大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、あくまでも個人的な「つぶやき」ブログ

がん治療革命?またしても根拠の薄い文藝春秋本について

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文藝春秋から刊行されている『がん治療革命「副作用のない抗がん剤」』(奥野修司 著) が、非常に多くの人に読まれているようです。オビには、「末期なのになぜこんなに元気」「ノーベル賞候補」「希望の治療法」と、聞こえの良いフレーズが並んでいます。前田浩氏(熊本大学名誉教授・崇城大学 DDS研究所特任教授)という人物が開発した「P-THP」という治療薬(未承認薬)の PR本のようですが、多くの方から質問を受けるので、私なりの感想をこの場で述べてみようかと思います。

 

まずは、この本を読んだ率直な感想として評価できる点は、医学記述が概ね正確であり、専門的事項が比較的わかりやすく表現されていること。参考文献が無難だったのでしょう。しかし、問題に感じたのは全編にわたって抗がん剤を悪とみなす強いイデオロギーが前提となっていること。そして、統計学的、臨床的思考が不足していること。

この本に登場する「P-THP」とは、古典的な抗がん剤ピラルビシン (THP) に高分子ポリマー (P-) をくっ付けたもので、より選択的にがん組織に抗がん剤ピラルビシンを届けることが可能となり、なおかつ副作用の軽減が期待できる治療法として開発されたようです。

このように、既存の抗がん剤を高分子化することで、より選択的に集中してがん病巣に到達させることで治療効果を高め、さらには副作用の軽減も目指すコンセプトをドラッグ・デリバリー・システム(DDS)と言います。

これに着目した治療としてすでに有効性が証明され承認されているのがドキシルやアブラキサンという薬です。しかし、元々はそれぞれドキソルビシン、パクリタキセルという既存の抗がん剤を改良したものであり、適応も限定的でましてや万能薬などではありません。

さらに、日本のナノ・テクノロジー技術を利用した DDS系抗がん剤の開発は現在も進行中です。例えば、パクリタキセルを高分子化したNK105、シスプラチンを高分子化したNC-6004、ドキソルビシンを高分子化したNK911など。ちなみにドキソルビシンは、ピラルビシンと同じ類の抗がん剤です。

著者によると、ビジネスの観点から臨床試験をする気がない製薬企業に問題があると述べられています。しかし、少なくとも上記に挙げた薬剤については真面目に臨床試験が行われている最中です。

NK105 に関しては、転移のある乳がん患者を対象にした国際共同ランダム化比較試験(第III相試験)が行われ、標準治療パクリタキセルに対する非劣性を示すことができなかったとプレスリリースされています (詳細は未)。

新規抗がん薬内包高分子ミセルNK105の第Ⅲ相臨床試験結果のお知らせ | ニュース | 世界的すきま発想。日本化薬株式会社

当時、ある東大教授がメディアに頻繁に登場し、このNK105が何やら奇跡的な効果を生み出す新たな抗がん剤として注目を浴びていたわけですが、蓋を開けてみると、生存利益が標準治療に対して「引き分け」にすら持ち込めなかったという残念な結果に終わっています。

 

フリー・ジャーナリストである著者は「P-THP」について「こんなすごい抗がん剤なら、なぜ保険薬にならないのだろうか。」「これほど優れた抗がん剤が世に出ないことが不思議でならなかった」と、声をあげていますが、答えは簡単です。

わずかな体験談のみで、今ある標準治療を上回る根拠データが存在しないからです。

以下、具体的な問題内容に触れていきます。

 

著者は、200 名近い患者にこの「P-THP」が投与されたうちの約 30 名を取材した結果、「副作用がなかった」「2 名に寛解が得られた (治癒とはいえない)」だから有効であると結論づけています。では、他の 170 名はどのような転帰を辿ったのでしょうか。

要するに経過の良い 30 名だけを抽出して(選択バイアス)、「奇跡」や「革命」を論じるには到底無理があると最初に申し上げておきます。

また、安全性を確認する 'パイロット研究' に従って投与していると書かれていますが、データ報告がどこにも見当たりません。表には見えない血液毒性も含めた客観的なモニタリングはしっかりされているのでしょうか。例えば、本の中にP-THP投与中の患者が誤嚥性肺炎で死亡したと書かれています。原因はラーメンの誤嚥だと。しかし、P-THP投与中の出来事である以上は重篤な有害事象として扱われるべきです。

「研究」と言っている以上、今後この未承認薬を何をゴール (エンドポイント) として、あと何名に投与し続けるのか。客観的なデータはいつ公表されるのか。本に登場する山岡医師は仮名のようですが、現状のままでは倫理的に「人体実験」と言われても文句は言えません。

 

さて、本の中には抗がん剤に対する常識?について、著者の主観に基づく強い表現が多々登場するので抜粋します。

  • 抗がん剤は殆ど役に立たない。95%は、たとえ延命してもいずれ亡くなる
  • 最後はがんで死んだのか抗がん剤で死んだのかわからないことがしばしば起こるのは、抗がん剤はがん細胞だけをターゲットにできず、その毒性によって正常細胞もズタズタにするから
  • 抗がん剤は、治癒を求めるのではなく、どれだけ延命したかが目標とされるのである。がん患者の前は死屍累々なのだ。
  • (副作用で)七転八倒
  • (抗がん剤は)猛毒、マシンガンを無差別に打ち込むようなもの
  • (抗がん剤投与は)毒漬け
  • 抗がん剤とは、がんになった人間を生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込んで、運よくがん組織のほうが先に死んでくれればラッキーという、バクチのような「薬」なのである。がん腫によってはよくなる人もいるが、多くは苦しみながら延命するだけで治癒することはない。 

抗がん剤の否定を前提としながら、奇跡を謳う体験談を強調する論法は、エセ医学ににみられる常套手段といえるでしょう。

  • 「もう治療法はありません」と言われた、末期がん患者の治療ドキュメント
  • 「P-THP」の投与を受けた〝進行期″がん患者四人の証言。

上記サブタイトルにもみられるように、少数の患者からの聞き取りと山岡医師(仮名)への取材、すなわち見聞や体験談を根拠として以下の結論が列挙されているわけですが、具体的な数字がほとんど登場してこないため科学的議論を困難にしています。

  1. ステージIVでも余命を伸ばしている人は、抗がん剤治療が初めての人に多い。(以下、略)
  2. 「有効性が高いと思われるがん腫」は前立腺がんや卵巣がん、乳がんなどのホルモン依存性がんが多い。限定的だが、肺がんや胃がんにも効果が期待できそうだ。
  3. 肝がんや胆嚢がんはそれほど顕著な効果は見られない。
  4. P-THPを 5 回以上受ける体力がある人は余命が確実に伸びる。
  5. 治す力は未定だが、延命効果と症状をコントロールする効果はある。つまり、P-THPの投与を受けた人は、これまで通りの生活を継続している方が多い。(中略)ステージIVでも完全寛解に至るケースも複数あることだ。

これらについては、例えば以下のように突っ込みどころが満載です。

  • ステージIV=末期ではないため、生命予後には大きなバラつきがあります。対象条件を揃えるべきであり、その際に一体何と比較しての延命効果と仰るのか。もちろん「プラセボ効果」も無視できません。したがって、生存利益を訴えたいのであれば比較対象を明確にすべきです。
  • それぞれのがん腫で、どのような対象条件で、何人中にどれほどの割合で、どのような効果があったのか。しっかり数字を示すべきです。
  • 緩和ケアのみでも、これまで通りの生活を元気に過ごせているステージⅣの患者さんは一定数いらっしゃいます。したがって、P-THPを 5 回以上受けたからではなく、もともと余命が長く元気に過ごしている患者さんを恣意的に抽出したところ、結果としてP-THPを 5 回以上受けていただけでは。要するに、「因果関係が逆」ではないのか。
  • 寛解したケースについては、P-THPと併用して行われていた治療の効果もあるのでは。標準治療でも寛解する (治癒ではない) ケースはあります。
  • P-THPとは言っても、要するにピラルビシンという抗がん剤が何のがん腫に対して有効なの?という前提が必要です。各論として、ピラルビシンはトポイソメラーゼⅡ阻害薬の枠にあるアンスラサイクリン系に属しています。数多ある抗がん剤の中で、なぜこのピラルビシンのみが絶対的な薬のように扱われるのか。

他にも、「P-THPに関しては、重粒子や放射線を当てた後のほうが効果が高い。これも副作用がないからである。」と記述されているわけですが、そう結論づける根拠が不明です。

 

一方で、世の中には抗がん剤治療をただ目的化している医師は少なくなく、この本がそれに対する問題提起となっているようにも感じました。本のはじめ書きに、以下のような記述があります。

  • ーある大学病院で、パソコンの画面を見たまま、「手術した場合は5年生存率が10~20%。手術しなければもって1年です」と平然と言った医者がいた。患者が青ざめているのに、患者の顔を見ようともしない。冗談ではなく、本当にこんな医者がいるのである。(以下、略)

これは事実でしょう。がん専門病院でもそのような医師がいることを時々聞きます。

 

では、治癒が困難ながん患者さんにとって、抗がん剤を使う目的とは何でしょうか。答えは、いま現在できている生活・人生の質 (QOL) をできる限り落とさないで、一日でも長く維持させることにあります。

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グラフ図は、適切な緩和ケアを受けている終末期がん患者さん7,882人の QOL の変化について、死亡する6か月以上前から時系列で追った研究結果を示しています (Seow H, et al. J Clin Oncol 2011; 29: 1151-1158)。

簡単に要約すると、がん患者さんは、適切な緩和ケアを受けることによって、その QOL を死の間際までずっとパラレル (平行) に保つことができるというものです。

がんの進行によって QOL が妨げられ、自立や正常活動がほぼ困難になり寝たきりになるのは、死亡 2~3 週間前に急に訪れることが多いことを意味しています。言い換えると、適切な緩和ケアで死亡する直前まで QOL を保つことが可能だということです。時には介助も必要になるかもしれませんが、6カ月くらい前までは趣味や旅行も十分に楽しめます。

この時期は、患者さんにとって、家族にとっても非常に大切な時間であり、そのような時に無理をして副作用のある抗がん剤が使用されるべきではないというのが個人的見解です。

そのような意味では、「P-THP」の実態云々は別として、筆者は、終末期のがん患者さんの QOL の大切さ、命の尊さを暗に訴えているのかもしれない、と良い方に解釈しながら読み進めた本でもありました。

 

とはいえ、門的なエッセンスを散りばめながら読書に信頼を与える一方で、僅かな体験談、主観を基に未承認薬の有効性を誇大に結論づけてしまうふるまいは問題視すべきです。要するに、「エセ医学」本の範疇であることを意味します。

そして、この戦略は文藝春秋と切っても切れない関係にある近藤誠氏の著作にも同様にみられます。この出版社に「無知の知」を期待するのは難しいようです。

 

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

 

 

一般社団法人 予防医療普及協会様へ

 

 

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〈予防医療普及協会 ホームページ より〉

 

前回ブログの前半部分で、ピロリ菌の話をしたところ、堀江貴文氏が発起人を務める一般社団法人 予防医療普及協会様から当記事に対して、

  • 1月5日付の貴殿ブログ内のピロリ菌に関する記事に誤りがあると考えますので、文章の削除もしくは修正とブログ内での謝罪を求めます。
  • ピロリ菌に関する記述部分に誤りがあると考えますので当該記事を削除もしくは修正するとともに誤った情報を記載したことに対する謝罪文の掲載を要望いたします。

と連絡をいただきました。

代表者は当協会顧問をされている筑波大学消化器内科の鈴木英雄医師です。私自身、ピロリ菌研究に関して門外漢なところもありますので、専門家である鈴木医師からのご指摘に学ぶべき箇所が多々ありました。そして、一部の引用論文の内容記述に誤りがあったことについては訂正いたします。また、これまでわが国のピロリ菌研究の先頭に立ってこられた研究者の方々にも心から敬意を表する次第です。

誤解のないように、何もピロリ除菌治療を否定しているわけではありません。ピロリ菌感染による胃炎環境が胃がん発生における、大きなリスク因子であることは紛れもない事実です。したがって、決して予防医療普及協会様の足を引っ張りたいわけでもありません。

 

“胃がんは感染症”

“胃がんの原因 99% はピロリ菌”

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〈予防医療普及協会 ホームページ より〉

 

このように、センセーショナルな表現を用いて、胃がん発生の原因を一元的に結論づけるのは問題だと申し上げた次第です。

肩書きがいくら立派な専門家の方々のオピニオンであろうとも「飛躍した論理」と考えられ、それに対する個人的見解を取り下げるつもりはございません。

以下、鈴木医師を代表とする予防医療普及協会様からの詳細なご指摘事項を公開しながら、この場を借りて返答をさせていただきます。

 

 

【差出人】

一般社団法人 予防医療普及協会

  • 副代表理事:渡邊嘉行 医師(総合川崎臨港病院・聖マリアンナ医科大学:日本消化器病学会専門医・指導医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医、日本ヘリコバクター学会ピロリ菌感染症認定医)
  • 顧問:鈴木英雄 医師(筑波大学:日本消化器病学会専門医・指導医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医、日本ヘリコバクター学会ピロリ菌感染症認定医)
  • 顧問:間部克裕 医師(国立病院機構函館病院:日本消化器病学会専門医・指導医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医、日本ヘリコバクター学会ピロリ菌感染症認定医)

 

小生のブログ記事が貴協会関係者様に不快な思いをさせてしまったようです。わが国の胃がん予防医学に尽力されている研究者の方々には心より敬意を表しております。しかしながら、貴協会から発信されている “胃がんの99%はピロリ菌が原因” “胃がんは感染症” だとする啓蒙は、甚だ行き過ぎた結論付けだとする個人的見解を取り下げる意思はございません。

 ピロリ菌研究をライフワークとして取り組まれてきた方々のお立場を考慮しますと、"胃がんの99%はピロリ菌が原因"  "胃がんは感染症" という命題を前提としてしまう営為はご理解できないものでもありません。それらが将来的に真理として証明される日も来るかもしれません。しかしながら、現状においいては、そのように結論付けるための根拠は薄弱であると個人的には考えております。ピロリ菌感染が胃がん発生における重要なリスク因子であることは紛れもない事実であります。また、立場の違いはあれ、「ひとりでも多くの胃がん死亡者数を減らしたい」使命感は共通するところだと思われます。ですから、今回の件につきまして小生が申し上げたいのは、正しい、間違っている、という二元論的な議論をしたいのではなく、学問的ならびに臨床的解釈の相違程度としてとらえていただきたく存じます。以下、鈴木医師ならびに貴協会からいただいたコメント事項に対する返答を掲載いたします。

 

①「堀江氏の言う '胃がん' とは、おそらくは限定された胃がん、すなわち内視鏡で切除適応となっている早期胃がん (分化度の高いサイズの小さなもの) のことでしょう。それを調べたら、約99%にピロリ菌感染を認めたとする報告から引用されたのだと思います (Helicobacter 2011; 16: 415-419)。」

〈予防医療普及協会コメント〉

引用された論文の胃がんは、半分(1519/3161)が手術症例で、内視鏡切除、外科手術共に未分化癌も含んだものであり、分化型の早期胃癌だけではありません。

 

