大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、個人的な「つぶやき」ブログ

経歴を詐称する者に「食べものだけでがんが消えた」と言われても…

小林麻央さんの乳がん報道にみられたメディア対応は、相も変わらずワイドショーのネタ扱いとしてでしか、「がん」という病気のことを報じることができないクセを露呈しました。一方で、書店に行くと「がん」を扱う棚には、安直ながん克服方法のようなエセ医療本が玉石混交としています。このような風景はこの国独特の現象であり、本当に豊かで成熟した大人社会と言えるでしょうか。

 

以前このブログで、『がんが自然に治る生き方 』(ケリー・ターナー 著, 長田美穂 訳; 2014年 プレジデント社) にある問題について取り上げました。


 今回は、この類の本で、出版社の宣伝効果も相まって、20万部以上も売り上げたベストセラー本『食べものだけで余命3か月のガンが消えた』(高遠智子 著 2014年 幻冬舎) を取り上げてみます。

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簡単に要約しますと、著者である高遠智子氏は、28歳の時にかかった進行卵巣がんに対し、手術、抗がん剤治療、放射線治療を受けるも再発を繰り返し、余命3カ月と医師から告げられたそうです。しかし、最終的には「食べものだけで」このがんを克服できたという体験談をもとにして、病気を治すための様々なレシピを紹介する内容となっています。

 

驚くべきことは、余命3か月のがんを抱えながら、フランス・パリの料理学校 Ecole Ritz Escoffier (リッツエスコフィエ) に入学し、4年間通って 「フレンチガストロノミー上級ディプロマ」まで取得されたそうです。さらに今度は中国に渡り、北京中医薬大学薬膳学専科に入学し、「国際中医薬膳師免許」も取得。

それら「食」に関する素晴らしい経歴が、出版当時メディアで大々的に報じられ、「食べるものだけで病気は治る」というタイトルを掲げて、オーガニック薬膳料理教室やテレビ・ラジオ出演、雑誌・新聞連載、はたまた講演など積極的に幅広い活動を展開している方です。

この本に書かれている内容は、ケリー・ターナー氏の本のように、あれもダメ、これもダメのような偏った食生活を強いるレシピではなく、確かに治療で疲れたがん患者さんにとって、日々の食生活を潤すことで、QOL (生活の質) の向上にも繋がる有益なアドバイスになりえるのかもしれません。

しかし問題なのは、著者の体験談を強調することで

「食べものだけでがんが治る」

という言いきり型のメッセージが発信されていることです。そして、この本には医学的に真偽が疑われるような記述が目立つので、以下に説明してみます。

 

例えば、最初に告げられた診断名として、記述されている内容からはおそらくは腹膜播種を伴った進行卵巣がんであったと思われます。実際には「スキルス性の卵巣ガン」と表現されているのですが、そのような疾患名はありません。また、おそらくは可及的に最大限の腫瘍減量を行う、卵巣がんならではの手術を受けたようですが、それが終わった後、著者は主治医に対して以下のように告げています。

「おそらくすぐに肺に転移するでしょう。その時は全ての治療を放棄して、覚悟して死と向き合いたい」

治ることを目指して手術を乗り越えた直後にもかかわらず、なぜ「おそらくすぐに肺に転移するでしょう」のような事を自ら言えるのでしょうか。

そして、再発するリスクはあったのかもしれませんが、なぜ肺という臓器だけへの転移を注視していたのでしょうか。腹膜播種の再発リスクの方が個人的にはもっとも気になりました。

それから抗がん剤治療やランダム?(表記通り)な放射線治療を受けていたようなのですが、

「ガンの進行が停止したからと治療を経過措置にすると、また1か月も経つと腎臓、脊髄、乳房に転移する始末。いろいろな先端医療を組み込みながら、再発を繰り返し、免疫力も時には途絶えながら、余命の半年をあっという間に乗り越え、いつか3年近く経っていました」

抗がん剤を中止してから1か月後に、なんと腎臓、脊髄、乳房に転移したようです。このように全身臓器にアグレッシブに再発してしまったにもかかわらず、それら重篤な病状に対する留意や再発をしてからの治療経過については何も記述されていません。

他にも、いろいろな先端医療とは何のことでしょうか。再発を繰り返したとは、どのような病状だったのでしょうか。

「31歳になったばかりの晩秋の頃、体力も筋力もなくなり、脊髄に転移したガンの痛みから、ついに立ち上がることができなくなってしまいました」

この記述のみで判断すると、脊髄麻痺のリスクがあり、緊急事態なわけです。早急に緩和的な放射線治療が必要だったのではないかと心配になりました。しかし、そのような重篤な症状に関する留意やその時にどのような治療が行われ、どのような経過を辿ったのかも書かれていません。その後、肺にみつかった病変が検査され、主治医にこう告げられています。

「卵巣ガンと同じ、スキルス性の腺ガンが見つかりました。進行が速いタイプですので、今の体力からいけば3か月くらいが目安です」

著者がかねてから予感していた通りの肺への転移が発見されました。しかしここでも、「スキルス性の腺ガン」と表現されているのですが、そのような疾患名はありません。

あと、臨床的に不思議なのは、時系列として先行していたはずの腎臓、脊髄、乳房への転移が発見された時には、なぜもっと重篤な状態として扱われなかったのでしょうか。

手術を受けてから3年経過して出現した肺転移に対してのみ「進行が速いタイプ」と告げられ、いきなり「余命3か月」という事態になる理由がよくわかりません。腎臓、脊髄、乳房への転移や、ほかにも繰り返したとされる再発の状況は当時どうだったのでしょうか。病状の前後関係がぼやけている印象です。

