じたリスクとベネフィットというトレードオフをもっとも考えないといけないのが手術です。にもかかわらず、近藤氏の「手術を受けるべきではない」と一言で切って捨てるような姿勢は、おそらくは自身の好き嫌いの「主観」の話であって、治りたいと願う個々の患者さんにとって一般化できる話にはなりえません。近藤氏が執拗に外科医を貶める理由は一体なぜなのでしょうか。それを垣間見る外科医への感情記述があります。

 

ぼくはこのときの外科のやり方に、今でも怒りを覚えている。ぼくを訪ねてきたことがわかっているのに、手術室にむりやり連れ込んで乳房を全摘しようとした。これは犯罪ではないのか。手術に至れば、立派な傷害罪だろう。しかし外科医たちは、手術すれば、どうせ患者は泣き寝入りすると踏んでいたのだ。欧米では、患者に十分な説明をせずに手術して臓器を切除すれば刑法違反である。考えてみれば外科医たちの行為は、詐欺や強盗より悪質である。なぜならば、それらの犯罪で奪うものはお金にすぎないが、患者を欺き脅して奪うものは臓器なのだ。そればかりでなく、後遺症で苦しめ、ときに死に至らしめる(術死)。(『がんより怖いがん治療』2014年 小学館 より )


腹わたが煮えくり返りました。このオトシマエどうつけてくれよう。しかし、僕が望んだのは外科に復讐することではありません。「この野郎!」という思いはもちろんあります。ただそれは、私憤ではなく、公憤でした。(『近藤誠の「女性の医学」』2015年 集英社 より)


慶応義塾大学病院時代に、当時の外科医たちとの間に行き違いや確執がいろいろあったのかもしれません。しかし、上記にみられるような根深いルサンチマンをいまだに抱えている医師が、ある「立場」をとってしまうことで、がん患者さんの幸福のことを何よりも最優先するフェアな思考が本当に働くのか心配になります。

 

さて、治癒が目指せる進行胃がんの場合、がんが存在する層が深くなればなるほど再発するリスクは高まります。

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胃の周囲にある豊富なリンパ流を考慮すると、進行胃がんを治すためには、単純にがん病巣だけを取り除くのではなく、がん細胞がリンパの流れに乗って広がっていくエリアを計算に入れてリンパ節の切除(郭清)を加えることが必要です。かりに近隣エリアのリンパ節にすでに転移していたとしても、郭清を少し広い範囲で行う D2リンパ節郭清 (D2郭清)をすることによって、手術でがんをすべて取り除ける可能性が高まります。

この D2郭清 は、現在、進行した胃がんを治すための標準術式となっています。再発してしまうと後戻りができなくなるために '一発勝負' が求められる胃がん手術において、リンパ節に潜んでいる目に見えないがんまでも取り遺しのないようにするために日本独自で確立されたのがこの術式です。
ところが、この D2郭清 に対する近藤氏のネガティブ・キャンペーンは執拗です。「臓器をごっそり切り刻まれ、術後の後遺症は著しく、早期に死に至らしめる治療」だと繰り返します。

近藤氏は、何がなんでも D2郭清 を悪とみなすために以降に紹介するエビデンスを振りかざしてきます。それは、治癒を目指せる進行胃がん患者を対象に、「D1郭清 vs D2郭清」を比較したオランダと英国で行われたランダム化比較試験のことです。

 

その前に、留意すべき事項があります。手術どうしの優劣を比較したい場合は、それぞれの手術の質が確立されていないとフェアな比較が成りたたないという事です。なぜならば、抗がん剤のような薬物治療どうしを比較する場合は、抗がん剤を専門的に使用するスキルが求められますが、どこの国 (例外として中国はニセモノが多い)、どこの病院においても、薬自体の品質保証は基本的には保たれています。しかし、手術の場合には、外科医によって、病院によって、あるいは国によって、考え方や質が異なる「手技」であるわけです。

例えば、次のような論文報告があります。米国で、手術件数の少ない病院と多い病院とで、同じ胃がんの手術を比較した時に、手術件数の少ない病院のほうが、手術による死亡率が高いという結果でした (Birkmeyer JD, et al. N Engl J Med 2002; 346: 1128-1137)。当然のことながら、手術件数がいくら多い病院内であっても、群馬大学病院第二外科のように執刀医師の個人レベルによっても手術の質は大きく変わってくるわけです。ですから、胃がん手術の「D1郭清 vs D2郭清」を比較する場合には、手技として難しくなる D2郭清 の質がしっかり担保されている状況、言いかえると、比較試験に参加する外科医たちの誰もが、D2郭清 をしっかり行える状況で行われるべきだということです。