〈返答〉

この引用論文に関するブログ記述箇所についての誤りは素直に認めます。論文全内容を詳細に目を通していなかったため、手術症例について言及しておりませんでした。

正確な論文記載は、1996年~2010年に広島大学とその関連病院の症例で調査された3,161例のうちわけは、内視鏡切除 (1,642例) あるいは外科切除 症例となっております。1,642例以外のすべて (1,519例) が本当に手術症例だったのかは数字表記がないので定かではありませんが、手術症例の存在に触れなかったことに対してはお詫び申し上げます。

しかしながら、貴協会がこの論文を「胃がんの99%はピロリ菌が原因」と結論づける絶対的根拠として扱うのは、いささか問題であると申し上げておきます。

まず、全体の0.66%にしか存在しなかったピロリ陰性の胃がん21例のみが詳細に調べられているわけですが、99%以上のピロリ陽性の胃がんの背景が何も記述されていません。患者背景は?どの場所に発生した、どのような組織型?ステージの分布は?当然ながら転移性のものも含まれているはずですから、残りの1,519例すべてが外科手術とはいえないのでないでしょうか。そして、多くの手術症例が具体的な背景も含めて本当に調べられているのであれば、なぜ外科医師が共同執筆者として名がないのでしょうか。

何を申し上げたいのかと言いますと、この論文記述のみでは、3,161例を抽出したデーターベースが不安定であることを意味しています。論文内容レベルからは、本当に胃がん症例全体がカバーされているようにはみえません。

ピロリ陽性が疑われるからピロリ菌検査がされていた症例を、内視鏡医の立場のみで恣意的に選択したと取られても文句は言えないということです(セレクション・バイアス)。

この論文を小生が査読したならば、そのあたりをメジャーな問題点として指摘するかと存じます。要するに、データ取り扱いに対する詳細な条件記述がないので、この後ろ向き研究を重要なエビデンスとしてとらえるのは客観的に難しいと判断いたします。

翻ると、胃がんに高率にピロリ菌感染を認めることについては異論はございません。しかしだからといって、"胃がんの99%はピロリ菌が原因" とする一般化はいかがなものでしょうか。サンプル抽出の仕方次第では、"99%" という数字はいくらでも変わってしまうのではないでしょうか。

 

②「実際に、数多あるネズミを使った動物実際でも、ピロリ菌のみで胃がんが発生するモデルなんて見聞したことがありません」

〈予防医療普及協会コメント〉

ピロリ菌のみで砂ネズミに胃がんを発生させた論文が日本から複数出されています。Watanabe T, Tada M, Nagai H, Sasaki S, Nakao M. Helicobacter pylori infection induces gastric cancer in mongolian gerbils. Gastroenterology. 1998 Sep;115(3):642-8.

Development of Helicobacter pylori-induced gastric carcinoma in Mongolian gerbils.

Honda S, Fujioka T, Tokieda M, Satoh R, Nishizono A, Nasu M. Cancer Res. 1998 Oct 1;58(19):4255-9.

Development of poorly differentiated adenocarcinoma and carcinoid due to long-term Helicobacter pylori colonization in Mongolian gerbils. Hirayama F, Takagi S, Iwao E, Yokoyama Y, Haga K, Hanada S. J Gastroenterol. 1999 Aug;34(4):450-4.

分化型胃癌だけではなく、ピロリ菌感染のみで未分化癌も発生しています。

③「正確には、胃がんにピロリ菌感染が多く認められ、ピロリ菌は胃がん発生を惹起するための '相関関係' にあるとはいえますが、'因果関係' ではない というのが個人的見解です。」

〈予防医療普及協会コメント〉

WHOは3つの大規模疫学研究の結果から1994年にピロリ菌をGroup1の発がん物質としました。御指摘のように、その際には因果関係というにはコッホの原則を満たしていない、前向き研究がない、ということが問題視されました。ピロリ菌は宿主特異性が高く霊長類にした感染しないため動物実験が難しかったのですが、前述のようにスナネズミにピロリ菌感染単独で胃癌が発生し、その胃からピロリ菌が分離されたことでコッホの原則が満たされ、有名な上村論文(Uemura N. et al.:N. Engl. J. Med.,345(11),784-789,2001.)で前向きコホート研究でピロリ菌感染者からのみ胃癌が発見されたことが示されました。すなわち、ピロリ菌によって胃癌が発生する、という因果関係は既に科学的に証明され、2009年にWHOが再確認しています。さらに東アジア株と言われる日本のピロリ菌は欧米の菌とは比較にならない毒性の強い、胃がんになりやすい菌株が殆どであることがわかっています。

 

 〈返答〉

ピロリ菌持続感染が可能な実験動物が 'スナネズミ' に限った話であることはご承知かと存じます。通常のラットやマウスではピロリ菌持続感染が不可能だからです。そのスナネズミを用いた実験業績の蓄積は、ご指摘の如くわが国が中心となっております。それらの結果を、人(ヒト) にそのまま外挿してよいのかどうかについての議論はここでは控えることにして、なぜ「ピロリ菌のみで胃がんが発生するモデルなんて見聞したことがありません」と結論づけたのか。これにつきましては、わが国から報告されている以下の根拠に基づいております。

その前に、貴協会からご紹介いただいた研究報告については以前より把握しております。最初に申し上げますと、ピロリ菌感染のみでスナネズミに認められた病変は ‘胃がんではない’ と個人的に認識しているからです。具体的には、胃発がん研究の第一人者である元愛知県がんセンター研究所副所長 立松正衛 氏の研究成果を重要な根拠とみなしております。以下に、数多くある業績がまとめられた文献を紹介させていただきます。

参考図書: 『胃癌研究の新しい羅針盤』(著: 立松正衛 西村書店 2010年 )

 

内容を簡潔にまとめますと、立松先生らの研究グループは、長年の研究を通じて、ニトロ化合物であるMNU あるいはMNNGという化学発がん剤を使用しないとピロリ菌のみでは真の胃がんは発生しないと報告されています。

一方、予防医療普及協会様から提示されました動物実験で胃がんとして扱われている病変は、heterotopic proliferative glands (HPGs) 「異所性増殖性腺管」といいます。例えば、chromogranin A 陽性細胞の有無を調べますと、真の胃がんとは異なる病変であることが分かります。小生もかつて研究していた十二指腸胃逆流によるラットモデルでも、これに似た病変を高頻度に認めるわけですが、胃がんとは定義しておりません。

 立松グループによる動物研究の話に戻りますと、ピロリ菌は胃がんの強力なプロモーター (すでにがん化した細胞の成長・増殖を促す働き) ですが、イニシエーター (直接原因) ではないとされています。そのプロモーター主役は確かにピロリ感染であり、脇役が高濃度食塩だと証明され、これらの実験結果にすべて賛同している次第です。

以上より、ピロリ菌単独で胃がんが発生する動物モデルは現在も確立されていない、とする個人的見解について訂正する箇所はございません。

 

スナネズミから離れて、人(ヒト) について論じる場合、胃という臓器は、ピロリ菌のみならず、様々な細菌、ウィルス(EBウィルス含む)、寄生虫、化学物質、食塩、薬物、アルコールなどに外因的に暴露される場であり、さらには食べた物が胃液によって塩酸消毒とタンパク分解が繰り返される場でもあります。日常にある心因的ストレスの影響も受けるでしょう。

 ピロリ感染が胃がん発生母地である炎症環境 (萎縮に伴う腸上皮化生や幽門腺化生などの再生変化) の起点になっているのは事実ですが、それを引き起こすための粘膜障害はピロリ菌側のみの条件で生じるのでしょうか。胃粘膜 (宿主) 側の免疫応答も含めた様々な条件が複雑に絡み合って成立するものと、小生は考えております。免疫不全マウスでは、ピロリ感染が容易に起きても、ピロリ菌のみでは粘膜障害や胃炎を起こしえないことを示す実験データもあります。

 

形態学的にも、ピロリ菌はご承知のごとく、好中球浸潤を特徴とする炎症を惹起するわけですが、胃の上皮を破壊して粘膜内に能動的に侵入することはありません。ですから、スナネズミの実験でも示されているように、直接原因としてまだ解明されていない第3因子の存在下において、ピロリ感染が発がんを助長 (プロモート) するのであり、直接的に発がんさせるものでないと個人的には考えております。

参考図書:『胃の病理形態学』(著: 滝澤登一郎 医学書院 2003年)

 

④「全体をみるとピロリ陰性の胃がんも少なくありません。」

〈予防医療普及協会コメント〉

先の論文 (Helicobacter 2011; 16: 415-419) からもピロリが関連無いものは0.6パーセントでピロリ菌陰性の胃がんはほとんどありません。また、2014年のWHOの報告では世界の胃癌の78%、非噴門部胃癌の89%がピロリ菌によるものと公表しています。

 

〈返答〉

データベースが不確かな1本の後ろ向き調査報告のみでピロリが関連無いものは0.6パーセントでピロリ菌陰性の胃がんはほとんどありません」と一般化してしまうことに違和感を覚えます。同じ日本からの報告で、胃がん症例748例中、ピロリ陽性が642例  (85.8%)、ピロリ陰性が106例 (14.2%) という結果もございます。

 

繰り返しになりますが、先の立松研究グループからの実験報告も根拠としながら、ピロリ感染は胃がん発生の強力なプロモーター としては認識しておりますが、イニシエーター (直接原因) ではないと理解している個人的見解に訂正はございません。

 

WHOの報告数字について、原文を確認しておりませんが、総データであれば衛生管理が行き届いていない数多くの途上国も含めた対象データになりますので、日本の現状を必ずしも反映しているとは言えません。さらに、この数字の見方を変えますと、「世界の胃癌の22%、非噴門部胃癌の11%がピロリ菌陰性によるもの」となり、やはりピロリ菌陰性の胃がんは無視できない割合で存在するとも言えるでしょう。

 

⑤「では、われわれ健常人を対象にした場合はどうでしょうか。2,258人のピロリ陽性被検者を対象に、除菌 vs 非除菌 を比較したランダム化試験があります (J Natl Cancer Inst 2012; 104: 488-492)。15年間追跡した結果、除菌した1,130人のうち34人(3%)に胃がんが発見されました。一方で、非除菌の1,128人のうち52人(4.6%)に胃がんが発見されました。結果、除菌によって39%の胃がん発生リスク減につながったという報告です。翻ると、除菌予防効果はこのレベルの話だということです。そして、「むだ死に」とはいいますが、胃がん死亡率の比較でみると除菌による有用性は認められていません。」

 〈予防医療普及協会コメント〉

この論文は大規模ランダム化試験であり最も信頼のある手法です。55歳以上では胃癌死亡率も有意に胃癌が減少しています。ピロリ菌感染は多くは5歳頃までに起こるため、除菌を行う年齢や胃粘膜の萎縮の程度、つまり胃癌リスクによって除菌による効果は当然変わるのです。そのため、対象者の胃癌リスクが小さい集団ではより多くの対象者で長期間観察しないと有意差が得られません。そのため、無症状のピロリ菌感染胃炎を対象にした除菌による胃がんリスク減少効果を論ずるには1つの論文ではなくメタ解析の結果を参考にすべきです。代表的なものにBMJ 2014;348:g3174とGastroenterology. 2016;150(5):1113-1124.がありますが、前者では34%、後者では38%の胃がん発生率の低下が有意差をもって示されています。この数字は決して低いものではありません。

 

〈返答〉

ピロリ感染に起因した胃炎の経時的変化と発がんリスク差異、さらには除菌タイミングに関する興味深い示唆のほどありがとうございます。

 一方、引用しましたランダム化比較試験で追加された長期追跡手法にある問題点については、後でも取り上げます南郷先生のエビデンス解釈 をご参照ください。

 さて、5歳頃までにピロリ感染のほとんどが成立するとコメントをされていますが、それは本当でしょうか。ぜひ根拠をご教示ください。後でお示しする年代別の感染率トレンドをみましても、そのような解釈は難しいと考えます。お尋ねしたいのは、貴協会は青少年期、具体的には中学生や高校生らを対象に早期除菌介入を推奨されるお立場にありますでしょうか。

感染早期からの除菌効果を示すデータは、小生の知る範囲ではスナネズミの実験話でしかありません。中学生時からピロリ菌スクリーニング検査を推奨している自治体もあるようですが、青少年期における除菌治療の短期的・長期的なリスクは無視できないことから、安全性と有効性を示した臨床データをふまえたうえで、青少年期のピロリ菌リスクについてはより慎重に論じるべきと考えます。

 

ピロリ除菌によって30~40%近い胃がん発生率を低下させるパワーは再現性をもって確からしいと理解しております。一方で、この胃がん発生率の抑制効果について、フレームを変えてみますと数字の見方が以下のように変わります。

 

「除菌した1,130人のうち34人(3%)に胃がんが発見されました。一方で、非除菌の1,128人のうち52人(4.6%)に胃がんが発見されました。」

「除菌した1,130人のうち1,096人(97%)に胃がんは見つかりませんでした。一方で、非除菌の1,128人のうち1,076人(95.4%)に胃がんは見つかりませんでした。」

 

これら事項をふまえ、ピロリ除菌による胃がん一次予防効果について整理してみます。貴協会からのご指摘にある「1つの論文ではなくメタ解析の結果を参考にすべきです」に関して、それらが詳細に分析された見解がありますので、以下にお示しします。

これらは、わが国のEBM (evidence-based medicine) 教育の第一人者である 南郷栄秀 医師 (東京北医療センター総合診療科) のエビデンス解釈であり、小生はこれに大いに賛同しております。同時にピロリ除菌治療に伴うリスクについても具体的に述べられています。今回、南郷医師に直接承諾を得てご紹介をさせていただきました。以下にその一部を抜粋いたします。

 

〈ピロリ菌除菌による胃癌発症予防についての結論 (南郷医師)〉

少なくとも現時点では、胃癌未発症の健常者はピロリ菌除菌によって胃癌発生を予防できるかどうか分からず、効果があるのは前癌病変を持たない患者に限定される可能性があります.ましてや、胃癌による死亡も、生命予後の延長も期待できません.害の可能性すらあります。 ただ、将来的に、ピロリ菌除菌によって胃癌発生を予防可能ということが明らかになる可能性はあります。 現時点での結論としては、早期胃癌治療後の患者ではピロリ菌がいれば、再発予防のために除菌をするのは勧められますが、健診でスクリーニングをしてピロリ菌感染者を見つけて全例で除菌したり、慢性胃炎患者で胃癌予防目的でピロリ除菌をする、というのは時期尚早です。

参考文献:2015年 コクランレビュー

 

⑥「全胃がんの原因が感染症であることが前提となっている時点でこのデータは恣意的で信頼に値しません。」

 〈予防医療普及協会コメント〉

全ての癌や疾患と同様に、胃がんの発癌メカニズムが完全に解明されたわけではありません。しかし、ピロリ菌による胃癌発癌機序は放射線による発癌と同様にDNA二重鎖を壊すとの報告(Proc Natl Acad Sci U S A. 2011 Sep 6;108(36):14944-9. Carcinogenic bacterial pathogen Helicobacter pylori triggers DNA double-strand breaks and a DNA damage response in its host cells. Toller IM, Neelsen KJ, Steger M,et al.)、AIDとの関連、メチル化異常など数多く示されています。

 現時点ではピロリ菌感染に関連して重要と考えられるエピジェネティックな異常変化、p53変異、Kras変異、マイクロサテライト不安定性等による様々な発癌パスウェーの存在が判明してきておりますが臨床的にその頻度は同じではりありません。なかでも貴殿指摘のように分化型腺癌の場合にはCMIPとピロリ菌との関連性が重要になるかと思います(Cancer Cell. 2004 Feb;5(2):121-5., Cancer. 2006 Apr 1;106(7):1467-79., Gastroenterology. 2005 Sep;129(3):1121-4., Gastroenterology. 2009 Jun;136(7):2149-58.)

