大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、個人的な「つぶやき」ブログ

がんの自然治癒について -ケリー・ターナー本の虚-

書店のがんコーナーには、正当な医学書が置いてあるコーナーとは別扱いで、相も変わらずがんの自然治癒を謳った「奇跡 (ミラクル) が起きる」系のさまざまな本が並んでいます。はたまた巷のクリニックの中には、自称名医を名乗り、「食事療法でがんが消える」と言い切ってしまうような胡散臭さ満点の民間療法を展開している 'がんビジネス' も目立ちます。

日本にはエセ医学に対する法的規制がないために専門性がなくても誰もが参入可能な商法となってしまいやすいのでしょう。一方で、藁にもすがりたい思いから、身近な how-to (ハウツー) で最大の効果を得たいと期待する患者さんの心理も理解できないものではありません。

 

そのような状況で、「がんの自然治癒系」本として最近ひときわ評判になっているのが、『がんが自然に治る生き方 』(ケリー・ターナー著, 長田美穂訳; 2014年 プレジデント社) でしょう。

がんが自然に治る生き方――余命宣告から「劇的な寛解」に至った人たちが実践している9つのこと

米アマゾンのがん・ヒーリング部門で1位となり、「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラーにもランクインした書籍です。その日本語訳版も、発売元であるプレジデント社のPRも相まって、国内でもベストセラーとなっているようです。

 

先日、私のもとに相談に来られた患者さんのご家族の話を聞くと、もう手遅れの末期のがんだから、ということで医師である知人からまさにこの本を紹介され、実践を勧められたとのことでした。その前に、CT検査のみで膵臓がんの末期と診断されたようなので、その検査結果を確認してみたところ、私の目にはどこにもがん病変は映っていませんでした。要するに、がんであるのかどうかもわからない患者さんに対して、末期がんと勝手に診断し、民間療法に誘い込むための手口だったのです。

 

さて、この本の帯にはこう付されています。

《 全米で大反響!》医師たちが見向きもせず放置していた1000件を超える進行がんの劇的な寛解事例の分析と100人以上のインタビューから明らかになった奇跡のような自己治癒力を引き出す9つの実践項目とは?

その9つの教えとは、以下のごとくです。

  1. 抜本的に食事を変える
  2. 治療法は自分で決める
  3. 直観に従う
  4. ハーブとサプリメントの力を借りる
  5. 抑圧された感情を解き放つ
  6. より前向きに生きる
  7. 周囲の人の支えを受け入れる
  8. 自分の魂と深くつながる
  9. 「どうしても生きたい理由」を持つ

この本の筆者であるケリー・ターナー氏のプロフィール欄には「腫瘍内科学」領域の研究者と記されています。ここで、おやっ?と思いました。本の文面を順番に辿っていくと、彼女は医師ではありません。大学卒業後にニューヨークにあるがん専門病院の小児病棟で子供たちと一緒に遊ぶボランティア活動を数週間経験したのちにカリフォルニア大学バークレー校の修士課程に進んで専攻したのが「腫瘍社会福祉学」だったようです。それは、がん患者さんへのカウンセリングを主とした学問です。またハーバード大学で学士号を取得したとされていますが、医学に通じた学問を修めていたわけでもありません。

そこで原本のプロフィール欄を確認してみますと、「integrative oncology」領域の研究者と記述されています。それは、いわゆる民間療法を指し示す単語であり、これを重要な内科学分野である「腫瘍内科」と訳すのは大きな誤りです。ちなみに「medical oncology」が腫瘍内科と訳すべき単語です。

わずかここまでの時点ですでに、出版社や翻訳者による多大な印象操作が働いている匂いがします。「腫瘍内科」という専門タームを使用して学問的な信頼を与え、「ハーバード」「米アマゾン1位」「ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー」などなど日本人が平伏しやすい言葉のてんこ盛りとなっています。

ひとたびベストセラーというレッテルが貼られると、情報の乏しい不慣れな一般の人たちにとって容易に強い影響力をもってしまうバイアス (アンカー効果) があります。例えそれらの真偽がいくら不明であっても。