 

さて、オランダ試験の最初の結果は1999年に報告され (Bonenkamp JJ, et al. N Engl J Med 1999; 340: 908-914)、その後15年間の長期追跡データも追加報告されました (Songun I, et al. Lancet Oncol 2010; 11: 439-449)。それらエビデンスをふまえたうえで、このオランダ試験を吟味してみます 。

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上図で示されるように、711人の胃がん患者を対象にして行われた「D1郭清 vs D2郭清」は、全生存期間において、グラフでは両群間に若干の差がみられますが、統計学的には差がないという結果でした。すなわち、D2郭清 の生存利益を示すことができなかったということになります。
さらには、安全性の面において、D2郭清 を受けた患者群のほうが、術後の合併症ならびに手術関連死亡リスクが上回るという結果になりました。これが近藤氏の D2郭清 批判の大きな根拠となっているわけです。

しかし、この比較試験の背景をしっかり把握しておかないと、この結果に隠されている事実関係がみえなくなってしまうので説明します。

 

まず、欧米では東アジアと比較して、胃がん自体がマイナーながん疾患として扱われているために、個々の外科医が経験する胃がん手術経験が非常に少ないという事情が背景にあります。それは何を意味するかというと、専門的な胃がん手術に対する技術向上の教育が広く普及されていないために、欧米の外科医は総じてリンパ節を郭清するという意識が乏しいわけです。ただ単純に胃切除をすることに近い D1郭清 が主流であったオランダで、「D1郭清 vs D2郭清」の比較を行うためには、オランダの外科医たちに、しっかりゼロから D2郭清 を学ばせないといけない問題に直面しました。そこで、当時の国立がんセンター中央病院 (現 国立がん研究センター中央病院)外科に所属されていた笹子三津留氏 (現 兵庫医科大学教授) がオランダにあるライデン大学のvan de Velde 氏の招聘により、オランダの外科医たちに日本の D2郭清 の手技指導を行うことになりました。
しかし、いくら D2郭清 手技が教えられたとはいえ、わずか短期間の教育に過ぎず、経験レベルが目に見えて全体的に不足していました。言い換えると、日本の手術を見よう見まねで行った D2郭清 レベルで、このオランダ試験が行われてしまったと言えるでしょう。

案の定、D2郭清 を受けた患者集団のほうに合併症が高頻度に起き、手術関連死亡率について D1郭清 で4%に対して D2郭清 では10%と、日本のそれとは考えられない高い死亡率を示しました。したがって、全生存期間において「D1郭清 vs D2郭清」に差がつかなかった主たる原因はそのためであり、研究グループも謙虚にその事実を受け入れたうえで、以下の結果事実を強調しています。

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比較試験としては「D1郭清 vs D2郭清」で差がなかった生存成績ですが、他の要因で死亡した例を除き、再発して胃がん死するリスクのみを取り上げたデータ図をみると、明らかに D1郭清 よりも D2 郭清 のほうが、胃がん死亡リスクが低いことがわかります。さらに、D2郭清 のほうが局所での再発リスクが低い、つまりは D1郭清 だとがんの取り遺しが多いという結果でした。

しかし、近藤氏はこのような背景にまったく触れることなく、表に出ている数字のみで D2郭清 はダメだと説きます。「臓器とセットでリンパ節もごっそり切除し、後遺症の温床である」「リンパ節郭清をしても生存率を向上させず、転移予防にならない」と。

 

時を同じくして英国でも、切除で治癒を目指せる胃がん患者400人を対象として、「D1郭清 vs D2郭清」のランダム化比較試験が行われました。このエビデンスも、近藤氏はよく引用します。なぜならば、D2郭清 によってバタバタ死ぬという近藤仮説にとっては都合のよい現象を再現しているからす。

 

 

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図が示すように、オランダのランダム化比較試験と同様に、「D1郭清 vs D2郭清」の比較で両群間に差は認められず、むしろ D2郭清 群の生存曲線は D1郭清 群のそれを下回っているという結果でした(Cuschieri A, et al. Br J Cancer 1999; 79: 1522-1530)。安全面においては、手術関連死亡率は D1郭清 で 6.5% に対して D2郭清 では 13% と、オランダよりさらに悪いものとなりました。

しかし、英国の平均的手術レベルが高くないのは世界中で認知されている問題です。そして、オランダの場合とは違って、D2郭清 手技のまともな教育がないままに比較試験が行われ、日本では考えられないほどの多くの重篤な合併症が起きてしまったというのが本当の話です。そして、英国の胃がん手術の生存曲線が、まさに近藤氏の理想とする指数関数的な形 (前々回ブログで説明) に似ています。
日本の胃がん手術の場合、最初の1~2年の死亡発生リスクが低いために手術後の生存曲線は「上に凸」の形になることを後日述べることにして、この時の英国の生存曲線の形について検討してみます。