上記に述べました臨床試験におけるピロリ菌感染と胃発がんとの関連が極めて重要な臨床試験結果から、現在ではヒトゲノム側の解析だけではなく、臨床検体を用いたピロリ菌側の疾患全ゲノム解析が始まっています。そのため、現時点における日本の胃癌については99%がピロリ菌感染がベースになっているという見解です。しかし、当然ながらピロリ菌感染以外の原因もあり、ピロリ菌感染率の低い欧米ではその割合が低くなっています。

 

〈返答〉

ピロリ菌の発がん機序について、ミクロ視点レベルに限った話は世に数多あるわけですが、進歩した網羅的ゲノム解析や分子生物学的な手法によって、今後さらに胃発がんメカニズムの解明が加速していくことは間違いありません。

ご指摘にもありますように、ゲノム異常の観点からは、①EBウィルス関連胃がん; EBV (10%)、②MSI 胃がん; MSI (20%)、③染色体不安定胃がん; CIN (50%) 、④ゲノム安定胃がん; GS (20%) という4分類で胃がん全体を俯瞰してとらえることが最近では可能になってきております。以下に、The Cancer Genome Atlas グループからの報告を示した『Nature』誌の文献を提示いたします。


これに従いますと、EBウィルスもピロリ菌と並んで重要な胃がん発生に関わる病原体の一つとして認識されております。

以上のような研究背景のもとで、胃がんに対するピロリ菌の真の役割も明らかにされることを期待しております。しかしながら、上述事項を総合的に鑑みましても、現状において「胃がんは感染症」「日本の胃癌 99% の原因はピロリ菌」と一元的に論じるのは、仮説レベルを越えないものと小生なら考えます。

 

冷蔵庫の普及が不十分であった過去に比べ、生活衛生面が著しく改善されている今日でのピロリ菌感染率は、2010年~2013年でみますと 35.1% (29%-40%) という日本の報告*があります。ちなみに、1975年~1978年では 74.7% (69%-79%)、1991~1994年では53% (49%-56%) という報告です。

*除菌既往者は対象から除く

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今後もさらに感染率は減っていく可能性がありますので、生活衛生面の改善に伴うこのようなトレンドにも配慮された方がよいでしょう。したがって、貴協会のホームページにある、「日本人の50%がピロリ菌に感染している」という表記もやや誇張されているのではないでしょうか。

最後に、実際のピロリ感染者のうち、実際にどれほどの割合で胃がんが発生するのでしょうか。様々な報告がみられますが、概ね 2%~数% 程度のようです。

 

以上、鈴木英雄 医師ならびに予防医療普及協会様からのご指摘に対する返答とさせていただきます。貴協会のご活動は、わが国の胃がん予防に寄与するものとして一定の評価をしており、今後益々のご清栄をお祈り申し上げます。

 

東京オンコロジークリニク

大場 大

(日本外科学会専門医・指導医、日本消化器外科学会専門医・指導医、消化器がん外科治療認定医終身認定、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医・指導医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医・暫定教育医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医)

 

 

 

 

 

 

ホリエモンさん、意見広告になっていませんか?ピロリ菌と重粒子線の話

お正月休み中、モーニング (講談社) に連載中の人気漫画『インベスターZ』(著 三田紀房) を読んでみたところ、終始かなりトンデモな内容だったので本ブログで取り上げました。歯に着せぬ独創的な発言で、広く名が知られているホリエモンこと、堀江貴文氏が、最近、がん医療分野にも関心を示されているようです。今回の漫画も、フィクションとはいえ堀江氏の意見が大きく反映されている内容でした。

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昨年、ご自身が立ち上げられたピロリ菌ビジネスを契機に、医療本も出されています。どうやら彼にいろいろ助言をしている医療関係者がいるようですが、以下に示す強い表現の解釈には慎重さが必要です。

 

"胃がんの99%はピロリ菌が原因"

 

胃がんの原因が感染症?

堀江氏著作『むだ死にしない技術』(マガジンハウス社) の帯にも強調されているフレーズです。では本当に 'ピロリ菌' と '胃がん' の間に強い '因果関係' が成立するのでしょうか。

私も、内視鏡検査をしてピロリ菌感染が疑われる被検者に対しては、ピロリ菌チェックを薦めます。また、検査でピロリ陽性が判明したならば、除菌治療を推奨しています。その際には、目的として「胃がんになるリスク因子をひとつ減らすため」という表現を使っています。なぜならば、胃がんは、その発生がピロリ菌の感染のみに収斂されるほどシンプルながんではない と考えているからです。

堀江氏の言う '胃がん' とは、おそらくは限定された胃がん、すなわち内視鏡で切除適応となっている早期胃がん (分化度の高いサイズの小さなもの) がほとんどでしょう。それを調べたら、約99%にピロリ菌感染を認めたとする報告から引用されたのだと思います (Helicobacter 2011; 16: 415-419)。しかし、手術をしなくてはいけない胃がんや転移した胃がんまでも含めた、胃がん全体について漏れなく議論する場合、99%という数字は示さないはずです。

私の学位の研究テーマが、「炎症と胃がん発生、化学予防」でしたので、それなりにこの問題については勉強をしてきたつもりです。実際に、数多あるネズミを使った動物実際でも、ピロリ菌のみで胃がんが発生するモデルなんて見聞したことがありません (*もし存在していたら陳謝いたします)。必ず何らかの「発がん性物質」使用が前提とされています。

前ブログで示した子宮頸がんは、ヒトパピローマ・ウィルス (HPV) 感染をブロックできれば子宮頸がんは発生しません。B型肝炎ウィルス (HBV) 感染をブロックできれば、B型肝炎ウィルス由来の肝がんは発生しません。これらの場合、がん発生の原因は感染症だと言えます。したがって、ワクチン予防という概念も成立するわけです。

ところが、胃がんの場合はどうでしょうか。ピロリ菌をブロックしても胃がんは発生します。全体をみるとピロリ陰性の胃がんも少なくありません。この時点で、ピロリ菌が胃がんの '原因' だと言ってはいけないのではないでしょうか。

エビデンス・ベースの話になると、ピロリ陽性の早期胃がんを内視鏡的切除した後に、除菌をすることで、次新たに発生する胃がんを防ぐ効果は確かに証明されています (Lancet 2008; 372: 392-397)。しかし、これはあくまでもかなり限られた対象に対する話です。

では、われわれ健常人を対象にした場合はどうでしょうか。2,258人のピロリ陽性被検者を対象に、除菌 vs 非除菌 を比較したランダム化試験があります (J Natl Cancer Inst 2012; 104: 488-492)。15年間追跡した結果、除菌した1,130人のうち34人(3%)に胃がんが発見されました。一方で、非除菌の1,128人のうち52人(4.6%)に胃がんが発見されました。結果、除菌によって39%の胃がん発生リスク減につながったという報告です。翻ると、除菌予防効果はこのレベルの話だということです。そして、「むだ死に」とはいいますが、胃がん死亡率の比較でみると除菌による有用性は認められていません。

したがって、「胃がんの99%はピロリ菌が原因」は軽率な一般化だといえるでしょう。正確には、胃がんにピロリ菌感染が多く認められ、ピロリ菌は胃がん発生を惹起するための '相関関係' にあるとはいえますが、'因果関係' ではない というのが個人的見解です。もし、間違っていたらご指摘ください。

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『むだ死にしない技術』(著 堀江貴文+予防医療普及協会 マガジンハウス社) より

 

さて、堀江氏著作の中には、上の図を示しながら、「日本人のがんの1/4は感染症が原因」と結論付けられています。他に、喫煙、生活習慣 (食事、ストレス) も並んでいるわけですが、このように要因を明確に分けることは難しいと考えます。例えば、ピロリ陽性の胃がん患者が、ヘビースモーカーで、かつ生活スタイルが不摂生の日々だったとしたら、この場合、原因は「ピロリ菌」だと言えるでしょうか。

この1/4 (25%) という数字は、引用論文 (Proc Jpn Acad Ser B 2014; 7: 251-258) をみてみると、詳細に調査された疫学データではなくて、単に、年間新たに発生する日本人の子宮頸がん(1.3%)+肝がん (6.5%)+胃がん (17%) 罹患数を足した数の全体に占める割合 (25%) を示しているにすぎません。いつから胃がんの原因が感染症という話になったのでしょうか。全胃がんの原因が感染症であることが前提となっている時点でこのデータは恣意的で信頼に値しません。論文著者はもう少し具体的に説明するべきです。

ちなみに、肝がんは、肝細胞がんと肝内胆管がんに分けられます。肝細胞がんの中には、アルコール性や非B非C型、あるいは脂肪肝から発生したウィルス由来とはまったく異なるものも少なくありません。

以上より、「日本人のがん1/4は感染症が原因」 と言い切ってしまうのは適切ではないというのが個人的見解です。

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『インベスターZ』 (三田紀房 モーニング 2017年 No.4・5 号掲載  講談社) より

 

さて、冒頭に戻ります。今回の『インベスターZ』は、はっきり申し上げて「重粒子線治療」のPRとなっているわけですが、随所に誤った記載がみられます。いくらフィクションとはいえ、影響力の大きなメディアの一種であり、がん医療をテーマにする以上は著しく思慮を欠いた内容は問題だと最初に申し上げておきます。

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『インベスターZ』 (三田紀房 モーニング 2017年 No.4・5 号掲載  講談社) より

 

漫画に登場するホリエモン氏曰く、重粒子線治療が「身体の負担を減らして治す治療」とありますが、いったい何のがんで、どのような状況に対し、どれほどの確度で治るのか をもう少し具体的に議論すべきでしょう。なんとなく、がん→重粒子線治療→治る、というフワフワした結論付けは乱暴です。

ホリエモン氏の話を聞いた登場人物のセリフに「重粒子線ガン治療でガンを消してしまえば抗ガン剤は使用しなくて済む」とありますが、抗がん剤治療が必要な対象と、重粒子線治療で治せるかもしれない対象はまったく異なります。基本的に、全身治療である抗がん剤が必要ながんに重粒子線を使用しても、がんは治りません。なぜならば、重粒子線治療は手術と同様に '局所' 治療だからです。ですから、重粒子線 vs 抗がん剤の対立構造はナンセンスだといえます。

がんが治るという確認は、患者さんを長年追跡をして初めて言えることです。がんは、一時のパフォーマンスの成功のみで「治る」が語られるほど甘くはありません。

 

登場人物はさらに以下のように続けます。

「厚生労働省のPRの仕方がヘタなんだよ」

「いまはなんだか・・・こっそり隠してるカンジがする そうじゃなくって・・・」

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 『インベスターZ』 (三田紀房 モーニング 2017年 No.4・5 号掲載  講談社) より

 

厚生労働省のPRがヘタで国民に対して隠している?

この漫画では、重粒子線治療が抗がん剤治療や手術を凌駕する、まるで「万能治療」のように扱われているわけですが、あくまでも従来の放射線治療の代替治療というのが基本的な位置付けです。しかし実際のところ、進歩した放射線治療を上回るほどの確固たるデータは、国内外のどこにも存在しません。だからこそ厚生労働省は、重粒子線治療を「先進医療」というテスト治療として認める代わりに客観性に耐えうるデータを収集しなさい、としているわけです。

それにもかかわらず、すでに重粒子線治療を「ビジネス商品」としてとらえる立場にある医師や、彼らたちを従える経営者の中には、手術や抗がん剤のリスクを誇大に煽ることで、「切らずに治す」「身体にやさしい治療」という甘言メッセージを巧みに世に送りながら、うまく重粒子線治療に誘導する不健全なやり方が横行しています。

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『インベスターZ』 (三田紀房 モーニング 2017年 No.4・5 号掲載  講談社) より

 

重粒子線治療を選択する場合には、暫定治療であるため適応条件がしっかり定められ、一定のルールに基づいて行われなくてはいけません。

さらには外科医、腫瘍内科医、緩和ケア医など、プロフェッショナルな多職種の連携のもと、経営よりも患者さんの利益を最優先に全体の中で治療自体が語られるべきです。

にもかかわらず、放射線治療医のみが主役となって、手術や抗がん剤のリスクを煽り、重粒子線治療がまるで〝魔法の杖〟のように宣伝することで集客活動に勤しむふるまいには、気を付けたほうがよいでしょう。

この漫画の医学監修として山形大学の放射線科教授の名が記されています。たとえ漫画とはいえ、ある立場をとられる方の偏った意見のみが、まるでファクトのごとく扱われているのは由々しき問題です。

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『インベスターZ』 (三田紀房 モーニング 2017年 No.4・5 号掲載  講談社) より

 

一挙手一投足が話題になるほど強い影響力をもつ堀江氏が、予防医学の啓蒙活動に寄与されるのはとても素晴らしいことだと評価します。しかしだからこそ、がん医療について語るときは、情報のつまみ食いのみで軽率な一般化をされるのではなく、他のどの分野の事柄よりもフェアで正確な情報発信に努めていただきたいと願います。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/11/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

 

 

近藤誠氏の嘘を明かす⑪ -医者を見たら死神と思え?子宮頸がん問題を総括する-

ビッグコミック (小学館) で連載中の問題漫画 『医者を見たら死神と思え』( 原作 よこみぞ邦彦、作画 はしもとみつお) 。近藤誠氏が監修を務め、自身の言説を忠実に漫画化することで、幅広い層への布教活動にも余念がありません。

現在発売中の最新号 (2016年12月25日号) 掲載タイトルは 「子宮頸がん」。その内容は、検診や子宮頸がんワクチン、そして早期治療の有用性をすべて否定する形で終えられています。

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(ビッグコミック 2016年12月25日号 小学館 より)

情報に疎い若い女性読者がこれを読んだときに、批判的吟味のできる方々が一体どれほどいるでしょうか。少なからずの悪影響を受けることは間違いありません。

小学館ならびにこの漫画制作スタッフたちは、売れること以外に一体何を ‘志’ としてこのような漫画を世に放っているのでしょうか。

 

子宮頸がんにまつわる、これまでの近藤言説にみられる問題ついては、過去にも本ブログで取り上げてきました。今回は、ちょうどトンデモ漫画が掲載中なので、あらためて彼の嘘を総括してみたいと思います。

 

少し前になりますが、写真週刊誌『FLASH』(2014年11月4日号 光文社)にセンセーショナルな記事が掲載されました。以下のような口調で、子宮頸がん検診を否定する内容でした。

「若い人で見つかっているのは、ほとんどがたいしたことのない上皮内がん」

「病院は、金儲けのためなら、平気で患者の子宮を奪いとる」

発言者は、近藤誠氏です。そして、彼は産婦人科医師のことを「子宮狩り族」とまで呼ぶ始末。 (『文藝春秋』2003年1月号)

 

子宮頸がんは、主に性交渉によってヒトパピローマウイルス(Human Papillomavirus:HPV)に感染することが原因で発生します。多くは自然に排除されるのですが、一部の女性には持続的な感染が引き金となり

軽度異形成→中等度異形成→高度異形成→上皮内がん→浸潤がん

という経路 (シークエンス) を辿ることがあります。

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1940年代に、「異形成+上皮内がん」は前がん病変 (CIN: Cervical Intraepithelial Neoplasia)として認識され、50年代頃からすでに前がん病変の段階で早期発見されることの重要性が唱えられてきました。