 

肺への転移と診断された後、脊髄への転移による疼痛で歩行も困難な不都合を抱えていた状況で、死を覚悟して車イスでパリに渡り、モンマルトルのマルシェで手に取ったトマトをかじった時に、

「唾液が湧いてきて、食と体と心の結びつきに目覚めた」

とのことです。

それから、本のプロフィールに書かれている料理学校リッツエスコフィエに通うことを一念発起し、いつしか「ガンが消えた」ことになっています。

ここで、読者がいちばん知りたいはずの、その間どのような食事レシピによって「ガンが消えた」のか、因果関係についてやその時の具体的な病状経過が時系列として何も記述されていません。

このケースがそうだと言っているわけではありませんが、体験談レベルのエビデンスがなぜ信頼に足らないのかというと、虚偽の話はいくらでもつくれてしまうことを付言しておきます。

 

さて、この本が出版されてから、下記のような記事が週刊誌に掲載されました。どうやら著者に経歴詐称の疑惑が向けられたようです。

- この本には経歴詐称疑惑というさらに大きな問題があった。高遠氏は、パリのリッツホテルにある料理教室リッツエスコフィエに4年かけて通い、「上級ディプロマ」を取得したとある。現在、同校は休校中だが、ホテルマネージャーのジャン-ポール・トルヴィザン氏が言う。

「受講生の名簿を調べましたが、高遠智子、あるいは旧姓の藤原智子という名前では登録がありません」

高遠氏はその後、中国に渡り、北京中医薬大学の薬膳専科に1年間留学し、「国際中医薬膳師」の免許を取得したという。だが、同大留学生事務所のチェン氏は、次のように話している。

「当大学に薬膳専科はありません、中医中薬専科はありますが、この科は卒業まで5年かかり、1年の留学なんてありえません。そもそも本校は学歴は与えても、資格を与えることはないのです。名簿に名前はありませんが、卒業証書を見せてくれれば、すぐに真偽のほどを確認します」-

(『FLASH』2014年7月15日号より)

 確かにご本人のホームページには、これら一連の経歴について

『「食で細胞を活性化し、再生することはできないか」と思い立ち、 単身パリで食の勉強を始める。帰国後、薬膳漢方を学ぶため、約1年中国に渡る。東洋と西洋の食、 素材、知識を活かして、身近な素材で食べて元気になる、自分で自分治し!をテーマに積極的に活動を続けている。』

と記されているのですが、著作プロフィール欄にある具体的な経歴は掲載されていませんでした。せっかく辛いがんを抱えながら苦労して取得された資格ですから、経歴に偽りがないのであれば公に向けたプロフィールとして堂々と掲載されてもよいのではないでしょうか。

 

この本については、神戸大学病院の感染症内科医師である岩田健太郎氏が先行してブログで感想を述べられていました。

トンデモ本にみえてやっぱりトンデモ本というのもあるわけで、、、、 - 楽園はこちら側

また、岩田氏の著作『食べ物のことはからだに訊け!』(2015年 ちくま新書) の中で、「がん食事療法」に向けられた適切な指摘があったので、そちらの方も紹介しておきます。

-「がんが絶対に治る」とか「がんにならない」という食事が存在すれば、それは医学上偉大な発見であり、地球上の人々は大きな恩恵を受けることでしょう。そういう食事法を知っている人は、それを世界中の専門家に伝え、その効能を教え、世の中の苦しんでいる患者たちに尽くすのが職務上の義務だと思います。それができないのは、「そうでない理由」があるからなのだと思います。(同 p44-45) -

 

経歴詐称の疑いが囁かれてから2年間の沈黙を経て、高遠氏は最近またタイトルに「ガン」を売り文句とした新たな著作『余命3カ月のガンを克服した私が食べたもの』(2016年 祥伝社) を出版したようです。その内容はさておき、後書きには以下のような目を疑う記述がありました。

「じつは、前著で、フレンチガストロノミー上級ディプロマと国際中医薬膳師免許を取得していると記述しましたが、この2つの資格を取得しておりません。この件で、多くの方に多大なるご迷惑をおかけしました。」 (同 p177)

 

著者と出版社のモラルは一体どうなっているのでしょうか。出版当時、高遠氏は「フレンチガストロノミー上級ディプロマ」と「国際中医薬膳師免許」を取得していることを最大の宣伝文句として、多くのがん患者さんたちに信頼を与えていたはずです。

そうなりますと、このように平気で嘘をつける者のいう「余命3か月のガン」も果たして本当だったのでしょうか。上述したように、医学的記述や病状の時系列がかなり曖昧なわけで、そのような疑惑をもたれても仕方がないということを申し上げています。

 

シンプルでセンセーショナルながん克服本のようなものを読まれる際には、批判的吟味を賢く働かせながら、妄信しないように慎重に読み進めていくことを心がけて欲しいと願います。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/11/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)