 

英国で D2郭清 を受けた患者集団のリスク集合(実際の生存数;図下欄に示す数字)をご覧いただくと、最初200人いたのが、1年時で132人、2年時で97人となっています。生存割合は術後1年目で66%、2年目で48.5%です。
ここで冷静にこの結果について考えてみましょう。最初、D2郭清 を200人が受けて、術後わずか1年で132人しか生存していないということは、裏を返すと200人中なんと68人もの患者さんが1年以内に死亡しているということです。さらには、まだ術後2年目にもかかわらず200人中103人も死亡していることもわかります。これは、日本の医療現場では信じ難い高い死亡率です。それだけでは終わりません。なんと D1郭清 のほうも、200人中術後1年以内に58人、2年以内に92人も死亡しています。

この比較試験の対象となったのは決して進行がん患者ばかりではなかったようです。おそらくは早期胃がんも含んだステージⅠのケースが全体で35%も含まれていました。それにもかかわらず、ステージⅠの5年生存率ですらも、わずか64%だったようです。
はっきり申し上げると、当時の英国の胃がん手術レベルは日本とは比べられないほど、とんでもなく劣悪だったといえます。ところが翻ると、近藤氏にとってはまさに打って付けの論文データだということです。

 

さて、話は逸れますが、日本が外から関わったオランダ試験での反省をふまえ、より根治を目指すためにはどうしたらよいのか。次なるは予防的にさらに広く傍大動脈リンパ節までも追加郭清 (D3郭清) したほうがよいのかを検証するために、522人の胃がん患者を対象として「D2郭清 vs D3郭清」のランダム化比較試験が日本だけで行われました。

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結果は、図に示すように、両群の生存曲線がほぼ重なったことから、予防的 D3郭清 の 利益は証明できず、これをもって根治を目指せる進行胃がん手術は D2郭清 が標準術式とみなされたのです(Sasako M, et al. N Engl J Med 2008; 359: 453-462)。
もちろん、生存曲線は英国のように術後1~2年でバタバタ死ぬ現象がない結果、詳細は次回に説明しますが「上に凸」の形を示しています。要するに、英国の生存曲線の形とはまるで違うということです。
良識ある外科医が何でも切り刻みたがっていないことは、こうしたエビデンスを公平に受け入れる科学的姿勢からも明らかです。生存利益を見いだせるのであれば切除が推奨され、そうでなければ無理をして切除すべきでない。それが前回ブログで紹介したEBMの実践です。

 

現実問題として、欧米の胃がん手術は今でもなお途上段階といえます。現行の欧米の治療ガイドラインでは、進行胃がんに対して D2郭清 を標準手術として認めながらも、「トレーニングされた外科医がいて、手術件数が豊富な施設に限定して行われるべき手術である」と記載されています。胃がんに関しては、手術手技の未熟さを自覚してか、そのスキル不足分を抗がん剤や放射線治療で無理矢理カバーしようとしているのが欧米流スタイルであり、日本の高い手術レベルが広く標準化されるのは今後も難しいと思われます。したがって、海外で行われた胃がん手術のエビデンスはほとんど参考にならないというのが本当の話です。
然るに、手術の生存利益をどうしても認めたくない「立場」をとる近藤氏にとっては、これまで説明してきたような背景をフェアに取り上げることは絶対にしません。挙句には、次のような主張もあるくらいです。


臓器転移の存在が明らかでなければ、進行がんでも、もどきの可能性があるのです。また、リンパ節転移が存在しても、臓器転移がなければ、もどきです。(『あなたの癌は、がんもどき』2010年 梧桐書院 より)


そうやって放置を推奨する一方で、胃がん手術がまるで恐怖治療であるかのようにリスクを煽り続けるのですが、実際の日本の胃がん D2郭清 の安全性について、前記のエビデンスによると、重篤な合併症である縫合不全の発生リスクは5.3%、腹腔内膿瘍は5.3%、術後肺炎が4.6%、そして手術関連死亡率は0.8%と、海外のリスクと比べて安全性がしっかり担保されていることが証明されています (Sasako M, et al. N Engl J Med 2008; 359: 453-462)。

 

近藤氏による「手術をすると1~2 年でバタバタ早死にする」という言説。これはエビデンスの裏付け云々の話ではなくて、外科医へのルサンチマンに端を発した '虚偽' ということになります。

 

次回に続きます。

 

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