大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、個人的な「つぶやき」ブログ

子宮頸がん (HPV) ワクチン問題を巡って 医学vsイデオロギーの果ては...

子宮頸がんは若年女性にも発生し、20~30 歳代の女性が罹患する悪性腫瘍のうちで第1 位を占めています。日本では現在、年間10,000 人以上が新たに子宮頸がんに罹患し、約3,000 人もの女性が子宮頸がんで死亡していると推定されています。

女性ひとりひとりの生活や人生を奪うだけでなく、初婚年齢が高齢化する中で、少子化問題を抱えるわが国にとっては大きな社会問題として扱われるべき疾患です。

 

子宮頸がんは、下図に示すように、ヒトパピローマウイルス(Human Papillomavirus:HPV)に性交感染した女性のうち、多くは自然に排除されるのですが、一部の女性では持続的な感染を引き金として、軽度異形成→中等度異形成→高度異形成→上皮内がん→浸潤がん、という連続した経路 (シークエンス) を辿ります。

Center for Cancer Research in the Journals 2008, Identifying Molecular Culprits of Cervical Cancer Progression より改変

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HPVには、100種類以上のタイプがあり、このうちの15種類が子宮頸がんの原因となりうるハイリスクタイプに分類されています。中でも特に16 型と18 型の2 つのタイプによる感染が最もリスクが高いといわれています。

1940年代に「異形成+上皮内がん」が「前がん病変 cervical intraepithelial neoplasia (CIN) 」として認識され、50年代にはすでに、CINの状態で早期発見される重要性が唱えられていました。

にもかかわらず

「上皮内がん100人のうち、99人のがんは放置で消えてしまうから大した病気ではない」

と主観で論じてしまう近藤誠氏の異質性については以前ブログで取り上げました。

 


“マザーキラー”と称される子宮頸がんの死亡率を減らすためには一体どうしたらいいのか?

という問いに対して、

  1. 科学的根拠に基づく子宮頸がん検診の受診率を欧米並みにアップさせること
  2. さらに上流レベルでがん発生予防を目指すために、HPV 感染を予防するワクチン(HPV ワクチン)接種の推奨

という策が検討されているかと思います。本ブログでは、フェアな立場で、後者のHPV ワクチンについて少し議論を深めてみたいと思います。

HPV 感染が引き金となって発生するがんだからこそ、ワクチン接種を行ってHPV 感染を防ぐことで、「前がん病変(CIN)」を減らし、結果的に子宮頸がんの発生リスクまでも阻止できると考えるのはごく自然で理知的な思考だといえるでしょう。

しかし、近藤氏は著作『近藤誠の「女性の医学」 』(2015年 集英社) の中で、以下のように唱えています。

•僕は何人もの母親たちから、このワクチンを娘に打たせるべきか相談されましたが、きっぱり「NO」と返答。がん予防には無意味なうえ、副作用のリスクが大きいからです。(同 p85)

•がんを予防しない、一生を台無しにするような重い後遺症を背負うかもしれない、そんな有害ワクチンを受ける必要は毛頭ありません。(同 p93)

 

2006 年に米国においてHPV ワクチンの使用が承認されて以降、2016年1月までにWHO加盟国のうち65か国で、国策プログラムとして世界中でワクチン接種が行われています。しかしながら、日本では2013年4月にようやく定期接種が開始されたわけですが、ワクチン接種を契機として「身体の広範な痛み」「倦怠感」「しびれなどの神経症状」に代表される諸々の副反応が報告されたことから、わずか2か月後の2013年6月14日付けで、厚生労働省健康局から安全性が確認されるまでは、「HPVワクチン接種の積極的な勧奨を一時中止する」という勧告がなされました。

その後、厚労省で副反応検討部会が発足され、平成21年12月から平成26年3月までの約338万人を対象にHPVワクチン接種後の様々な副反応症状2,475例について、徹底したデータ収集と解析、追跡調査、専門家による議論が行われました。

結果は、問題視されていた慢性疼痛・運動障害等の症状とHPVワクチン成分との因果関係を示す科学的根拠は示されませんでした。

思春期の少女を対象とした初めてのワクチンであるという性格上、重篤な副反応として報告された176例のうち、162例が神経学的疾患、中毒、免疫反応といった器質的な問題ではなく、ワクチン接種による痛みや不安、恐怖などをきっかけとして起きてしまった身体症状 (心身反応) の可能性があるという判断が示されました。このような症状の発生リスクはHPVワクチン10万人接種あたり1.5件というものでした。

 

しかしその間、一部マスメディアは、ワクチン接種後の副反応で苦しむ少女の映像やネガティブ記事を盛んに報道することで、HPVワクチンのリスクを誇大に煽る表現が繰り返し行われたのです。

HPVワクチン接種が勧奨されない状況がいまだに継続され、現在は接種率がほぼゼロに近いという状況となっています。このような事態は、先進国では日本だけの話です。

 

近藤氏によると、

免疫システムを破壊する恐ろしい副作用- (前略) おそらく、これらの副作用の多くは、ワクチンに添加されているアジュバント(免疫増強剤)” が原因です。その成分は水酸化アルミニウムなどの化学物質で、これらのアジュバントによって、本来なら体に侵入してきた異物を攻撃するはずの免疫システムが、自分の体を攻撃してしまう自己免疫疾患を引き起こしてしまうことがある。(同 p88-89)

