読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、あくまでも個人的な「つぶやき」ブログ

ある東大医師の不十分な論理構造 -後編-

後編となります。

(上氏) 私は、彼女の受けた治療は合理的だったと思う。彼女が自分で考え、自分で選択した、彼女らしい闘病だったのではなかろうか。

非常に耳障りのよい発言にみえますが、一体どこを向いて、誰に賛同を求めておられるのでしょうか。「合理的」とは後付けの主観的解釈であり、治りたいと前向きに願う患者さんにとって、建設的なメッセージになるとは思えません。

以下、多くの問題点を具体的に指摘していきます。

 

(上氏) 折角、検診を受けたのに、治癒が難しい癌が見つかってしまった。彼女にとっては「死刑宣告」に近かったかもしれない。がん検診は、時に「藪蛇」になる。

 上先生、ちょっと待ってください。川島さんが任意で受けていた人間ドックで偶然に発見された、

<無症状で2cmサイズ>

で発見されるような肝内胆管がんは本当に稀であり、治癒を目指せていた可能性は非常に高かったと言えます。

それを、治癒が難しいと決めつけたうえで、論点がいきなり飛躍して、

(上氏) がん検診のこのような陰の側面についても、十分に認識しなければならない。

と結論づけるのは、川島さんのケースに潜む多くの問題を議論するうえで本質から完全にずれてしまっています。

そして、

(上氏) 治癒の期待が低いのに、手術の侵襲に苦しんだ

治癒の期待が本当に低かったのかどうかは、これまでのブログ記事をご参照していただきたいのですが、「侵襲に苦しんだ」とは、一体どのような事実に基づかれているのでしょうか。

彼女の「激痩せ」報道の真相は、再発したがんの進行による「悪液質」状態が原因であり、手術との因果関係どころか相関すらないはずです。そして、抽象的に侵襲 (ストレス) とは言いますが、具体的に何を指しておられるのでしょうか。

 

 (上氏) 胆管がん患者の一部は長期生存する。ごく稀に治癒する患者もいる。

一部?ごく稀?しっかりと数字で示すべきだと思います。

また、長尾和宏氏をはじめとするメディア力の大きな医師たちが口を揃えて、「胆管がん=予後不良」と決めつけてコメントされています。

しかし、「胆管がん」と一言でいっても、「肝内胆管がん」「肝門部胆管がん」「(遠位) 胆管がん」に大きく区別をして考えなければいけません。また、がん本体の状況、リンパ節転移の状況、遠隔転移の状況、根治手術できる/できない によって、その予後はすべて変わってきます。すべての「胆管がん」をひっくるめて「予後不良」という表現の中には「各論」がすべて無視されていると言えるでしょう。

 

f:id:masaruoba:20151114183435j:plain

例えば、「料理は美味しい」と言われて、賢明な方ならば「えっ?」と思われるはずです。なぜならば、漠然と料理という抽象で語っているからです。そこで、まずは例えば和食、中華、フレンチ、イタリアンというように、大きな枠組み (フレーム) を作って具体的に考えようとするはずです。さらに、一言で和食とはいっても、鮨なのか、割烹料理なのか、あるいは焼鳥なのか、などといったさらに具体的な枠組み (フレーム) が必要になってきます。そのような作業を繰り返すことで、より具体的な「各論」に迫っていこうとするはずです。

そう考えますと、

「胆管がん=予後不良」

を前提として議論されている医師たちはみな、抽象的にフワフワと語っているだけということになります。まさに「料理は美味しいよね」「うん、そうだよね」という具合です。

以下、「胆管がん」という疾患を考えるうえで、最低限必要となる診断ストラクチャーを示します。

 

f:id:masaruoba:20151113154502j:plain

 

明確にしておくべき事実はこうです。

<転移のない2cm以下の肝内胆管がん=予後良好>

 

(上氏) 術式として、開腹手術と腹腔鏡手術がある。効果に大きな差はないが、前者の方が侵襲は大きく、皮膚に手術痕が残る。一方、後者は、侵襲は少ないが、一定の確率で事故を起こす。

 (上氏) 両者はリスクとベネフィットがトレード・オフの関係にある。最終的には患者が自ら決めるしかない

これまでのブログでも示してきたように、術式についても「各論」で議論することが必要です。「肝内胆管がん」を対象とした時に、

「開腹手術と腹腔鏡手術の間に、効果 (ベネフィット) について大きな差はない」

そのような根拠はどこにもないはずです。効果 (ベネフィット) の担保がなければ、腹腔鏡手術と開腹手術を同等に扱ってはいけないのです。そのあたりの詳細を知らされないで、何も知らない患者さんは最善の選択が果たしてできるのでしょうか。

