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大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、あくまでも個人的な「つぶやき」ブログ

「がん治療の95%は間違い」の嘘 -川島なお美さんのメッセージから学ぶこと-

故 川島なお美さんの件で問題にされている近藤誠氏について、川島さんの闘病手記『カーテンコール』(新潮社) の序章で、以下のように叙述されています。

 

それからもうひとつ。

様々な著書で有名なM(近藤)先生の存在です。

先生の本でためになったこともたくさんあります。即手術しなかったのも、抗がん剤や放射線治療に見向きもしなかったのも先生の影響かもしれません。

でも、がんは放置さえすれば本当にいいのでしょうか?

何もしないことが最良の選択なのでしょうか?

検診にも行かない。がんを発見することも無駄。知らぬが花だ・・・・。

私はそうは思いません。

がんかもしれないと診断されることで、人生真っ暗になってしまったとしても、
それは一瞬のこと。

目からウロコの「気づき」をたくさんもらえて、かえって健康的でいきいきした人生に変わることだってある。それは、自分の病への向き合い方次第なんです。

ただただ放置し、あきらめて天命をまつのが一番賢く穏やかな生き方という理論。経験者としてはそれがすべて正しいとは思えません。

がんと診断されたら放置するのではなく、その対処いかんでより健全で、充実した生き方が待っている。それは、私ががんになってみて初めてわかったことなのです。

がんと診断された皆さん、決して「放置」などしないでください。まだやるべきことは残っています 。

 

川島なお美さんに強い影響を与えていた近藤氏の最新刊が、幻冬舎新書より出版されました。この出版社特有のPR活動も相まって、かなり売れているようですが、内容は相も変わらず主観やイデオロギーの連打を繰り返しているだけの危ない内容となっています。

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このようなトンデモ本が世に放たれることで、川島さんと同様に多くの読者、患者を惑わすことが予想されます。内容の具体的な誤りについて、いつか機会があれば、あらためて言及したいと思いますが、近藤氏の思考の破綻ぶりについては、これまで拙著でもさんざん指摘してきました。

がんとの賢い闘い方 「近藤誠理論」徹底批判 (新潮新書)

東大病院を辞めたから言える「がん」の話 (PHP新書)

 

今回、本書にみられる以下の三つの問題点について部分的に触れてみたいと思います。

  1. 患者がどうなったのかの転帰については触れない
  2. リスクを煽る時は、数字を一切示さない
  3. 数字やデータの調達に恣意やバイアスがある

 

・患者がどうなったのかの転帰については触れない

川島さんに対してもそうであったように、要するに、一方的にオピニオンは言い放つものの、患者さんの転帰については無頓着だということです。理屈に理屈を重ねて、自己満足しているようにしかみえません。

患者さんたちの多くは、一生懸命努力をして治りたいのであり、治療を避けることで一時のラクをして早くには死なないを希望しているわけではありません。治らないがんだとしても、ほとんどの患者さんは、自分らしく一日でも長く生きたいのです。愛する家族とできる限り多くの有意義な時間を過ごしたいのです。それらを手助けするための前向きな行動が、いまあるがん治療の理性的な姿と言えます。

私的な観念や思想を押し付けながら、その後については「患者の自己判断」というのでは冷た過ぎます。そして不思議なのは、本書で登場する患者の誰一人として、近藤氏の言った通りにすることで、「治った」「良くなった」「幸せだった」という評価が存在していないということです。川島さんも、彼の言論を信じてしまったことで「後悔の念」しかなかったようにみえます。

 

・リスクや恐怖を煽る時は、なぜか数字を一切示さない

以下のような恐怖記述が本書の中では山のように登場してきます。一部のみを取り上げてみますと、

  • 手術を受けた直後にバタバタと亡くなり、その後も続々と死んでいく
  • 胃の全摘術になり、術死(= 手術で死ぬこと)も少なくなく、家に帰れても後遺症で亡くなることも少なくない
  • メスを入れたところにがん細胞が集まって、爆発的に増殖し、手術によって転移が広がるケースが多い
  • 元気だったのに抗がん剤治療を始めた途端に急死する患者も少なくない
  • 初回の抗がん剤治療で亡くなるケースもあり、打てば打つほど寿命が縮まるほど毒性が強い

そこまで仰るのであれば、それらの根拠をすべて明確にするべきです。具体的にどのような治療を受け、何人の患者さんのうちのどれくらいの割合でそのような出来事が起きるのかをきちんと数字で示すべきです。主観のみで、誇大に恐怖を煽るような印象操作はとても乱暴だといえるでしょう。

 

・数字やデータの調達に恣意やバイアスがある。

近藤氏が称するエビデンス (根拠) とは一体何なのでしょうか?

