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大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、あくまでも個人的な「つぶやき」ブログ

ある東大医師の不十分な論理構造 -前編-

川島なお美さんのご病気について詳細に触れることで、

「尊い命が帰ってくるわけではないから、無意味な議論だ」

「単なる水掛け論に過ぎない」

というコメントをいただきました。確かに、そのような側面もあるかもしれません。しかし、エモーショナルに「なんとなく論」に落とし込むと、その後には何のフィードバックも生まれません。ひとつひとつの反省や検証を積み重ねてきたことで、今の医療は成り立っているからです。

 

そのようなコメントを強調する人ほど、どこかで「他人事」になってはいないでしょうか。思考を停滞させてはいないでしょうか。

川島なお美さんのエピソードをふまえて、このブログで訴えたいことは、今後「がん」という病気が自身の現実 (リアル) として訪れた時に、正しいベクトルで自身の「がん」のこと、自身の「人生」のことを、面倒くさがらずに考えて欲しいという願いがあるからです。

 

前々回のブログで取り上げました、豊富な肝臓のリンパ流の一部 (①肝十二指腸間膜リンパ流、②胃小彎リンパ流) の解剖詳細図を示します。これらの解剖をしっかり理解したうえでないと、「肝内胆管がん」を治す手術は成り立ちません。当然、病気本体をラジオ波でただ焼いたらよいというオピニオンは、医学的な誤りなわけです。それでも、焼いても「いいんじゃない」という主観・嗜好は、「思考停止」以外のなにものでもありません。

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 (リンパ系局所解剖カラーアトラス ♦癌手術の解剖学的基盤♦佐藤達夫 編集 南江堂 より引用)

そして、川島さんがどちらの病院で手術を受けられたのかは知りませんが、この病気に対する手術を腹腔鏡で行うのは実際のところ不適切といえるでしょう。胃がんや大腸がんで実施されている腹腔鏡手術とはまったく別枠のものであり、完全に分けて考える必要があります。なぜならば、難易度の差もさることながら、手術操作のパターンが存在しないからです。

 

肝臓という臓器を直接手で触れながら、解剖を3次元 (3D) として扱うことで、個々の「がん」について取り残しのない手術を目指すことが可能になります。そして、前図で示したような豊富なリンパ流の解剖を意識しながらのリンパ節郭清操作は、開腹した方がより確実です。また、腹腔鏡で行う手術が、開腹をして行う手術の質 (quality) と同等レベルだとする根拠はどこにも存在していません。創部 (キズ) が小さくて済むというマイナーな目標のみで、「生存利益」が何ひとつ担保されていない腹腔鏡手術が選択されるのは倫理的にマズイのではないでしょうか。メジャーな目標は必ず「治癒」であるべきです。

 

また、川島さんの病気が発見された当初に、適切なタイミングで適切な手術を受けていれば、治癒できたかもしれないという問題提起について、最近、日本から「肝内胆管がん」の手術成績をまとめた良質な論文がトップジャーナル誌 ‘Cancer’ で報告されましたので紹介します。著者は東大病院の阪本良弘先生です。

おそらくは、この病気の肝臓手術に関して、日本のみならず世界のトップレベルであることは間違いない、東大病院肝胆膵外科 (國土典宏 教授) や日大病院消化器外科 (高山 忠利 教授) の症例も含まれているデータが論文でオープンにされました (Yoshihiro Sakamoto, et al. Cancer 2015 Epub)。

 

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この論文で提唱されている「転移のない肝内胆管がん」の扱いとして、重要な予後予測パラメータは、①個数は 1 個かどうか、②サイズは 2cm をカットオフ値として大きいかどうか、③血管 (動脈、門脈)・胆管への浸潤があるかどうか、という「問い」です。

川島さんの「肝内胆管がん」は、文藝春秋記事の文面からは、③の情報がありませんが、①②はおそらく満たしていますので、少なくとも「T2」という分類に当てはまります。③のパラメータが無ければ「T1」であった可能性もあるわけです。以下、手術成績を示します。

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 前々回のブログでも示した、ジョンズ・ホプキンス大学 (米国) からの報告と比較しても再現性は失っていません。また、発見当初、もし「T1」という診断であったとしたならば、手術によって5年生存率は「100%」だということになります。

しかし、メディアからは、手術を受けた当時は5年生存率は「50%」と報道されていました。これは、おそらく5か月間の放置により、悪くても「T2」までにとどまっていたものが、急速に「T3」以上にまで悪化してしまったという事実を示しているような気がします。

だからこそ、近藤誠氏の間違いだらけのセカンドオピニオンを受けたこと、主治医からの丁寧な説明がなかったことが悔やまれるわけです。

 

これら医学的な「各論」が存在しているにもかかわらず、とてもおかしな事を仰る医師がいます。川島さんのご病気について、彼女が選んだ「がん治療」は間違っていなかった、という記事を寄稿された上昌弘氏です。

http://ironna.jp/article/2299

東京大学医科学研究所に勤務されている東大医学部出身の元血液内科医で、多くの肩書を有し、メディアでも頻繁に登場されている大変ご高名な先生です。

そんな彼の川島さん記事に目を通しますと、随所に根拠の乏しい「不十分な論理構造」がみてとれます。メディア力の大きな医師が、このような表現を平然とされるのでは、一般のリテラシーが育まれることは絶望的でしょう。次回のブログで、その不十分さについて具体的に述べてみることにします。