子宮頸がんは、若年女性にも発生するがんであり、20~30歳代の女性に発生する悪性腫瘍の第1位を占めています。日本では現在、年間1万人以上が新たに子宮頸がんに罹患し、約 3,000人もの女性が子宮頸がんで死亡しています。

女性一人ひとりの生活や人生を奪うだけではなく、初婚年齢が高齢化する中、少子化問題を抱えるわが国にとっては大きな社会問題としても捉えるべきです。

 

しかし近藤氏は、前記のような乱暴な表現を持ち出し、リスクを誇大に強調することで子宮頸がん検診や早期治療を否定してしまいます。そのような言論活動には、同じ医師として心底嘆かわしさすら覚えます。

 

今回の漫画にも出てくるのですが、『がん治療の95%は間違い』(2015年 幻冬舎新書) では下図が登場してきます。

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このグラフを見せながら、「30~34歳の女性に限ると、2011年の子宮頸がん罹患率が25年前と比べて7倍も増えているのに死亡率は変わっていない、だから子宮頸がん検診は無意味で放置がよい」と結論付けます。

しかし、このグラフ集団のすべてが、検診で発見された子宮頸がんデータではありません。もちろん、がんが発見された後、放置されたデータでもありません。しっかりと治療が介入された結果、死亡率が抑えられていると解釈するべきです。

これまでの子宮頸がん検診受診率はわずか20~30%前後に過ぎず、このデータだけを見て検診の是非を問う議論はナンセンスだと言えるでしょう。

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(ビッグコミック 2016年12月25日号 小学館 より)

今回の漫画の中で、女医に扮する登場人物が「子宮頸がん検診の貢献度は不明」と患者さんに説明しています。「医学界で最も権威のある雑誌ランセットでそう発表されている」だから真理に値すると。それは本当でしょうか。

 

英国では、1988 年に国策として子宮頸がん検診を広く国民全体に普及させたことで、死亡リスクと直接関係のある「浸潤がん」の罹患率を下げることに成功しています(BMJ 1999; 318: 904-908)。

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ちなみに、もし検診推奨を怠り、国民を近藤氏が奨めている「放置」させた場合、子宮頸がんによる死亡者数が増加の一途をたどるだろうという生命リスクについてもしっかり検討されています(Lancet 2004; 364: 249-256)。このエビデンスもその「ランセット」からの報告です。

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近藤氏が頻用するグラフで、「過去と比較して7倍も増えた子宮頸がん」とは「上皮内がん」と「浸潤がん」の足し算になります。直接死亡リスクに繋がらない上皮内がんを多く含んだ罹患率と、30~34歳に限った対象で同じ時点で死亡率を比較することに、どれほどの意味があるのでしょうか。まさに近藤氏の恣意が感じられます。

もし、30~34歳に相当する女性が子宮頸がんとなり、適切な治療を受けないまま10~30年放置されるとどうなるのでしょうか。浸潤がんとなって死亡リスクは後でどうなるのでしょうか。そうした「時系列」の議論が本来は必要なはずです。

 

しかし近藤氏は、今回の漫画でも「(上皮内がんは)100人のうち99人は消える」と言い、次のように声をあげます。

僕もこれまで何人もの上皮内がんの放置経過をみてきましたが、上皮を超えて浸潤がんに進行した人はおらず、最長でも20年以上そのままです。がんが消えた人も2人います。仮に浸潤していても、1期の浸潤がんの大多数はがんもどきなので、検診で上皮内がんと診断されたものの99%はがんもどきといえます。(『近藤誠の「女性の医学」』2015年 集英社 より)

 

産婦人科医でもない彼がわずかな体験談のみでそのように一般化してしまってよいものでしょうか。

子宮頸がんの自然史について、上皮内がんが適切な治療を受けないで30年以上放置されると、実に30~40%が死亡リスクのある浸潤がんに移行したという研究データが報告されています(Lancet 2004; 364: 249-256 / Lancet Oncol 2008; 9: 425-434)。これも「ランセット」からの報告です。

近藤氏は、自身のストーリーに都合のよいデータのみを探し求め、他の情報をフェアに扱おうとはしません。

 

さて、上皮内がんが見つかったときに通常推奨されている円錐切除(子宮頸部を円錐状に小さく切除すること)に対して、今回の漫画の中でも患者さんにリスクを強調する表現がみられます。

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(ビッグコミック 2016年12月25日号 小学館 より)

近藤氏の常套手段として、リスクを煽る時は、登場人物のセリフのように数字を一切示しません。

〝円錐切除〟という手術で子宮を温存するのが主流になってきてはいます。しかし温存といえども、円錐切除で不妊症になる可能性は、きわめて高い──。(『近藤誠の「女性の医学」』集英社 より)

 

きわめて高い? 果たしてそれは本当なのでしょうか。

英国より15本の医学論文をレビューした報告があります。それによると、円錐切除による不妊リスクは1.29倍、妊娠後の総流産リスクは1.04倍と若干のリスクは高まるものの、統計学的には未治療と比べて差がないという結果でした (BMJ 2014; 349: g6192)。

 

ほかのがん検診同様、子宮頸がんも百害あって一利なしです。将来、妊娠・出産を考えている人であればなおさら、受けないことをおすすめします。検診で初期のがんが発見された場合、僕は経過観察していましたが、それを引き受けてくれる医者は少ないでしょう。 自主的に放置して、不正出血という症状が出たら婦人科に行く。これがもっとも合理的ですが、実行できる人は少ないかもしれませんね。(『近藤誠の「女性の医学」』集英社 より)

 

女性の健康を理屈一辺倒で語る、医師として信じがたいメッセージだといえます。

短期的な「不妊リスク」を煽る一方で、「自主的に放置して、不正出血という症状が出たら婦人科に行く」という発言には、「長期的にみると放置することのほうが極めて高い生命リスクを背負う」ことへの配慮がまったく感じられません。

良識ある産婦人科医ならば、近年増えている若い子宮頸がん患者さんの不妊や流産といった妊孕 (にんよう) 性リスクの問題について、必ず熟慮されているはずです。治療の際には、十分なインフォームド・コンセントも行き届いていることでしょう。

 

さて、〝マザーキラー〟と称される子宮頚がんの死亡率を減らすためには、一体どうしたらいいのか?という問いに対して、

  1. 科学的根拠に基づいて子宮頸がん検診の受診率をアップさせる
  2. さらに上流でがん発生を抑えるために、HPV感染を予防する子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)接種を推奨する

という解決策が検討されるのは当然のことです。

後者について、HPV感染という引き金が原因のがんだからこそ、HPVワクチン接種を行い、ウイルス持続感染自体を防ぐことで、前がん病変を無くし、結果的に子宮頸がんの発生リスクまでも阻止できると考えるのは、ごく自然で理知的なふるまいだといえます。

 

しかし、近藤氏は以下のように声をあげます(『近藤誠の「女性の医学」』集英社より)。

  • 僕は何人もの母親たちから、このワクチンを娘に打たせるべきか相談されましたが、きっぱり「NO」と返答。がん予防には無意味なうえ、副作用のリスクが大きいからです。
  • がんを予防しない、一生を台無しにするような重い後遺症を背負うかもしれない、そんな有害ワクチンを受ける必要は毛頭ありません。

 

2006年に米国においてHPVワクチンの使用が承認されて以降、2016年1月までに、WHO加盟国のうち65カ国で、国策プログラムとしてワクチン接種が推奨されています。しかしながら、日本では2013年4月にようやく定期接種が開始されたものの、ワクチン接種の後に

  • 身体の広範な痛み
  • 倦怠感
  • しびれなどの神経症状

に代表される重篤な副反応が報告されたことから、わずか2カ月で、「厚労省健康局から安全性が確認されるまでの間はHPVワクチン接種の積極的な勧奨を一時中止する」という勧告がなされました。

その後、厚労省の副反応検討部会で、平成21年12月から平成26年3月までに約338万人を対象として、HPVワクチン接種後のさまざまな副反応症状2,475例について徹底したデータ収集と解析、追跡調査、専門家による議論が行われました。

結果、問題視されていた慢性疼痛・運動障害等の症状と、HPVワクチン成分との間に、因果関係を示す根拠は認められなかったわけです。

また、重篤な副反応として報告された176例のうち、162例については神経学的疾患、中毒、免疫反応といった器質的な問題の可能性は否定されました。また、このような症状の発生リスクは、HPVワクチン10万人接種あたり1.5件という報告でした。

 

しかし、その間、一部のマスメディアは、ワクチン接種後の副反応で苦しむ少女の映像や記事を盛んに報道することで、HPVワクチンがまるで恐怖ワクチンであるかのように、リスクを誇大に煽る表現が繰り返し行われました。

さらには、多額の国家研究費を用いて、なんとしてでもHPVワクチンのリスクを証明しようとした結果、不正研究疑惑にまで発展した池田修一氏 (信州大学医学部教授) の問題も取り沙汰されています。しかし上記のマスメディアは、その一連の世界的スキャンダルにもなりかねない問題をいまだに公正に伝えようとしていません。

それを見かねてか、厚労省は以下のような見解を示しました (一部抜粋)。

厚生労働省としては、厚生労働科学研究費補助金という国の研究費を用いて科学的観点から安全・安心な国民生活を実現するために、池田班へ研究費を補助しましたが、池田氏の不適切な発表により、国民に対して誤解を招く事態となったことについての池田氏の社会的責任は大きく、大変遺憾に思っております。

そして、こう結んでいます。

厚生労働省は、この度の池田班の研究結果では、HPVワクチン接種後に生じた症状がHPVワクチンによって生じたかどうかについては何も証明されていない、と考えております。

 

現在、HPVワクチン接種が推奨されないままの状況が続いており、接種率はほとんどゼロに近いのではないでしょうか。このような事態は、先進国ではこの日本だけです。

 

免疫システムを破壊する恐ろしい副作用-おそらく、これらの副作用の多くは、ワクチンに添加されている〝アジュバント(免疫増強剤)〟が原因です。その成分は〝水酸化アルミニウム〟などの化学物質で、これらのアジュバントによって、本来なら体に侵入してきた異物を攻撃するはずの免疫システムが、自分の体を攻撃してしまう 〝自己免疫疾患〟を引き起こしてしまうことがある。(『近藤誠の「女性の医学」』集英社 より)

 

近藤氏は、ワクチンに添加されている 「アジュバント (免疫増強剤) の中毒」が重篤な副反応の原因だと言い切っています。

しかし、この問題はすでに解決しています。アルミニウムが添加アジュバントとして含まれているワクチンは、何もHPVワクチンだけではありません。安全に長年実施されているB型肝炎ウイルスをはじめ、肺炎球菌、破傷風、ジフテリアなどといった多くのワクチンにもアルミニウムが含まれています。したがって、すでに安全性については証明されているのです。

近藤氏の主張は、フランスの研究者グループによるワクチン接種部位の局所にアルミニウムが蓄積し、マクロファージという炎症細胞の浸潤が原因で、筋炎をはじめとするさまざまな全身症状を引き起こすという信憑性の乏しいケースレポート論文を探し出し、それを持論として取り込んでいるだけです。

近藤氏のような主張をする者は世界中にいるわけですが、前記理由によって完全に否定されているというのが本当の話です。

 

世界保健機構 (WHO) や国際産科婦人科連合 (FIGO) は、世界中の最新データ解析に基づき、HPVワクチンの安全性と有効性を繰り返し確認し、国家プログラムとしてのHPVワクチン接種を強く推奨しています。

実際の有効性を示す多くのエビデンスがある中で、ここでは2本のランダム化比較試験の結果を紹介します。いづれも追跡期間が短いデータであることをご了承ください。

HPVハイリスクタイプとされる 6型/11型/16型/18型 をカバーする「ガーダシル」というワクチンを接種した集団 5,305人とプラセボ(偽薬)を接種した集団 5,260 人を比較追跡した結果、ハイリスクタイプ16型/18型の前がん病変である中等度異形成(CIN2)の発生数に関して、ワクチン vs プラセボで 「0例 vs 28例」、高度異形成(CIN3)の発生数では、ワクチン vs プラセボで「1例 vs 29例」、上皮内がんでは、ワクチン vs プラセボで 「0例 vs 1例」という結果となり、前がん病変を 97~100% 阻止していることがわかりました (N Engl J Med 2007; 356: 1915-1927)。

次いで、HPVハイリスクタイプとされる16型/18型をカバーする「サーバリックス」というワクチンを接種した集団 7,344人と、プラセボを接種した集団 7,312人を比較追跡した結果、ハイリスクタイプHPV16型/18型の前がん病変であるCIN2の発生数では、ワクチン vs プラセボで「1例 vs 53例」、CIN3の発生数では、ワクチン vs プラセボで「0例 vs 8例」という結果となり、前がん病変を 98~100% 阻止していました (Lancet 2009; 374: 301-314)。

以上より、前がん病変であるCINが阻止できれば、円錐切除を受ける必要がなくなり、その先にある子宮頸がんにもならなくて済むわけです。

したがってHPVワクチンは女性の子宮を守り、女性の生命も守ります

 

一方、HPVワクチン接種の後に、因果関係がいくら証明されなくても、思春期の少女たちに何らかの原因不明な症状が出現し、今もなお苦しんでいるという事実は、重く受け止め、行政としても十分な救済対策が取られなければなりません。

しかし、蓋然性の低いリスクばかりに気を取られ、HPVワクチン接種の推奨中止が現状のまま続くようであれば、若い女性がワクチンによるがん予防の利益を受けられず、世界中で日本だけが孤立し、将来も子宮頸がん罹患率の高い国のままであることが危惧されます。

 

ゼロリスクでないと過剰な反応を起こしてしまう特有の病理として、なんと2016年7月27日付けで、HPVワクチン薬害訴訟が動き始めたようです。原告側弁護団の声明の中には次のように記されています。

 

HPVワクチンは、子宮頸がんそのものを予防する効果は証明されていません。一方で、その接種による重篤な副反応(免疫系の異常による神経障害等)が多数報告されています。

 

繰り返しますが、前がん病変であるCINが阻止できれば、その先にある子宮頸がんにもならずに済みます。CINが阻止できる効果は十分に証明されています。そして、かりにHPVワクチンが接種されていなくても、CINの段階で早くに発見されて適切な治療が行われれば子宮頸がんにならずに済むわけです。

そのように適切な対処が行われた結果として、先に紹介した比較試験では、がん発生率に関しては差を認めませんでした。

それを、「HPVワクチンは、子宮頸がんそのものを予防する効果は証明されていません。」と公言してしまうのは、科学を理解する力が乏しいのか、単なる詭弁に過ぎません。

HPVワクチン接種によって、多くの女性の子宮と生命を救えるはずの利益をないがしろにしてでも、因果関係も定かではない蓋然性の低い不利益をことさら強調して、観念のみで全体を悪と裁こうとする、まさに思考停止以外のなにものでもありません。

 

最後に、近藤氏によるがん検診不要論で何よりも問題だと思うのは、机上でグラフをみせながら数字やデータの出し入れ操作という作業に徹しているということです。グラフの中には、患者さん一人ひとりのさまざまな苦悩や無念な人生が、数多く含まれているということを決して忘れてはなりません。

医者を見たら死神と思え?