例えば、理由はわかりませんが、下図に示すように、あえて30~34歳に限定(?)した子宮頸がんの (人口10万対) 罹患数と死亡者数の乖離データを切り取ってきて、子宮頸がん検診は受けるべきでない、放置がよいと強調します。

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なぜならば、30~34歳の女性では、2011年の子宮頸がん罹患率が25年前と比べて7倍も増えているのに死亡率は変わっていないからだそうです。

この主張は、ビッグコミックで連載中の問題漫画『医者を見たら死神と思え』(小学館) でも強調されているわけですが、このグラフの中に含まれている、死亡されたひとりひとりの患者さんに思いを寄せるような誠実な臨床的判断ではなく、すべてマクロな数字のみで理屈化しています。

このグラフ集団すべてが検診で発見されたがんのデータではありません。また、がんが発見されたあとに放置されたデータでもありません。これまでの検診の受診率はわずか20〜30%前後に過ぎず、また治療の介入が前提にあるこのデータだけを見て検診の是非を問う議論はナンセンスでしょう。

 

子宮頸がんによる死亡者数は、1985年時で1,762人/年、2014年時で2,902人/年と、25年前と比べて年間で1,000人以上も増えています。

一方で、近藤氏が切り取ったてきた30~34歳 の増え続けている子宮頸がん罹患数とは「上皮内がん+浸潤がん」の足し算であり、死亡リスクに直結していない上皮内がんがその多くを占めているわけです。

30~34歳で発見された早期のがんが、もし放置され、それが死亡リスクのある進行(浸潤)がんに至るまでには10~30年以上のタイムラグがあるわけです。したがって、同じ時点での罹患数と死亡数の乖離を議論してもまったく意味をもたず、30〜34歳に相当する女性が上皮内がんと診断された場合、適切な治療を受けずに10〜30年以上放置されることで浸潤がんに移行するリスクまでも加味された、「時系列」での議論が必要となってくるはずです。

翻ると、子宮頸がんの罹患数がいくら増えようとも、産婦人科医による適切な治療の介入によって死亡リスクが抑えられているという見方もできるでしょう。

 

普段から、日本の医師は不勉強だ、無知だ、野蛮だ、と言うわりには、都合のよいデータがあれば、上記のような日本の医師による治療介入データであっても平然と利用します。

エビデンス (根拠) を語るときに、ランダム化比較試験の海外論文データにこだわるのかと思えば、持論に合うデータであれば、超ミクロな症例報告レベルの日本語論文でも、100年前のデータであっても根拠としてしまいます。もはやエビデンスの質や時代背景などお構いなく、どこからともなく都合のよいデータを調達してくるのです。

一方で、持論にとって都合の悪い論文データはフェアに取り上げようとはしません。それらについて言及しなくてはいけないときは、インチキ呼ばわりしたり、陰謀説を持ち出したりして、データは信用に値しないと切り捨てます。それらの判断はすべて近藤氏の主観で裁かれます。

 

本書のあとがきには、こう記されています。

「僕はがんに関するケースのほぼすべてで、新たに下調べをすることなく、相談に応えることができます。これは、おそらく世界でも唯1人でしょう。」

まるで自分がヒエラルキーの頂点に立っていると勝手な幻想を抱いているようにしかみえません。

近藤氏による情報のアウトプットのほとんどが「放置」で、時々「ラジオ波」「放射線」くらいですから、個別の下調べは必要ないのかもしれません。しかし、患者さんにとっては本当に納得できるものなのでしょうか。例えば川島さんの場合、15分ほどのセカンドオピニオン代が3万1,500円であったことに対して「お高い!!」と言われています。

賢明な読者にぜひ理解していただきたいのは、がん医療とは、決して医学論文のデータ出し入れ作業ではありません。要するに、実践抜きの知識や理屈のみで成り立つものではないということです。

 

最後に、根本的な大きな問題提起として、この国ではなぜ近藤氏のような危険な思想家が、いつまでも影響力をもった医師として居座り続けることが可能なのでしょうか。なぜ、責任ある出版メディアは、個人の主観に過ぎない仮説レベルの話を垂れ流し続けるのでしょうか。海外であれば、医師資格を即刻剥奪されるだけではなく、「医の倫理」に反する言動は法のもとで裁かれて然るべきです。

川島さんの命を賭した切実な心の叫びを聞いて、彼は一体何を思うのでしょうか。ちなみに、文藝春秋 (十一月号) 記事にみられるように、もはや声を挙げることができない亡くなられた患者さんは、近藤氏にとっては「人」ではないようです。

 

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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脱・近藤誠理論のがん思考力

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