 

この本のコンセプトが、著者ケリー・ターナー氏の博士論文を本にしたということらしいので、その原著論文がどのようなものか直接読んでみようと思いました。そこで、米国国立医学図書館が運営する論文データベース PubMed (パブメド) で検索してみたところ、まったくヒットしてこなかったわけですが、Google 検索をしてみると、それと思しきものが発見されました (IJTS 2014; 33: 42-56)。

それが掲載されているジャーナルが、腫瘍 (がん) 学をテーマとして扱っている科学的なものかと思いきや、その雑誌名は『International Journal of Transpersonal Studies』というもので、信仰やスピリチュアル、ヒーリングのような 'オカルト' をテーマとしているものだったのです。

PubMed (パブメド) でヒットしてこないのは、学術論文として引用されることがほとんどない、客観的評価が乏しいことを意味します。そのようなレベルであっても、一般向け書籍にするとベストセラーになってしまうのは厄介なジレンマといえるでしょう。

この背景には、保険医療制度の恩恵によって、本来は高額な治療を安価に受けることが当たり前である日本とは異なり、医療費自己負担という大きな経済リスクを背負わなくてはいけない米国社会だからこそ、信仰やスピリチュアルのようなものに傾倒しやすい病理が存在していることをしっかり吟味する必要があります。

 

さて、冒頭で触れた「1000件を超える進行がんの劇的な寛解事例の分析」に関して、これの詳細データを確認してみたくなりました。ところが、実際の本の中には分析結果がまるで見当たりません。ならばと、ターナー氏の論文に当たってみたところ、以下のセンテンスがあるのみでした。

Over 1,000 case reports of radical remission (RR) have been published in the academic literature since 1899 (OʼRegan, 1995), and approximately 20 new cases are published each year (Challis & Stam, 1990).

要するに、「OʼRegan という人が、1995年に1000例以上の寛解事例をまとめて報告した」と一文で簡潔に述べれられているだけです。

1例1例、ターナー氏が調べて分析した結果などどこにも存在していません。実際に調べたわけではなく、他人様の調査をそのまま引用しているだけの話ということになります。これは「孫引き」という言い方をします。つまりは、いま話題のコピペのようなものと似ているかもしれません。

それにもかかわらず、ターナー氏は本の出だしでこう述べています。

「調べれば調べるほど、いらだちが募っていきました。実際、医師たちはこういった症例について調べることなく、追跡さえしなかったのです」

感情的になるのは自由ですが、この時点で早くも科学的に思考することから逸脱してしまっていて、胡散臭さ満点のスタートとなっています。文中には、このような寛解症例を医師たちは「黙殺している」と声を荒げていますが、分析データを「孫引き」した原典こそ、医師たちがしっかり調査してまとめたものです。

では、実際にがんの「自然退縮」はどれほど起こりえるのでしょうか。日本語論文ですが、がんの「自然退縮」についてまとめられた最近のものをひとつ挙げてみます (Jpn J Cancer Chemother 2013; 40: 1475-87)。その中で、2011年の一年間に日本国内だけで63症例が報告されています。医師は決して黙殺などしていません。

また、それらが詳細に検討された結果、がん患者約1.2万人に1人の割合で「自然退縮」が発生しているとのことです。確率でいうと、1/12,000=0.008% 程度。さらに、「自然退縮」の原因・理由として論文中には23項目が挙げられていますが、必ずしもターナー氏の提唱するような9つの共通項に収束されているわけではありません。

海外からの報告では、腎がん、悪性黒色腫、リンパ腫や白血病、網膜芽細胞腫、乳がんなどに「自然退縮」は特徴的だと報告されていますが、日本では肝がんや肺がんでも報告されているようです。私自身も、じつはこれまで腎がん1例と肝がん1例、「自然退縮」したケースを経験したことがあります。この2例については、ターナー氏の教えのような実践をしていたわけではなく、がんの性質やがんを取り巻く環境が寄与しているという印象でした。