その医者とは、ほかの誰でもない近藤誠氏ご自身のことではないでしょうか。

 

次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/11/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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近藤誠氏の嘘を明かす⑩ -北斗晶さんの乳がんと「本物のがん」-

DeNA問題で、客観的根拠に基づいた信頼できる医療情報が希求されている現状において、またしてもこのような本が平然と書店に並んでしまうこの国の出版モラルは大丈夫でしょうか。

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さて、今回も近藤誠氏の嘘をひとつ糺してみます。近藤誠理論の要のひとつに「本物のがん」という概念があります。わかりやすく言うならば、治すことが難しい ‘転移’ という現象は、すでに決められた運命だから放置がよいというものです。


転移するか否かは、がん幹細胞が生まれたときに定まっている。結局、がんが治るか治らないかは、がん幹細胞が誕生したときにほぼ決まっているのです。(『がん治療で殺されない七つの秘訣』2013年 文春新書より)


都合のよい論文データをあちこちから調達してくることで仮説をつくりあげている近藤氏ですが、がんが誕生した瞬間からすでに転移している「本物のがん」について、一体何を根拠としてそのような主張を繰り返すようになったのでしょうか。


多くの場合、遠隔転移はがんが発生して間もない時期に起こる、と僕は考えています。その点は、初発巣と転移巣の大きさを比較することで確かめることができます。まず、初発巣も転移巣も同じがん幹細胞に由来しているので、がんが大きくなっていくスピードもパラレル、同じです。次に、CT画像上などで視認できるまでに育った転移巣の大きさと、初発巣の大きさを計測し、計測された大きさの違いから転移の起こった時期を計算によって割り出していくと、たとえば乳がんなどでは、初発巣の大きさが1ミリメートルにも満たないきわめて早い時期に転移が生じていること、それも圧倒的多数のケースにおいて生じていることが確認できるのです。(『がん患者よ、近藤誠を疑え』2016年 日本文芸社より)

 

パラレル?圧倒的多数?

上記にみられる主張は、他の著作や問題漫画『医者を見たら死神と思え』(ビックコミック連載中 小学館) にも登場してきます。よくよく調べてみると、このロジックは近藤氏のオリジナルでも何でもなく、以下に紹介する論文が参考にされています。

「癌の時間学」というタイトルで、当時の東京大学第一外科教授、草間悟氏が執筆された和文の論文です(『癌の臨床』 1981年 第27巻・第8号 p793-799)。これの内容を吟味する前に、商業誌掲載の依頼論文であり、査読もないことに留意しておく必要があります。

 

腫瘍の体積が倍になる時間を「ダブリングタイム」といい、草間氏らが経験した症例において、縦軸に腫瘍の径 (大きさ)、横軸に時間をとって対数グラフをとると、直線的な発育スピードを示すことが述べられています。そのような手法で、再発した乳がん症例111例が分析された結果、手術から再発まで、再発から死亡までの期間はすべて「ダブリングタイム」に支配されるとされています。

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さらに、66例の乳がん手術後再発ケースを抽出し、その仮説に基づいて計算してみたところ、多くの症例が原発巣が 0.1mm~1mm の大きさに達するまでに、理屈上すでに転移していたことを示す分布グラフが掲載されています。

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35年以上も前に報告された乳がんを対象とする古い仮説レベルの話を、近藤氏はいつの間にかまるで「真理」のごとく扱い、さらには乳がんのみならず、すべてのがん疾患に対しても同じロジックを当てはめて一般化してしまっています。

 

さて、この草間論文の中には、実はこれまで近藤氏が触れようとしないメッセージが次の図 (論文中: 図10) と照らし合わせながら記述されているので抜粋してみます。

 

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手術によって治癒する乳癌は約 50% (注: 1980 年代当時のデータ) と米国でいわれております。これら治癒症例では、手術までに転移がなかったということは言葉を変えれば手術されなかったとすれば、この手術の時以後に転移がおこったであろうということになります。これを図であらわすと図10 の B のようになります。すなわち乳癌患者のなかには乳癌が臨床的に認識できない小さな時に転移をおこすものと、乳癌が臨床的に診断可能になってからはじめて転移をおこすものの二つの群のものがほぼ同数に存在するということになります。この第二の山はいわゆる早期診断によって克服することができますが、第一の山は臨床診断が全く不可能の時期にあり、このことは乳癌の手術的治療の限界を示すものと解されます。


このように、論文筆者である草間氏は、1mm ほどの状態ですでに転移している乳がんもあるが、がんがしこりとして発見された後から転移する乳がんも同等に認めています。したがって、「手術で治せる乳がん」の存在もしっかり肯定されているわけです。

しかし、近藤氏は、論文に掲載されている上図 (図10) にある A の山のケースのみを切り取り、B の山のケースに関しては無視の姿勢をとります。

結局のところ、これまでとまったく同様に、自身にとって都合のよいデータのみに目が行き、情報全体をフェアに取り上げていないことが判明しました。

 

近藤氏がなぜ「1mm」というサイズ基準に固執するのか、実はこの草間論文からデータを調達していたわけです。この話は、ある施設で意図的に抽出された乳がんケースに対するあくまでも仮説レベルの話です。然るに、近藤氏は草間論文にある都合のいい話ばかりを切り取って、ダブリングタイムという見かけ上の数字を操りながら「本物のがん」と勝手に名称を付けてしまいました。

要するに仮説に仮説を重ねていただけの話です。


この論文は今から35年以上も前のものであり、当時は診断学や薬物療法の進歩がまったくなかった時代です。現在では、再発するかもしれない運命を薬物療法 (全身治療) によって、前向きに変える時代に突入しています。ですから、論文中にある当時の「手術によって治癒する乳癌は約 50%」は、現在では正しくありません。

 

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乳がんは、早期がんとはいっても、しこりとして発見された時点で基底膜をすでに突き破っているので転移するポテンシャルを有しているのは事実です。だからこそ、手術をした後にその悪性度や性質を知り尽くしたうえで、それに応じた適切な薬物療法 (全身治療) によるマネージメントが非常に重要になってくる疾患だと強調しておきます。

現在では、乳がん組織が詳細に調べられて、エストロゲンというホルモン受容体や HER2 (Human Epidermal Growth Factor Receptor Type2 ハーツー) というがん遺伝子の発現程度によって、個々の乳がんの性質 (サブタイプ) が分かるようになりました。可能な限り再発リスクを読み取ることで、ホルモン療法や抗HER2薬、あるいは周術期の抗がん剤治療 (補助化学療法) といった適切な薬物療法を選択することで、転移・再発を防ぐための個別化した治療戦略が求められます。

 

タレント 北斗晶さんの乳がんは、報道されている通りだと再発リスクの高い状況だったのかもしれません。もしそうだとしても、‘治癒’ というゴールを前向きに目指して、手術の後に抗がん剤を選択することで自身のがんと一生懸命、対峙しているわけです。

近藤氏は彼女の乳がんを、現時点で「本物のがん」か否か裁けるとでも言うのでしょうか。治療で治せる乳がんの存在を是が非でも認めない立場にある近藤氏は、北斗晶さんが選択された治療は間違っていると吹聴し、挙句には次のような主張もされています。

 

そもそも乳房とリンパ節の治療が終われば、どの患者さんも、体からすべてのがん細胞が除去されてしまったか、他の臓器に転移がひそんでいるかのどちらかになります。前者であれば、抗がん剤治療はがん細胞が除去されて「健康人」に戻った人に「農薬」を投与するのと一緒で、寿命を縮める効果しかありません。実際、元気だったのに抗がん剤治療を始めた途端に急死する患者も少なくないのです。他方後者の、どこかに臓器転移がひそんでいるケースにおいては、抗がん剤はがんを退治する力も、患者を延命させる力もなく、縮命効果しか得られません。こうしたことから、日本で広く行われている補助化学療法は、患者たちの寿命を縮める結果になっています。現在、治療中の方には、なるべく早くやめたほうがいい、と心からアドバイスする次第です。(『がん治療の95%は間違い』2015年 幻冬舎新書より)

 

これらはすべて近藤氏の観念論にすぎません。根拠を失っている近藤氏の主観レベルの話 (嘘) を、責任ある出版メディアは現在もなお垂れ流し続けています。なぜならば、“出せば売れるから” それだけの理由で。先のDeNA問題よりも悪質だといってよいでしょう。

 

次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/11/12
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DeNA問題で考える不十分な法的規制 -出版メディアの責任と医療広告について-

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ここまで騒ぎが大きくなった背景には、DeNA がプラットフォームとメディアの垣根を曖昧にし、自らに都合の良い部分だけを「いいとこ取り」していたことにある。WELQ はサイトの注意書きに「情報に責任を負わない」「判断は利用者の責任」と明記していた。つまり、WELQ の情報を見て健康被害が起きても何の責任も取らない、と堂々とうたっていた。その表向きの理由は「プラットフォーム」だからだ。しかし WELQ  の実態は、プラットフォームを隠れみのにしながらも、自らの意図で記事を作り上げるメディアだったのだ。

(中略)

プラットフォームであれば、掲載されている情報の責任は原則として投稿者にある。サービス事業者を守るための法律として定められたプロバイダ責任制限法に従い、問題が発覚したら事後対応すればよいとされている。一方のメディアはそうはいかない。記事の内容に責任を持つべき立場にあり、紙の雑誌などで不適切な情報を掲載し続ければ、編集部の刷新や社長交代までつながる可能性もある。

プラットフォームを「隠れみの」 DeNA大炎上の本質 :日本経済新聞

 

上記の記事 (日本経済新聞 2016年12月8日付) を書かれた藤代裕之氏によると、今回のDeNA問題の本質は、DeNAが運営する健康・医療キュレーションサイト「WELQ」というサービスが情報流通の基盤となる「プラットフォーム」なのか、自ら情報を生み出してその内容に責任を追う「メディア」なのか、その境を曖昧にしながら、自らの意図 (お金儲け) で記事を都合よく作り上げる、ある種のメディアだったという点にあると指摘されています。

 

本ブログやこれまでの拙著でも度々問題視している『近藤誠理論』について、今回のDeNA騒動にあるロジックを当てはめてみるとどうなるでしょうか。

その内容は、売れるからという理由のみで、リスクを誇大に煽り、都合のよい論文データをつまみ食いしているだけ。

ファクトを歪めた検証のない個人の主観を、さも教養の如く垂れ流し続ける、れっきとした出版メディアは、果たして責任を問われないのでしょうか。

近藤氏の言説を信じたがために、後戻りのきかない不幸な転帰を辿る患者さんは後を絶ちません。

また、昨今の歪んだ 「子宮頸がん (HPV) ワクチン問題」報道のあり方やエセ医学本の出版に勤しむ数々の出版メディアも、今回のDeNA問題と根っこはまったく同じであり、「メディア」としての営為であれば、より悪質ではないかと思われます。

 

さて、DeNA問題を通じてわかったことは、インターネット空間は患者さんを間違った方向に誘導するリスクのある世界だということです。そこで、今回のブログでは、インターネット上で展開されている ‘医療広告’ の問題について取り上げてみます。

 

*以下、新刊『大場先生、がん治療の本当の話を教えてください』(扶桑社) からの抜粋となります。

 

薬事法の規制が働くのは、規制当局で承認された薬に対してのみです。そのため、クリニック免疫療法のように、効果の不確かなモノに高額な費用が発生したとしても、それ自体は法的に罰則を受けにくい状況にあります。また、患者さんが亡くなっている場合が多いため、裁判にもなりにくいのでしょう。

これらのクリニックに対して別の角度から問題だといえるのは、「広告のあり方」についてです。「営利を目的として、医療に関する広告により患者さんを不当に誘引することは、厳に慎むべきである」という基本的な考え方のもと、厚労省から「医療機関ホームページガイドライン」が出され、2013年9月2には、「医療広告ガイドライン」が更新されました。

しかし現状では、ホームページは法の規制対象とはみなされていません。ただし、ホームページと連動している、バナー広告のように、「検索サイトの運営会社に高額な費用を支払えば上位にヒット表示される広告」については、規制対象になることを知っておいてください。この項では、今後もしかしたらホームページも法規制の対象になるかもしれないので、それらを意識したうえでお話ししたいと思います。

「医療広告ガイドライン」で明記されている「禁止される広告の基本的な考え方」として、医療法(昭和23年法律第205号)第6条の5第3項の規定により、内容が虚偽の広告は罰則付きで禁じられています。また、医療法施行規則(昭和23年厚生省令第50号)第1条の9には、以下の広告が禁止されています。抜粋してみますと、

  1. 他の病院、診療所又は助産所と比較して優良である旨を広告してはならないこと
  2. 誇大な広告を行つてはならないこと
  3. 客観的事実であることを証明することができない内容の広告を行ってはなら   ないこと
  4. 公の秩序又は善良の風俗に反する内容の広告を行つてはならないこと

わかりやすく言い換えると次のようになります。 (医療広告ガイドラインより)

  • 比較広告
  • 誇大広告
  • 広告を行う者が客観的事実であることを証明できない内容の広告
  • 公序良俗に反する内容の広告

医療広告の禁止事項(医療法)に照らし合わせると、ホームページが今後広告としてみなされるのであれば、がん治療を標榜しているクリニックのほとんどが、規定に抵触しているのではないでしょうか。具体的には、次のような表現がホームページ上に掲載されていたら、そのクリニックは ‘怪しい’ と思ってみてください。

 

(例) 治療の前後で「がんが消えた」あるいは「縮小した」CT 写真などを掲載

治療の効果に関することは広告可能な事項ではなく、治癒や効果を保証すると患者さんに誤認を与える恐れがあり、誇大広告に該当するかもしれません。

 

(例)「世界初の○○療法」「国内初の△△治療」

このような最上級を思わせる文言は受け手である患者さんを誘因し、本当は治療として成り立っていないのに高額な支払いのみが生じてしまうリスクがあります。また、「世界初」といわれても、客観的事実であることが証明できない事項がほとんどなので注意が必要です。

 

(例)「都内屈指の治療件数」「○千例の投与経験」

効果の担保が不明な治療であるにもかかわらず、多くの治療件数を強調することによって、優良なクリニック・医療機関であるイメージを暗示させるのは、禁止されている比較広告に該当するかもしれません。また、「○千例、○万例」とはいっても、そのうちの何割の患者さんにどのような効果がみられたのかという、最も大切な客観的データが存在しない場合がほとんどです。つまり、効果を保障するという誤認を与えかねない誇大広告、場合によっては虚偽にも該当するでしょう。

 

(例)「○○療法は抗がん剤と違って体に優しく、効果が高い」

科学的な根拠が乏しい治療法にもかかわらず、抗がん剤のリスクを強調することで、国民・患者の不安を煽り、抗がん剤以外のものへ誘導する。さらにはデータもないのに有効性を強調することで、不当に○○療法に誘導しているといえます。

 

現行の「医療法」ではホームページは規制の対象ではないにしても、上に列挙したような広告は、医療法第6条の5の規定違反に抵触し得るかもしれません。もし見かけた場合は、厚労省ホームページに添付されている「医療広告ガイドライン」内にある「報告用紙フォーム」に必要事項を書いて、厚生労働省医政局総務課あて (FAX 03-3501-2048) にご連絡ください。

 

