大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、あくまでも個人的な「つぶやき」ブログ

フワフワした抽象論ばかり

前ブログで取り上げました、著名人の「がん」報道について思うところを、いくつか取り上げていきます。

いくらネット社会と謳われている今日であっても、テレビメディアの影響は非常に大きいままだといえます。あるいは、ベストセラーのような出版物も、同様に影響力を持ち得るメディア媒体といえるでしょう。しかし、「がん」がテーマになると、その情報内容の真偽や信憑性が検証されることは通常ありません。いくらインチキであっても、不慣れや未知、不安や心配という特殊な状態であればあるほど、容易に強固な錨 (いかり) を降ろしてしまいます。

 

様々な情報と対峙したときに、ある程度は各々で「前提」というものを築いているでしょうから、それに照らし合わせながらの情報選択や、解釈や理解を深めるためのアプローチ (リテラシー) ができているはずです。しかし、テーマが「がん」になると、一体どれほどの「前提」が備わっているでしょうか。身近にあるメディアから発せられた「わかりやすくてセンセーショナル」な医学情報が「前提」となってしまうと誤った意思決定をしてしまうリスクが非常に高くなってしまいます。なぜならば、「わかりやすくてセンセーショナル」なほどエセ医学である確率が高いからです。

 

最近、ニュースキャスター 黒木奈々さんの「胃がん」、女優 川島なお美さんの「肝内胆管がん」による訃報が重なり、ミュージシャン つんくさんの「喉頭がん」やタレント 北斗晶さんの「乳がん」との闘病記など、集中的に「がん」報道が各メディアから流れてきます。これら著名人への注目度が高いことをよいことに、それをビジネスと捉え様々な問題を抱えた「近藤誠氏」による記事が「文藝春秋 (十一月号)」で掲載されました。

 

出版社としては、医学的な真偽や教育などどうでもよく、売れさえすればよいのでしょう。このような記事を、知性をリードするべき出版社が平然と世に放っても恥じない出版モラルは一体どうなっているのでしょうか。医学的に何が問題であるのかについては機会があれば後を追って言及したいと思います。

 

さて、その川島なお美さんについてのメディア報道の中には、「抗がん剤を拒否」したことがまるで美談であるかのように伝えているものがありました。要するに、抗がん剤を「悪」と裁き、その「悪」を選択しなかったことがある種の正解に繋がったという解釈になってしまうのはマズイなあと思います。

メディア報道のクセとして、「がん」とは?「手術」とは?「抗がん剤」とは?のように、大きな枠組みで、フワフワと概念のみで議論されていることがあります。上記の著名人が罹った「がん」も、「何のがん」で「どのような状況」だったのか?そして、「どのような目標」を設定し、それを目指した時に「どんな治療」が適切なのか?を、すべて各論で話をしなくてはいけません。

川島さんの罹った「肝内胆管がん」という病気について、「どのような状況で診断され、何を目指すための治療だったのか?」

当然「治癒」を目標に置いた場合は、何よりも「手術」という治療が大きな重みをもちます。診断されてからどのタイミングで、どのような質の手術が行われたのか?そこの具体的な議論がごまかされてはいけません。

 

また、一言で「抗がん剤」とはいっても、「肝内胆管がん」に対する抗がん剤はどのようなものがあるのか?乳がんや大腸がんとは違って、選択オプションが三つほどしかなく、また皆に等しく効果が期待できる、と言い切れるわけでもないため、再発形式や全身の状況次第では無理に抗がん剤治療が薦められない場合もあるかと思います。 無念にも手術の後に再発してしまい、病気が原因で時間と共に消耗してしまった時期 (悪液質) のみを切り取って、「激痩せ」ばかりを強調しながら「手術」「抗がん剤」とは云々をフワフワと議論するのではなく(痩せとの因果はない)、また、近藤氏の常套手段ように、お亡くなりになってから声を大にするのではなく、病気が診断されてから誤った情報に引っ張られたことで、最初の段階で治るチャンスを逸してしまったことはなかったのでしょうか。

 

 一方で、最初に川島さんに関わった医師と彼女との間でどのようなコミュニケーションが交わされていたのでしょうか。耳に入ってくる情報では、決して良好な信頼関係が築けていたようには感じられません。病気について、治療について、「前提」が十分に備わっていない彼女が本当に理解し納得するまで、真摯で丁寧な説明がされていたのでしょうか。そして、リンパ節転移を起こしやすい「肝内胆管がん」に対して、適切とは言えない腹腔鏡で行った手術はどのようなレベルのものであったのか?

様々な各論抜きで、なんとなくエモーショナルに彼女の「がん」が論じられているような気がしてなりません。