結局、ターナー氏の本には具体的な「1000人の分析」といったものはどこにもなく、「劇的な寛解」を経験した20人と、西洋医学ではない代替医療、民間療法を受けている50人にインタビューしたというだけの話なのです。また、恣意的に都合のいい体験談のみを世界中から探し出してきたセレクション・バイアスが多分にかかっています。

 

この本の最大のずるさは、推奨内容がすべて「仮説」止まりであることを強調しているところでしょう。うわべで検証の必要性に触れておくことで倫理的な逃げ道をつくり、あとは好き放題。その真偽も不明なインタビューを介して、ターナー氏の主観や観念の連打を一方的に繰り広げています。この手法は、前回ブログでも取り上げた、近藤本にも当てはまります。

 

それら仮説の中でも最も厄介なのは、「抜本的に食事を変える」にあるのではないでしょうか。

Let food be thy medicine and medicine be thy food.  汝の食事を薬とし、汝の薬は食事にせよ」

というヒポクラテスの語録を引用し、次のような実践を強く薦めてきます。

  • 砂糖、肉、乳製品、精製食品はノー
  • 野菜と果物の持つ治癒力を信じて摂取を増やす
  • 有機食品で体内をきれいにする (断食含む)
  • 浄水器の水を飲む

自然派主義の人たちにとっては、いかにも泣いて喜びそうな記述のオンパレードです。しかし、がん患者さんにとって有益だとする科学的根拠などどこにも存在していません。また、日本国内にも、これに似た食事療法で「がんが消える」などと平然と唱える医師がたくさん存在しています。因果関係が成り立っていないことがほとんどですが、もしかりに、ある患者さんにとって奇跡的なエピソードが偶然に起きえたとしても、その他大勢の同様な患者さんに、再現性をもって効果が確かめられるような信頼性の高いデータが、彼らから語られることは一切ありません。

 

上記のような食生活の実践によって、がんという病気に対する効果云々が語られる前に、まず「健康リスク」が冒されているということも考慮したほうがよいでしょう。

誤った信仰を植え付けられることで、残された人生をよりよく過ごすチャンスまでも奪われ、本来楽しむべき食生活が犠牲になってしまうということが心配になります。実際の問題エピソードについては、拙著 東大病院を辞めたから言える「がん」の話 (PHP新書) でも取り上げましたので、よかったらご覧ください。

 

要するに、これもダメ、あれもダメ、豆類や木の実、野菜ばかりを食べさせられ、挙句の果てには断食まで薦められる始末。大好きな焼肉やお鮨もダメ、お正月にお雑煮もダメ、土用の丑の日に鰻もダメ、クリスマスにケーキも食べられない。これでは、何よりも精神的に不健康であり、人生台無しでしょう。ご家族や友人たちとの、食事を囲んでの楽しい時間も奪われてしまいます。

そのような極端に制限された偏った食生活は、逆に精神的ストレスとして身体にダメージを与えるだけです。ケリー・ターナー本の教えに従って 0.00ナン % の確率で起きるかもしれない偶然に過度な期待を寄せるよりは、食を楽しみ、自分らしく人生を快活に過ごすほうがよい、と私なら考えます。

 

最後に、ヒポクラテスは以下のような語録も残しています。

There are in fact two things, science and opinion; the former begets knowledge, the latter ignorance.  物事にはサイエンスと主観の二つの事象がある。前者は知を、後者は無知を生み出す」

食事療法で「がんが治る」と断言する医師たちの多くは、ソクラテスの「無知の知」ならばまだマシなのですが、無知であることを知ろうとしない、非常に厄介なイデオロギーの持ち主たちだといえるでしょう。

 

この本に代表される数えきれないほどの非サイエンス (オカルト) 本が、書店の本棚に並んでいます。それらを読まれる際には、批判的思考を賢く働かせながら、妄信しないように慎重に読み進めていくことを心がけて欲しいなと思います。

 

東大病院を辞めたから言える「がん」の話 (PHP新書)

東大病院を辞めたから言える「がん」の話 (PHP新書)

  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: PHP研究所