前述のような広告は、実は「医療法」以外の法令にも抵触する可能性があるので紹介しておきます。1. は厚労省に、2. は消費者庁にご連絡ください。

  1. 薬事法 (昭和35年法律第145号) 同法第68条の規定により、承認前の医薬品・医療機器について、その名称や、効能・効果・性能等についての広告が禁止されており、たとえば、そうした情報をホームページに掲載した場合には、当該規定により規定され得ること。
  2. 不当景品類及び不当表示防止法 (昭和37年法律第134号) 不当景品類及び不当表示防止法第4条第1項の規定により、役務の品質等又は取引条件について、一般消費者に対し、実際のもの又は事実と異なり競争事業者に係るものよりも著しく優良又は有利であると示す表示であって、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められる表示等(以下「不当表示」という)が禁止されており、たとえば、不当表示に当たるものをホームページに掲載した場合には、当該規定等により規制され得ること。

 

がんという病気は不確かなことが多く、いくら最善が尽くされても、必ずしも期待通りの結果に至らないことも少なくありません。絶対確実な治療やゼロリスクなどもありません。それらをしっかりと理解したうえで、身の回りに溢れる情報を批判的に吟味しながら、重要な意思決定が求められます。

 

今回の問題に対する記者会見で謝罪されていたDeNA会長 南場智子氏は、最愛の夫様のがん闘病生活を支えるために社長職を退任されています。 そして「がんに関するインターネット情報は信頼に足らない」ことをかねてより認識されていたそうです。であるならば、もし自身の家族に置き換えたならば、という気持ちにたって今後は正しい医療情報発信に努めていただきたいと切に願います。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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近藤誠氏の嘘を明かす⑨ - 川島なお美さんへのセカンド・オピニオンを総括する -

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今はただ、彼女の人生の貴重な一瞬に立ち会った医師として、心静かにご冥福をお祈り申し上げるばかりです。

 

そのように結ばれた近藤誠氏の記事が、文藝春秋2015年11月号に突如掲載されました。最近の著作活動では必ず登場してくるジャーナリスト 森省歩氏との掛け合い記事です。

これまで著名人が亡くなられると、必ず後から声をあげる常套手段を繰り返してきた近藤氏ですが、女優 川島なお美さんの場合、生前に、直接セカンドオピニオンを提供していたというものでした。


法律上、亡くなった方は医師の守秘義務の対象ではなくなりますが…

 

そんな前提を置くことで、たった一度、わずか20分程度話しただけの医師が、亡くなられた川島さんの個人情報を、ご本人やご家族の同意確認もなく公にするのは倫理的にいかがなものでしょうか。法に抵触しないから許されてよいという話にはならないと思います。

古くは、『ヒポクラテスの誓い』において、「治療の機会に見聞きしたことや、治療と関係なくても他人の私生活について洩らすべきでないことは、他言してはならないとの信念をもって、沈黙を守ります」と述べられています。それを引き継ぎ、1948年に採択されたジュネーブ宣言の中でも、医師の守秘義務について、次のように明記されています。

「私は、私への信頼のゆえに知り得た患者の秘密を、たとえその死後においても尊重する」(日本医師会ホームページ より)


川島さんが患った肝内胆管がんは、診断された当初はおそらく治癒率が高かった早期段階の状態でした。それにもかかわらず、近藤氏はセカンド・オピニオンを求めた川島さんの病気について本来あるべき医師としての公正な説明責任を怠り、次のように意見したそうです。

 

(近藤氏)「胆管がんだとしたらとてもやっかいだね。2、3年は元気でいられるけど、ほうっておいたらいずれ黄疸症状が出て肝機能不全になる。手術しても生存率は悪く、死んじゃうよ」

ー 言葉が出ませんでした。
きっと、この先生の前で泣き崩れる患者さんは多々いたはず。

(『カーテンコール』 川島なお美・鎧塚俊彦 著 2015年 新潮社 より)


通常の胆管がんと肝内胆管がんはまったく考え方が異なる疾患群です。また、発見当初の川島さんの肝内胆管がんの大きさは径「1.7 cm 」だったという記載があります。2 cm に満たない単発の肝内胆管がんは、予後良好です。このことは、2009年時の『原発性肝癌取扱い規約』(第5版補訂版 金原出版)の中でもすでに明記され、多くの専門家によって認知されている医学的事実です。適切な手術をこのタイミングで受けていれば、高い確率で「治癒」を目指せた状況であったにもかかわらず、近藤氏は肝内胆管がんの手術について、

  • 合併症も含めてバタバタと亡くなっていく
  • メスを入れたところにがん細胞が集まり、急激に暴れ出すことが多々ある

これらは決して、何のがん疾患で、どのような状況に対して、最適な治療方針は何なのか、という各論としての話ではなく、自身の決まった常套文句を一方的に繰り返しているだけです。

さらに後付けで、次のようにも述べています。

肝内胆管がんはほとんどの場合、肺や肝臓などにすでに転移がひそんでいます。したがって手術をしても、肝臓や腹膜にがんが再発するし、かつ、がんの増大に勢いがついてしまうのです。

(『がん治療の95%は間違い』2015年 幻冬舎新書 より)


近藤氏は、おそらく慶應義塾大学病院時代も含めてこれまでに肝内胆管がん患者をまともに診られた経験はないはずです。 それにもかかわらず、挙句には次のような説明までしていたそうです。


ぼくは「ラジオ波なら手術をしないで済むし、1ショットで100% 焼ける。体への負担も小さい。そのあと様子を見たらどうですか?」と提案しました。「手術しても十中八九、転移しますよ」ともお伝えしました。むしろ手術することで転移を早めてしまう可能性もあるからです。

(川島なお美さん 手術遅かったとの指摘は間違いと近藤誠医師NEWSポストセブン)


ラジオ波焼却術 (RFA) が、低侵襲だからという理由のみで、手術で治癒が目指せる肝内胆管がんに薦められています。これはとんでもないセカンド・オピニオンだと言えます。肝内胆管がんは、リンパ節転移のリスクが非常に高いため、専門性の高いリンパ節郭清手術を受けることで「治癒」できるかどうかが議論されるべきがん疾患だからです。


治癒を目指した時に根拠がまったくない RFA という選択肢が、近藤氏の嗜好 (好き嫌い) のみで勝手に提示されてしまうのでは、「治りたい」と願っていたはずの川島さんも正しく意思決定できるはずがありません。

案の定、次のような困惑した川島さんの声があります。


一般的な肝臓がんとは違い、胆管がんはラジオ波に適応しないという事実。

腫瘍以外の血管まで傷つけてしまうリスクがあるとは.....。

M先生(近藤氏)は確かに「私の患者で、胆管がんの人を何人もラジオ波専門医に送り込んだよ」とおっしゃっていましたが、あれって一体なんだったんでしょうか?

(『カーテンコール』より )


東京大学医学部附属病院を中心とした肝臓疾患治療を専門とする多施設オールジャパン・データ (Sakamoto, Y. et al. Cancer 2016; 122: 61-70) に、発見当初の川島さんのケースに相当する、大きさ 「2cm 以下」の肝内胆管がん手術成績が示されています。それに従うと、適切な手術をした後に転移した割合は「27例中0例 (0%)」という結果でした。
近藤氏が言うところの、どこが「十中八九」なのでしょうか。手術リスクを煽りたい主観のみで、とんでもない説明を川島さんにしていたということです。


闘病手記『カーテンコール』(新潮社) の序章には、以下のような辛辣なメッセージが綴られています。


それからもうひとつ。

様々な著書で有名なM先生 (近藤氏) の存在です。

先生の本でためになったこともたくさんあります。即手術しなかったのも、抗がん剤や放射線治療に見向きもしなかったのも先生の影響かもしれません。

でも、がんは放置さえすれば本当にいいのでしょうか?

何もしないことが最良の選択なのでしょうか?

検診にも行かない。がんを発見することも無駄。知らぬが花だ……。

私はそうは思いません。

がんかもしれないと診断されることで、人生真っ暗になってしまったとしても、それは一瞬のこと。

目からウロコの「気づき」をたくさんもらえて、かえって健康的でいきいきした人生に変わることだってある。それは、自分の病への向き合い方次第なんです。

ただただ放置し、あきらめて天命をまつのが一番賢く穏やかな生き方という理論。経験者としてはそれがすべて正しいとは思えません。

がんと診断されたら放置するのではなく、その対処いかんでより健全で、充実した生き方が待っている。それは、私ががんになってみて初めてわかったことなのです。

がんと診断された皆さん、決して「放置」などしないでください。まだやるべきことは残っています 。

年に一回受けていた人間ドックで、運よく早期に発見された肝内胆管がんであったにもかかわらず、適切な病状説明、適切な治療をタイミングよく受けることが叶わなかったことへの悔恨の気持ちを感じ取れます。


川島さんの命を賭した切実な心の叫びを聞いて、当の近藤氏はどう思われたのでしょうか。それ以降の彼の主張にはなんら大きな改善点がみられていないようです。

また、客観的根拠を著しく欠いた近藤氏の言論活動を、一流出版社 文藝春秋は、一体なぜサポートし続けるのでしょうか。不思議でなりません。

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冒頭の『文藝春秋』記事のタイトルには、「川島なお美さんはもっと生きられた」と付されていました。しかしはっきり申し上げると、虚偽に溢れた近藤言説の影響を強く受けてしまったことで「治るチャンスを逸してしまった」ということでしょう。

 

あらためて、川島なお美さんのご冥福をお祈り申し上げます。そして、同様な犠牲者が出ないことをただ願うばかりです。

 

P.S. 本日発売の『週刊新潮』(2016年12月8日号) に、正しいセカンド・オピニオンのあり方についての拙記事が掲載されました。よかったらご覧ください。

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次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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近藤誠氏の嘘を明かす⑧ -「打ち切り」の悪用 -

近藤誠氏のこれまでの言説によると、生存曲線の形が「上に凸」だと人為的操作が加わっている、とのことです。今回は別の観点からその誤謬を糺してみたいと思います。

 

固形がんで抗がん剤を標準治療とするのは間違いです。抗がん剤には患者を延命させる力はないのです。なぜそう言い切れるのか。抗がん剤の臨床試験結果が教えてくれます。臨床試験は、延命効果を確認する最終手段ですが、試験結果では、抗がん剤に延命効果は認められない。(『抗がん剤は効かない』2011年 文藝春秋より)

 

近藤氏に「生存曲線の形が奇妙」だと判定された途端、そのエビデンスがインチキ扱いされてしまう問題については以前のブログでも取り上げました。


生存曲線の形について議論を深めていただく前に、必要となる基礎的な事項を最初に説明してみます。
まず、生存期間とは、ある特定の時点から、「死亡」という出来事(イベント)が起きるまでの時間のことを指します。そして、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法という統計学的手法によって生存曲線は描かれます。生存曲線をみた時に、縦軸は生存割合、横軸は時間としてグラフが描かれます。最初のスタート時点0の時は、患者集団全員が生存しているところから始まるので、縦軸では100%から始まります。そして、横軸の右へいくほど時間は経過していきます。時間がたつにつれて、各時点で「死亡」イベントが発生するために、生存割合も徐々に減っていくわけです。「死亡」イベントが発生するたびに、曲線は階段を下りる形で減っていきます。

 

それでは、簡単な具体例を挙げて説明します。
5人の患者集団を対象として、5年間追跡されたとします。その間、Aさんは5年時点、Bさんは1年時点、Cさんは3年時点、Dさんは2年時点、Eさんは3年時点で「死亡」イベントが確認されたとしましょう。

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この患者集団の生存曲線はどのように描かれるのか説明します。まずは、手順として生存期間が短い順番に、左端に揃えて患者さん5人を並び替えます。

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では、生存曲線を描いてみましょう。縦軸では100%、横軸では0からスタートして、1年時点でまずは1人(Bさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、5人中1人減った4人なので、4/5=80%となります。分母は5人から4人に減りました。次に、2年時点でまた1人(Dさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、4人中1人減った3人なので、全体の生存割合は、4/5×3/4=60%となります。分母は4人から3人に減りました。3年時点では2人(Cさん、Eさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段は2段降ります。この時の生存割合は、3人中2人減って1人なので、全体の生存割合は、4/5×3/4×1/3=20% となります。分母は3人から1人になりました。最後に、5年時点で1人(Aさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、1人中1人減った0人なので、全体の生存割合は、4/5×3/4×1/3×0/1=0% となります。
これの全体像が次のような生存曲線となります。

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 しかし、現実的にはこのように理想通りにはなりません。例えば患者さんと急に連絡が取れなくなったり、何の音沙汰もなく引っ越してしまったり、転院を重ねたりすることで生死の確認がとれなくなるケースは必ず発生します。ある患者さんの最近の生存確認がとれない場合は、生存が最後に確認されていた時点に遡って「打ち切り」と扱われます。そして、その時点で生存曲線に「ヒゲ印」が付きます。論文によってはヒゲ印が付けられていない生存曲線もあります。
では、先ほどの例で、Dさんに「打ち切り」が発生した場合にどうなるでしょうか。具体的には、2年時には外来で生存が確認されていたのですが、それ以降行方不明になってしまったケースです。この場合、Dさんは2年時点で「打ち切り」として扱われます。

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手順を同じくして生存期間が短い順番に、左端に揃えて患者さん5人を並び替えます。

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この場合の生存曲線はどうなるでしょうか。1年時点でまずは1人(Bさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、5人中1人減った4人なので、4/5=80%となります。分母は5人から4人に減りました。Dさんは2年時点で「打ち切り」になっているので、ここでヒゲ印が付きます。そして、今後「死亡」イベントが起きうる分母(リスク集合; 実際の生存数)からDさんは省かれてしまいます。具体的には、1年目で死亡したBさんが除かれた4人ではなく、さらにDさんも除かれた3人という計算になります。そして、次に死亡イベントが確認されるのが3年時点です。ここでは、Cさん、Eさんの2人が死亡しているので、イベントの階段は2段降ります。この時の生存割合は、3人中2人減った1人なので、全体の生存割合は、4/5×1/3=27%となります。最後に、5年時点で1人 (Aさん) の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、1人中1人減った0人なので、全体の生存割合は、4/5×1/3×0/1=0% となります。

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この「打ち切りあり」の生存曲線は前者の「打ち切りなし」の生存曲線と比較してみると、確かに「打ち切りあり」の方が、膨らんでみえてしまいます。

 

近藤氏はこの「打ち切り」例を強調することで、生存曲線の形が奇妙になっていると頻繁に訴えます。確かに、「打ち切り」によるバイアスというものがあり、むやみに「打ち切り」が多くなると、見かけ上、生存曲線が良い方向に偏るのは事実です。この「打ち切り」がゼロになることは理想ですが、実際の臨床試験では現実的には不可能であることが一般的です。
そこで、患者集団の生存確認について、十分に追跡されているかどうかを視えるようにするために、「リスク集合」というものがあります。これは、ある時点までしっかり洩れなく追跡されている実際の生存患者の数のことです。言い換えると、その時点において「打ち切り」を受けていない生存患者数を意味します。この「リスク集合」から、打ち切りの程度や分布が容易に予測できるので、後で応用問題として説明します。つまり、論文の生存曲線にヒゲ印が付いていなくても、どの程度しっかり患者が追跡されているかが確認できます。


さて、ここまでの基礎的な事項をふまえたうえで、「生存曲線が奇妙な形」という理由で近藤氏によって断罪されてしまった日本発の胃がん補助化学療法のエビデンスについて検討してみます。

胃の周囲にはリンパ経路が発達しているので、手術で治癒のチャンスのある進行胃がん患者さんには、D2郭清 を伴う胃切除術が標準術式として確立されています。これについての詳細は前回触れました。

 