 (上氏) 彼女は腹腔鏡手術を選択した。これは彼女が女優だったからだろう。体にメスを入れるのは最小限にしたかったのだろう。そう考えれば、彼女が多少のリスクを冒してでも腹腔鏡を選択したのは合理的だ。主治医も、その意向を尊重したのだろう。

具体性を省いて「合理的な選択」と述べるのはいかがなものでしょう。この件に関しては、長尾氏も同様な意見をされているようです。

川島さんは、がんを「是が非でも治したい」と願っていたからこそ手術を受けられたはずです。その目標を差し置いてまで、キズがより小さくて済む、退院が早まる、という短期的なマイナー目標を優先させるようなことはあるでしょうか。

「がんの治癒」という何よりも優先されるべき最重要なメジャー目標が担保されていない腹腔鏡手術を許容してしまったのは、主治医の説明責任に問題があったとしか思えません。

 

 (上氏) さらに、彼女が合理的だったのが、再発してからの対応だ。一部の方は民間療法に走ったことを批判するが、私はその意見に与さない。

 (上氏) ごく一部の患者で抗がん剤が効くことがあるが、基本的には無効だ。私が患者なら、緩和医療の一環としての放射線治療は兎も角、抗がん剤治療は受けたくない。

 (上氏) ビタミンCや電磁波には「副作用」はない。勿論、効果も期待できないが、精神的な救いを求め、民間療法を受ける人がいても不思議ではない。このような行為を「エビデンスがない」と言って批判するのも大人げない。

ご自身の主観はともかくとして、「胆管がん」に対する抗がん剤治療は基本的に無効ではなく、状況によっては推奨されないこともあるし、効果が患者さんにとって等しく実感できない場合もあるということです。

今現在、胆管がんの治療のために抗がん剤治療を一生懸命頑張っている患者さんたちは、これらの発言を聞くと不安になるはずです。

以下に各論を示します。実際に引き出しは少ないとはいえ、エビデンス・ベースの数字をあえて示すと、病気と上手に共存できる寿命期間は、GEM (ジェムシタビン) のみで中央値8ヶ月、それにCDDP (シスプラチン) を加えた併用療法によって約12ヶ月、S-1 (エスワン) との併用療法では12.5ヶ月というものがあります。

川島さんの再発形式に対して、これらの治療成績が当てはまったのかどうかは別として、上氏の言う「基本的に無効」だと言い切るのは、近藤氏のいう「抗がん剤を受けると致命的な毒性によって、余命ははるかに短くなっていた可能性」(『文藝春秋』記事より) を支持しているように取られても仕方ありません。

はっきりと申し上げておきたいのは、副作用を強調して抗がん剤を「悪」と裁くことで、治療を受けないことを推奨するニュアンスは間違っているということです。

今年の7月に無念にも再発してしまい、10月にお亡くなりになるまでの約3か月間という短い人生は、女優としての高潔な精神力で駆け抜けられたのだと思います。

一方で、見方を変えますと、もし抗がん剤を受けたとして効果がみられていたならば、約3か月間が、舞台に立ちながら約1年近くまで頑張れたという可能性も、ひょっとしたらあったかもしれません。川島さんに、これらの情報が漏れなく丁寧に説明されたうえで、それでも抗がん剤は受けたくないという意思を示されたのであれば尊重されるべきです。

 

ビタミンCや電磁波のような民間療法を批判することに対する「大人げない」発言に関して、いくら表現の自由があるとはいえ、本来、正しい医学教育を啓蒙するべきお立場にいるはずの医師の発言としては、なんだか残念であるとしか言いようがありません。

 

臨床現場から離れられて久しいのかもしれませんが、過去には白血病やリンパ腫を患った患者さんたちを治してあげたいと、一生懸命努力されていたかと思います。しかし、この記事を読む限りにおいては、がん患者さんを目の前にしたときの前向きな論理や信念が何も伝わってきません。

一般に対するがんリテラシー向上のためにも、メディア力のある医師だからこそ、ご自身のプロフェッショナリズムの範囲で本分をまっとうするべきでしょう。不慣れな領域にまで「各論」抜きで自己流で言及してしまいますと、客観性を欠いた内容であってもご自身は気づかないままになってしまいます。

下記を示して、本日のブログを〆たいと思います。

「医師が医学的知識を公衆に対し伝達し説明する際には、まず学問的に十分な根拠をもった代表的意見を提供するように努めるべき」(医師の職業倫理指針より引用)