大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、あくまでも個人的な「つぶやき」ブログ

「思考停止」になることなかれ

はじめして。「がん」治療を専門にしている外科医・腫瘍内科医の 大場 大 (おおば まさる) と申します。このブログは、臨床現場でのやりとりや出版物とは一線を画した、自由で気ままな「つぶやき」表現の場として利用させていただこうかと思っています。あくまでも、個人的なオピニオンにしか過ぎませんので、そのあたりはご了承くださいませ。

 

さて、先日、拙著『東大病院を辞めたから言える「がん」の話』(PHP新書) を上梓いたしました。前著『がんとの賢い闘い方 「近藤誠理論」徹底批判』(新潮新書) から、わずか2か月足らずでの出版となります。

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東大病院を辞めたから言える「がん」の話 (PHP新書)

短期間での大変な作業ではありましたが、本書で読者にもっとも伝えたかったメッセージは、本記事見出しタイトルにもありますように  "「思考停止」になることなかれ "  です。

 

個人の政治的な信条や、信仰心についてとやかく言う気は毛頭ありません。相対的に右でも左でも、角度を持つことは自由なことでしょう。しかし、物事について真っ直ぐに考えることを放棄することは、「無知」を生み出します。「無知」だと厄介なのは、「観念」や「思想」のようなものが幅を利かせてしまうということです。

 

例えば、最近のデモ行進でみられている "安全保障関連法案=戦争法案" と身勝手に定義して、ヒステリックに発狂している人たちをみると、なんだか心配になります。彼ら、彼女らの中に、「日本国憲法」をしっかりお読みになったうえで、国家の安全保障について理性的に議論できる方が一体どれほどいるのでしょうか。好き or 嫌い だけの感情論、Yes or No だけの二元論的な結論付けになってはいないでしょうか。

一方で、憲法違反ばかりを強調する憲法学者と呼ばれる方たちも、じゃあ「現憲法で国家を護れるのか?」という何よりも大切な「問い」がなぜ立たないのでしょう。

ソクラテスの「無知の知」ならばよいのですが、無知であることを知らない、いや知ろうとしないイデオロギーは厄介と言えます。

 

そんな話と同様に、昨今の著名人の「がん」報道についても、様々な情報が入り乱れ、平然とおかしなことを言っても恥じない医師がなんとこの国には多いことか。そんな彼らから発信される「わかりやすくてセンセーショナル」なエセ医学に容易に引っ張られてしまう人たちが後を絶ちません。不慣れや未知であったとしても、「がん」は人生を一変させる病気だからこそ、健全なリテラシーを個々で身につけて欲しいと心より願うばかりです。