そして、予防的 D3郭清 に生存利益がなかったように、手術だけでの治療成績ではもはや頭打ちであり、次のテーマとしては抗がん剤によって、いかにしてより再発を予防するのか、という新たな戦略が求められました。

そこで、ステージⅡ / Ⅲの進行胃がんに対して手術を受けた1059人の患者を対象に、経口抗がん剤 S-1(エスワン)の上乗せ効果を検証するためにランダム化比較試験「手術+ エスワン vs 手術単独」が行われました。

このエスワン (ACTS-GC) 試験の症例登録は2001年から2004年まで行われ、2006年に解析された結果が第一報として2007年に一流医学誌 『The New England Journal of Medicine』 に報告されました (Sakuramoto S, et al. N Engl J Med 2007; 357: 1810-1820)。その後、5年間しっかり追跡されたアップデート解析が2011年にも報告され、結果はいずれも、手術後に抗がん剤エスワンを1年間服用したほうが、手術単独よりも再発率、死亡率を有意に下げることが示されました(Sasako M, et al. J Clin Oncol 2011; 29: 4387-4393)。このエビデンスをもって、日本では進行胃がん手術後に抗がん剤エスワンを1年間服用することが標準治療として確立されたわけです。

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しかし、胃がんにおける手術と抗がん剤、両者に対して「延命効果は存在しない」と絶対反対派の立場をとる近藤氏は、この臨床試験には大きな問題があると異を唱えます。


エスワン投与群の生存曲線は、ゆるやかですが上方に向かって凸であり、指数関数曲線になっていない。この形は前述したように、人為的操作なくしては出現しない。利益相反状況がなせるわざでしょう。(『抗がん剤は効かない』より)

 

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この生存曲線のように山なりのようになって見えるものを近藤氏は「上に凸」の形と呼び、指数関数曲線でないので「奇妙な形」としてしまいます。しかし、このロジックの前提にある Cancer 論文の主旨は、近藤氏の主観で曲解されていたことを以前ブログで説明しました。

 

では、生存曲線を見たときに「上に凸」という形が本当に起こりえないのでしょうか。

「エスワン投与群の生存曲線は、ゆるやかですが上方に向かって凸であり、指数関数曲線になっていない。」
近藤氏はエスワンが投与された生存曲線のみに言及していますが、比較対照である手術のみの生存曲線も同様に「上に凸」となっています。そこで、まず手術単独群の生存曲線の形について説明してみます。近藤氏によると、胃がん手術を受けると合併症や後遺症などで「1~2年ほどでバタバタ死ぬ」から手術を受けるべきではないと主張していますが、実際に現場で起きている話ではありません。

 

そこで、がんの進行程度にもよりますが、胃がん手術後の死亡発生リスクと生存曲線の関係を簡単に示してみるとこうなります。

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手術の後に不運にも再発してしまって、胃がんが原因でお亡くなりになるリスクは、手術を受けてから3~4年たってから後のほうで高まるのであり、最初の1~2年で「死亡」という出来事がバタバタ起きるようなことはありません。胃がん手術後1~2年では生存曲線は階段から急激に転げ落ちるような形で減りにくいために、手術単独群でも生存曲線の形がもともと「上に凸」のようになります。決して、人為的操作でもなんでもなく、日本の胃がん手術が安全で優れていることを示しています。

手術単独群の生存曲線が「上に凸」になるというベースのもとで、抗がん剤エスワンの上乗せ効果が検証された臨床試験なので、エスワン投与群の生存曲線も、同様に「上に凸」になるのは当然だといえます。

然るに、「手術でバタバタ死ぬ」「抗がん剤の毒性で死ぬ」を原理主義とする近藤氏にとっては、「上に凸」の形を肯定してしまうと持論にとって都合が悪い、ただそれだけのことなのです。

 

さらに、グラフの形が奇妙だとする他の理由について、近藤氏は著書『抗がん剤は効かない』(2011年 文藝春秋) の中で以下のように記述しています。


あまりに多数の被験者を生死不明と扱って、打ち切りケースにしてしまうからです。(中略)
被験者が通院を止めても、生死確認をしないで打ち切りケース扱いをする。これは、意識的に調査をしないという意図的行為であり、人為的操作であるわけです。このように生死が不明になったプロセスに、医者側の意図的行為が介入しない限り、生存曲線が上方に向かって凸形になることはないのです。

 

そう断言されているこの話は本当でしょうか。
ここで、先に説明した「打ち切り」についての応用問題になります。繰り返しますが、実際に臨床試験を行ってみると「打ち切り」をゼロにすることは難しいと言えます。ただし、追跡期間が短い状況で生存曲線を描いてしまうと、例えばエスワン試験の最初の報告のように「打ち切り」症例は増えてしまい、生存曲線の「精度」が落ちるのは本当です。とはいえ、このエスワン試験において、近藤氏が指摘するように生存曲線の形が変えられるほど意図的な「打ち切り」行為が本当に多かったのかを、検討してみます。

先述したリスク集合から、このケースで「打ち切り」の程度や分布を具体的に予測してみましょう。


エスワン試験の最初の報告は、追跡期間の中央値が約3年でデータ解析された結果でしたが、後に報告されたアップデート解析は、5年間しっかり追跡されています。そして、「打ち切り」症例は1059人中131人(12%)であると論文に明記されています。この程度の打ち切りが本当に生存曲線の形を奇妙に変えてしまうものでしょうか。
2007年に最初に報告された論文のエスワン投与群のリスク集合に注目してみます。

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各時点で「打ち切り」を受けていない実際の生存患者数= リスク集合は、1年時で515人、2年時で370人、3年時で196人、4年時で46人となっています。エスワン投与群の対象者数が529人ですから、それぞれの生存割合(生存者数÷対象者数)は1年時で97%、2年時で70%、3年時37%、4年時で9%のはずですが、実際の生存曲線 (グラフ) 上で示されている生存割合はどうでしょうか。1年時はグラフ上の数字とほぼ一致するので「打ち切り」の影響はないと考えられます。しかし、2年時、3年時、4年時のグラフ上で示される生存割合は、それぞれ約90%、約80%、約70%と、2年時から3年時以降で大きな乖離がみられます。したがって、この最初の解析結果では、「打ち切り」例の多くは数字の乖離が顕著な3年時辺りから偏って分布していたことが予測されます。追跡期間の中央値が約3年の解析結果なので、この結果は仕方がないともいえるでしょう。

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しかし、2011年に報告された5年間追跡アップデート結果では、最初の解析結果で「打ち切り」として扱われていた症例の生存確認が増えたことで、より「精度」が高まった生存曲線となっています。
グラフを見てみると、「打ち切り」を受けていない実際の生存患者数= リスク集合は、1年時で515人、2年時で465人、3年時で416人、4年時で363人、5年時で316人と2007年の報告時よりも、明らかに増えているのがわかります。それぞれの生存割合(生存者数÷対象者数)は1年時で97%、2年時で88%、3年時で79%、4年時で69%、5年時で60%となるわけですが、実際のグラフ上で示されている生存割合は、1~4年時ではほとんど一致するので、「打ち切り」の影響はないと考えられます。しかし、5年時では10%以上の乖離がみられるので、このアップデート解析結果では、「打ち切り」例の分布は4~5年と後の方に偏って分布していることが予想されます。


まとめると、エスワン投与群の生存曲線の形を奇妙にさせるような「打ち切り」バイアスは、少なくとも生存曲線の形を「上に凸」にしている1~2年時点では存在しないことがわかりました。

したがって以上より、このエビデンスがインチキだとする近藤氏が掲げる次の二つの理由

  • 指数関数曲線ではないのは人為的操作が働いているから
  • 「上に凸」形になるのは意図的な「打ち切り」バイアスがあるから

これらを裏付ける根拠はこれですべて失ったことになります。

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実際に放置する決心をした方も150人以上いるのですが、全員が受診を続けるわけではなく、初診時に「何かあるまで、もう来ない」と宣言して帰られる方もおられます。全員を追跡調査することも考えましたが、家族に(がんであることを)内緒にしている方も少なくないので、手紙や電話は差し上げられない。とすれば、把握している患者だけについて「何人中何人にこういうことが生じた」と提示するのは不正確です。そこで私の外来患者に関しては、「こういう事例が多かった」とか「数人診ているが、その限りでは一人もいない」というように、抽象化して提示することにします。(『あなたの癌は、がんもどき』2010年 梧桐書院 より)

 

意図的な「打ち切り」によって生存曲線の形が奇妙だからと、多くのエビデンスをインチキと裁くのに、自身の放置させた患者に対しては、まともな追跡調査も行わず、「打ち切り」のオンパレード=患者放置状態 であるわけです。それでよくこのような生存曲線を描けるものです。「打ち切り」への理解が乏しいか、思考が破綻しているのかのどちらかでしょう。

 

次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/11/12
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近藤誠氏の嘘を明かす⑦ -外科医へのルサンチマン 胃がんD2郭清リスク-

ご自身の仮説を検証されたいのであれば、しっかりと医学論文を書いて評価を仰ぐべきです。しかし、論文ひとつ書くわけでもなく、漫画というツールを利用することで、テクニカルな布教活動に余念がありません。『ビッグコミック』(小学館)で連載されているその漫画のタイトルは、『医者を見たら死神と思え』。近藤誠氏が監修を務め、彼の言説が忠実に描かれている問題作です。そして、医者の中でもとりわけ外科医に対する感情的な表現が随所にみられます。

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ヤクザはしろうと衆を殺したり、指を詰めさせたりすることはありません。強盗だって、たいていはお金をとるだけです。しかし医者は、患者を脅してお金を払ってもらった上に、しょっちゅう体を不自由にさせたり、死なせたりする。(『医者に殺されない47の心得』2012年 アスコム より)

 

外科医は本当に「死神」なのでしょうか。

患者さんひとりひとりの状況に応じたリスクとベネフィットというトレードオフをもっとも考えないといけないのが手術です。にもかかわらず、近藤氏の「手術を受けるべきではない」と一言で切って捨てるような姿勢は、おそらくは自身の好き嫌いの「主観」の話であって、治りたいと願う個々の患者さんにとって一般化できる話にはなりえません。近藤氏が執拗に外科医を貶める理由は一体なぜなのでしょうか。それを垣間見る外科医への感情記述があります。

 

ぼくはこのときの外科のやり方に、今でも怒りを覚えている。ぼくを訪ねてきたことがわかっているのに、手術室にむりやり連れ込んで乳房を全摘しようとした。これは犯罪ではないのか。手術に至れば、立派な傷害罪だろう。しかし外科医たちは、手術すれば、どうせ患者は泣き寝入りすると踏んでいたのだ。欧米では、患者に十分な説明をせずに手術して臓器を切除すれば刑法違反である。考えてみれば外科医たちの行為は、詐欺や強盗より悪質である。なぜならば、それらの犯罪で奪うものはお金にすぎないが、患者を欺き脅して奪うものは臓器なのだ。そればかりでなく、後遺症で苦しめ、ときに死に至らしめる(術死)。(『がんより怖いがん治療』2014年 小学館 より )


腹わたが煮えくり返りました。このオトシマエどうつけてくれよう。しかし、僕が望んだのは外科に復讐することではありません。「この野郎!」という思いはもちろんあります。ただそれは、私憤ではなく、公憤でした。(『近藤誠の「女性の医学」』2015年 集英社 より)


慶応義塾大学病院時代に、当時の外科医たちとの間に行き違いや確執がいろいろあったのかもしれません。しかし、上記にみられるような根深いルサンチマンをいまだに抱えている医師が、ある「立場」をとってしまうことで、がん患者さんの幸福のことを何よりも最優先するフェアな思考が本当に働くのか心配になります。

 

さて、治癒が目指せる進行胃がんの場合、がんが存在する層が深くなればなるほど再発するリスクは高まります。

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胃の周囲にある豊富なリンパ流を考慮すると、進行胃がんを治すためには、単純にがん病巣だけを取り除くのではなく、がん細胞がリンパの流れに乗って広がっていくエリアを計算に入れてリンパ節の切除(郭清)を加えることが必要です。かりに近隣エリアのリンパ節にすでに転移していたとしても、郭清を少し広い範囲で行う D2リンパ節郭清 (D2郭清)をすることによって、手術でがんをすべて取り除ける可能性が高まります。

この D2郭清 は、現在、進行した胃がんを治すための標準術式となっています。再発してしまうと後戻りができなくなるために '一発勝負' が求められる胃がん手術において、リンパ節に潜んでいる目に見えないがんまでも取り遺しのないようにするために日本独自で確立されたのがこの術式です。
ところが、この D2郭清 に対する近藤氏のネガティブ・キャンペーンは執拗です。「臓器をごっそり切り刻まれ、術後の後遺症は著しく、早期に死に至らしめる治療」だと繰り返します。

近藤氏は、何がなんでも D2郭清 を悪とみなすために以降に紹介するエビデンスを振りかざしてきます。それは、治癒を目指せる進行胃がん患者を対象に、「D1郭清 vs D2郭清」を比較したオランダと英国で行われたランダム化比較試験のことです。

 

その前に、留意すべき事項があります。手術どうしの優劣を比較したい場合は、それぞれの手術の質が確立されていないとフェアな比較が成りたたないという事です。なぜならば、抗がん剤のような薬物治療どうしを比較する場合は、抗がん剤を専門的に使用するスキルが求められますが、どこの国 (例外として中国はニセモノが多い)、どこの病院においても、薬自体の品質保証は基本的には保たれています。しかし、手術の場合には、外科医によって、病院によって、あるいは国によって、考え方や質が異なる「手技」であるわけです。

例えば、次のような論文報告があります。米国で、手術件数の少ない病院と多い病院とで、同じ胃がんの手術を比較した時に、手術件数の少ない病院のほうが、手術による死亡率が高いという結果でした (Birkmeyer JD, et al. N Engl J Med 2002; 346: 1128-1137)。当然のことながら、手術件数がいくら多い病院内であっても、群馬大学病院第二外科のように執刀医師の個人レベルによっても手術の質は大きく変わってくるわけです。ですから、胃がん手術の「D1郭清 vs D2郭清」を比較する場合には、手技として難しくなる D2郭清 の質がしっかり担保されている状況、言いかえると、比較試験に参加する外科医たちの誰もが、D2郭清 をしっかり行える状況で行われるべきだということです。

 

さて、オランダ試験の最初の結果は1999年に報告され (Bonenkamp JJ, et al. N Engl J Med 1999; 340: 908-914)、その後15年間の長期追跡データも追加報告されました (Songun I, et al. Lancet Oncol 2010; 11: 439-449)。それらエビデンスをふまえたうえで、このオランダ試験を吟味してみます 。

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上図で示されるように、711人の胃がん患者を対象にして行われた「D1郭清 vs D2郭清」は、全生存期間において、グラフでは両群間に若干の差がみられますが、統計学的には差がないという結果でした。すなわち、D2郭清 の生存利益を示すことができなかったということになります。
さらには、安全性の面において、D2郭清 を受けた患者群のほうが、術後の合併症ならびに手術関連死亡リスクが上回るという結果になりました。これが近藤氏の D2郭清 批判の大きな根拠となっているわけです。

しかし、この比較試験の背景をしっかり把握しておかないと、この結果に隠されている事実関係がみえなくなってしまうので説明します。

 

まず、欧米では東アジアと比較して、胃がん自体がマイナーながん疾患として扱われているために、個々の外科医が経験する胃がん手術経験が非常に少ないという事情が背景にあります。それは何を意味するかというと、専門的な胃がん手術に対する技術向上の教育が広く普及されていないために、欧米の外科医は総じてリンパ節を郭清するという意識が乏しいわけです。ただ単純に胃切除をすることに近い D1郭清 が主流であったオランダで、「D1郭清 vs D2郭清」の比較を行うためには、オランダの外科医たちに、しっかりゼロから D2郭清 を学ばせないといけない問題に直面しました。そこで、当時の国立がんセンター中央病院 (現 国立がん研究センター中央病院)外科に所属されていた笹子三津留氏 (現 兵庫医科大学教授) がオランダにあるライデン大学のvan de Velde 氏の招聘により、オランダの外科医たちに日本の D2郭清 の手技指導を行うことになりました。
しかし、いくら D2郭清 手技が教えられたとはいえ、わずか短期間の教育に過ぎず、経験レベルが目に見えて全体的に不足していました。言い換えると、日本の手術を見よう見まねで行った D2郭清 レベルで、このオランダ試験が行われてしまったと言えるでしょう。

案の定、D2郭清 を受けた患者集団のほうに合併症が高頻度に起き、手術関連死亡率について D1郭清 で4%に対して D2郭清 では10%と、日本のそれとは考えられない高い死亡率を示しました。したがって、全生存期間において「D1郭清 vs D2郭清」に差がつかなかった主たる原因はそのためであり、研究グループも謙虚にその事実を受け入れたうえで、以下の結果事実を強調しています。

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比較試験としては「D1郭清 vs D2郭清」で差がなかった生存成績ですが、他の要因で死亡した例を除き、再発して胃がん死するリスクのみを取り上げたデータ図をみると、明らかに D1郭清 よりも D2 郭清 のほうが、胃がん死亡リスクが低いことがわかります。さらに、D2郭清 のほうが局所での再発リスクが低い、つまりは D1郭清 だとがんの取り遺しが多いという結果でした。

しかし、近藤氏はこのような背景にまったく触れることなく、表に出ている数字のみで D2郭清 はダメだと説きます。「臓器とセットでリンパ節もごっそり切除し、後遺症の温床である」「リンパ節郭清をしても生存率を向上させず、転移予防にならない」と。

 

時を同じくして英国でも、切除で治癒を目指せる胃がん患者400人を対象として、「D1郭清 vs D2郭清」のランダム化比較試験が行われました。このエビデンスも、近藤氏はよく引用します。なぜならば、D2郭清 によってバタバタ死ぬという近藤仮説にとっては都合のよい現象を再現しているからす。

 

 

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図が示すように、オランダのランダム化比較試験と同様に、「D1郭清 vs D2郭清」の比較で両群間に差は認められず、むしろ D2郭清 群の生存曲線は D1郭清 群のそれを下回っているという結果でした(Cuschieri A, et al. Br J Cancer 1999; 79: 1522-1530)。安全面においては、手術関連死亡率は D1郭清 で 6.5% に対して D2郭清 では 13% と、オランダよりさらに悪いものとなりました。

しかし、英国の平均的手術レベルが高くないのは世界中で認知されている問題です。そして、オランダの場合とは違って、D2郭清 手技のまともな教育がないままに比較試験が行われ、日本では考えられないほどの多くの重篤な合併症が起きてしまったというのが本当の話です。そして、英国の胃がん手術の生存曲線が、まさに近藤氏の理想とする指数関数的な形 (前々回ブログで説明) に似ています。
日本の胃がん手術の場合、最初の1~2年の死亡発生リスクが低いために手術後の生存曲線は「上に凸」の形になることを後日述べることにして、この時の英国の生存曲線の形について検討してみます。

 

英国で D2郭清 を受けた患者集団のリスク集合(実際の生存数;図下欄に示す数字)をご覧いただくと、最初200人いたのが、1年時で132人、2年時で97人となっています。生存割合は術後1年目で66%、2年目で48.5%です。
ここで冷静にこの結果について考えてみましょう。最初、D2郭清 を200人が受けて、術後わずか1年で132人しか生存していないということは、裏を返すと200人中なんと68人もの患者さんが1年以内に死亡しているということです。さらには、まだ術後2年目にもかかわらず200人中103人も死亡していることもわかります。これは、日本の医療現場では信じ難い高い死亡率です。それだけでは終わりません。なんと D1郭清 のほうも、200人中術後1年以内に58人、2年以内に92人も死亡しています。

この比較試験の対象となったのは決して進行がん患者ばかりではなかったようです。おそらくは早期胃がんも含んだステージⅠのケースが全体で35%も含まれていました。それにもかかわらず、ステージⅠの5年生存率ですらも、わずか64%だったようです。
はっきり申し上げると、当時の英国の胃がん手術レベルは日本とは比べられないほど、とんでもなく劣悪だったといえます。ところが翻ると、近藤氏にとってはまさに打って付けの論文データだということです。

 

さて、話は逸れますが、日本が外から関わったオランダ試験での反省をふまえ、より根治を目指すためにはどうしたらよいのか。次なるは予防的にさらに広く傍大動脈リンパ節までも追加郭清 (D3郭清) したほうがよいのかを検証するために、522人の胃がん患者を対象として「D2郭清 vs D3郭清」のランダム化比較試験が日本だけで行われました。

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結果は、図に示すように、両群の生存曲線がほぼ重なったことから、予防的 D3郭清 の 利益は証明できず、これをもって根治を目指せる進行胃がん手術は D2郭清 が標準術式とみなされたのです(Sasako M, et al. N Engl J Med 2008; 359: 453-462)。
もちろん、生存曲線は英国のように術後1~2年でバタバタ死ぬ現象がない結果、詳細は次回に説明しますが「上に凸」の形を示しています。要するに、英国の生存曲線の形とはまるで違うということです。
良識ある外科医が何でも切り刻みたがっていないことは、こうしたエビデンスを公平に受け入れる科学的姿勢からも明らかです。生存利益を見いだせるのであれば切除が推奨され、そうでなければ無理をして切除すべきでない。それが前回ブログで紹介したEBMの実践です。

 

現実問題として、欧米の胃がん手術は今でもなお途上段階といえます。現行の欧米の治療ガイドラインでは、進行胃がんに対して D2郭清 を標準手術として認めながらも、「トレーニングされた外科医がいて、手術件数が豊富な施設に限定して行われるべき手術である」と記載されています。胃がんに関しては、手術手技の未熟さを自覚してか、そのスキル不足分を抗がん剤や放射線治療で無理矢理カバーしようとしているのが欧米流スタイルであり、日本の高い手術レベルが広く標準化されるのは今後も難しいと思われます。したがって、海外で行われた胃がん手術のエビデンスはほとんど参考にならないというのが本当の話です。
然るに、手術の生存利益をどうしても認めたくない「立場」をとる近藤氏にとっては、これまで説明してきたような背景をフェアに取り上げることは絶対にしません。挙句には、次のような主張もあるくらいです。


臓器転移の存在が明らかでなければ、進行がんでも、もどきの可能性があるのです。また、リンパ節転移が存在しても、臓器転移がなければ、もどきです。(『あなたの癌は、がんもどき』2010年 梧桐書院 より)


そうやって放置を推奨する一方で、胃がん手術がまるで恐怖治療であるかのようにリスクを煽り続けるのですが、実際の日本の胃がん D2郭清 の安全性について、前記のエビデンスによると、重篤な合併症である縫合不全の発生リスクは5.3%、腹腔内膿瘍は5.3%、術後肺炎が4.6%、そして手術関連死亡率は0.8%と、海外のリスクと比べて安全性がしっかり担保されていることが証明されています (Sasako M, et al. N Engl J Med 2008; 359: 453-462)。

 

近藤氏による「手術をすると1~2 年でバタバタ早死にする」という言説。これはエビデンスの裏付け云々の話ではなくて、外科医へのルサンチマンに端を発した '虚偽' ということになります。

 

次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/11/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

近藤誠氏の嘘を明かす⑥ -胃がん手術のエビデンスはない?-

胃がんを手術したら寿命が延びるというエビデンス(証拠となるデータ)は存在していません。近年では、早期胃がんが発見されるようになり、切除手術をされたり、内視鏡で治療されたりするようになりましたが、やはり寿命を延ばすというデータはないままです。統計上、術死者の数は巧妙に隠蔽されてきましたが、がん手術の危険性は外科医らが誰よりもよく知っています。にもかかわらず、19世紀のビルロートの時代から「がんは切る」という思想が変わらないのは、まさしくがん医療が宗教の一種になっているからなのです。(『がん患者よ、近藤誠を疑え』2016年 日本文芸社)

 

近藤誠氏によると、「胃がん手術で寿命が延びるというエビデンスはない」とのことです。では、何と比較しての話なのでしょうか。もちろん、'放置' より寿命が延びることを示したエビデンスはないと仰りたいのだと思います。それに白黒をつけるために、果たして「手術 vs 放置」の比較は実際に可能でしょうか?

 

では話を変えて、比較試験でないとエビデンスとしては認められないという原理主義を皮肉った論文(Smith GC & Pell JP. BMJ 2003; 327:1459-1461)を引用してみます 。

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「パラシュートを装着することで着陸リスクを減らせるか」という命題を検証するために、果たして「パラシュート装着 vs 何も付けない」の比較は可能でしょうか?

近藤氏のロジックに従うと、「パラシュートを装着することで着陸リスクを減らすエビデンスはない」と断じているのに似ています。

 

EBM(エビデンス・ベース・メディシン)とは、
「個々の患者さんの治療について意思決定をする際に、良心的かつ客観的で、思慮深い態度をもって、今ある最良のエビデンスを根拠として医療を提供すること」

と定義されています (Sackett DL, et al. BMJ 1996; 312: 71-72)。

ということは、EBM は決してエビデンスという外部情報の出し入れを目的化した作業ではないということです。あくまで、医師個々に備わったスキルや学問的知識、経験則などが備わっていることが大前提であり、患者さんにとって最善の医療が提供されるために根拠となりうる最良のエビデンスの希求が EBM の本質だといえます。

 

早期胃がんの場合、これまでに手術によって数えきれない患者さんの命が救われ、その利益は '経験則' として十分に証明されています。いくら「手術 vs 放置」の比較を示したエビデンスが存在しなくても、EBM 普及以前より早期胃がん患者さんに手術が施されることによって良好な治療成績が得られている多数のエビデンスが存在します。

その代表例として、当時の国立がん研究センター中央病院で行われた、早期胃がん患者1400 例以上の手術成績があります(笹子三津留 ほか 『胃と腸』第28巻 第3号 1993年) 。他病死を除いた早期胃がん全体の生存率について、5年生存率 98%、10年生存率 96%という結果です。
最近、マスメディアでも大きく取り上げられた全国がんセンター協議会(全がん協)より、全国のがん診療拠点病院で行われた早期胃がんに相当するステージⅠの治療成績がまとめて報告されました。それによると、1999-2002 年に手術を受けた 3706 例の早期胃がん患者の10年相対生存率は 95%という結果でした。

実際の臨床現場でもこれらのデータと等しい結果はしっかりと再現されています。もちろん、近藤言説にしばしば登場するような、手術を受けると「バタバタと合併症で亡くなる」ような現象も現実とは大きく異なります。

 

もし、「手術は放置と比較して延命効果がない」と断言されるのであれば、'放置' で一体どれほどの治癒率が見込めるのでしょうか。放置を推奨されるのであれば、手術で得られている上記の客観的データに匹敵するような数字を示すべきです。

 

一方で、近藤氏は放置することの妥当性を裏付けるデータとして、以下のわずか20数行程度の文で書かれた海外論文を調達してきます。

要約すると、オーストリアで、無治療で観察された早期胃がん患者7名を追跡したところ、約 1~3 年間は変化がなかったというものです。
うち、3人は肺炎や心不全で死亡し、1人は2年2ヵ月で消息不明となっています。残った3人は胃がんと診断されてから、1年~1年6ヵ月は生存していたというだけの内容です。もちろん、その3人の長期生存成績は示されていません(Bodner E, et al.Lancet 1988; 2: 631)。

この論文が、近藤氏にとってではなく、実際の患者さんにとって 「最良のエビデンス」になりうるとは到底思えません。治りたいと願う早期胃がん患者さんすべてに対して、このようなエビデンスを持ち出すことで、'放置' を一般化するふるまいは極めて乱暴です。

'手術' の妥当性を証明するためには比較試験によるエビデンスを要求するのに、'放置' の根拠となるエビデンスは、わずか7例(実際は3例)の症例報告と自身のわずかな体験談というのでは、先に示した EBM の本質をまったく理解されていないのではないでしょうか。

 

しかし、近藤氏は怯みません。かつて『週刊文春』誌上で対論した後、小学館『ビッグコミック』の連載漫画「医者を見たら死神と思え」(原作=よこみぞ邦彦、画=はしもとみつお、監修=近藤誠)の第23・24話(2015年10/25・11/10号)で、漫画の主人公が以下のように反論しています。

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「僕がその論文を持ち出したのは、信頼に足る研究機関の報告だからだ。古いから当てにならないと言ったら、全ての医療分野の治療根拠がなくなるし……7例あれば立派な反証になる。むしろ反証は1つでもいいくらいだ」と。この漫画の主人公は、監修をしている近藤氏をモチーフとして描かれています。フィクションであることを利用して近藤理論を忠実に表現している問題漫画ですが、なぜか実在の「近藤誠」医師が突然出てくる場面もあります。そして、次のようなコメントを発します。「今年7月、ある週刊誌でかねてから私を批判してきた医者との対談企画が実現しました。その医者はまだ若いせいか、いささか勉強不足でした」と。

 

早期胃がん患者を長期間放置させると、どのような転帰になるのでしょうか。それを示した大阪府立成人病センターからの報告があるので紹介しておきます (Tsukuma H, et al. Gut 2000; 47: 618-621)。

要約すると、早期胃がん患者56人が何らかの理由で放置を選んだケースにおいて、36人(64%) が進行胃がんへと移り、早期胃がんのまま維持できた期間が中央値(注:数字データを小さい順に並べた時に、中央に位置する値)で3年8ヵ月、13人 (37%) は5年以内に進行したという論文です。
どのような早期胃がん患者が研究対象として抽出されたのかという選択バイアスが生じるのを筆者は認めたうえで、それでも時間経過によって早期胃がんを放置すると進行胃がんに移り変わっていくリスクを明確に報告しています。

また、近藤氏が引用するオーストリアの論文には、患者の生存期間についてのデータは一切示されていませんが、この論文の中には、最初は放置を選択したものの、あとで遅れて手術を受け入れた患者群と、手術拒否を貫いた患者群の生存比較が示されています。

 

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結果は、遅れたとしても手術の介入のある患者群の方が、生存期間中央値で 129か月 vs 75 か月と明らかに上回り、この観察研究では放置し続けることの「生命リスク」がデータとして明確に示されています。しかし、近藤氏はこの論文結果についてフェアに吟味しようとはしません。

 

以上より、早期胃がんの話だけをみても、エビデンス収集や解釈の仕方にフェアな一貫性がみられません。先のオーストリア論文のような質の低いエビデンスを持ち出してくるように、個人の主観のみでそのエビデンスの善し悪し (好き嫌い) が判断されてしまいます。

一般向けにはいくらセンセーショナルに映ったとしても、そのために都合よくつくられた仮説は、公で耐えうる論理ではない ので、医師同士の理知的な議論も不可能にしてしまうわけです。

 

次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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  • メディア: 単行本(ソフトカバー)