ワクチンに添加されているアジュバント (免疫増強剤) の中毒が重篤な副反応の原因だと一方的に論じています。しかし、この議論はすでに解決しています。

アルミニウムが添加アジュバントとして含まれているワクチンは、何もHPVワクチンだけではありません。安全に長年実施されているB型肝炎ウィルスをはじめ、肺炎球菌、破傷風、ジフテリアなどといった多くのワクチンンにもアルミニウムが含まれているわけで、すでに安全性が十分に確認されています。

近藤氏の主張は、フランスのオーシエ氏という人物がワクチン接種部位の局所にアルミニウムが蓄積し、マクロファージという炎症細胞の浸潤が原因で、筋炎をはじめとする様々な全身症状を引き起こすという主張 (Vaccine 2005; 23:1359-67, Brain 2001; 1241821-31) を真似たものです。しかし、世界中の多くの専門家たちによって、前記理由によりオーシエ氏の仮説は否定されています。

 

一方、世界の情勢をみますと、世界保健機構 (WHO) や国際産科婦人科連合 (FIGO) は最新の世界中のデータ解析結果に基づいてHPVワクチンの安全性と有効性を繰り返し確認し、国家プログラムによるHPVワクチン接種を強く推奨しています。

具体的な有効性を示す多くのエビデンスがある中で、以下に2本のランダム化比較試験の結果を紹介します。

HPVハイリスクタイプとされる6型/11型/16型/18型をカバーする「ガーダシル」というワクチンを接種した集団5,305人とプラセボを接種した集団5,260人を比較追跡した結果、ハイリスクタイプ16型/18型の「前がん病変」である中等度異形成 (CIN2) の発生数に関して、ワクチン vs プラセボで 0例 vs 28例、高度異形成 (CIN3) の発生数では、ワクチン vs プラセボで 1例 vs 29例、上皮内がんでは、ワクチン vs プラセボで 0例 vs 1例という結果となり、「前がん病変」を97%~100%阻止していることがわかりました (N Engl J Med 2007; 356: 1915-27)。

次いで、HPVハイリスクタイプ16型/18型をカバーする「サーバリックス」というワクチンを接種した集団7,344人とプラセボを接種した集団7,312人を比較追跡した結果、CIN2の発生数では、ワクチン vs プラセボで 1例 vs 53例、CIN3の発生数では、ワクチン vs プラセボで 0例 vs 8例という結果となり、「前がん病変」を98%~100%阻止していました (Lancet 2009; 374: 301-14)。

いずれも観察期間が短い試験結果ではありますが、「前がん病変(CIN)」を阻止すれば、円錐切除を受ける必要がなくなり、その先にある子宮頸がんにもならずに済むわけです。したがって、HPVワクチンは、「女性の子宮を守り、女性の生命も守る」と言えるでしょう。

 

世界中で唯一、因果関係も不明な副反応にヒステリーとなっている日本の状況を危惧する声明が、2015年12月17日付けでWHOの諮問機関であるGACVS (ワクチンの安全性に関する諮問委員会) から発信されました。その中で、近藤氏のいう自己免疫疾患の発症リスクについて、フランス当局で行われた約200万人のワクチン接種者を対象に行われた大規模調査の結果が報告されました。ワクチン接種集団と非接種集団の間において、ギラン-バレー症候群に関しては10万例に1例程度のわずかな発生リスクがみられたものの、そのほかの自己免疫疾患の発症リスクに関しては差を認めなかったと結論づけられました。

そしてさらに、日本のとった政策判断に対して以下のように辛辣な内容のメッセージも残されています。

「厚労省の副反応検討部会で、専門家たちによる詳細な検討によってHPVワクチンと重篤な副反応との間に因果関係を認めなかったという結論が出されたにもかかわらず、HPVワクチン接種の再開に向けていまだコンセンサスが得られていない。その結果として、日本の若い女性たちは本来予防されるべきHPV感染に起因した子宮頸がん発生リスクに晒されたままである。以前からGASVSが指摘してきたように、不十分なエビデンスを根拠とした政治的判断は安全かつ有効性が示されているワクチンの接種利用を妨げることで、真の被害がもたらされるであろう」。(GACVS statement on safety of HPV vaccines 17 December 2015)

 

ここで強調しておかないといけないのは、ワクチン接種を契機として、因果関係がいくら証明されなくても思春期の少女たちに何らかの原因不明な症状が出現し、今もなお苦しんでいる事実はしっかり重く受け止め、十分な救済対策が取られなければいけない、ということです。

最近では、日本医師会・日本医学会の呼びかけにより、産婦人科医・小児科医・痛みや神経の専門家が一同に会して、HPVワクチン接種後にひとたび起きてしまった副反応への診療の手引きも作成されています。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/dl/yobou150819-2.pdf

これまで以上に、十分なインフォームド・コンセントのもとで、安全かつ安心できる環境下でのワクチン接種が行われるべきです。

しかし、蓋然性の低いリスクばかりに気を取られ、HPVワクチン接種の勧奨中止が現状のまま続くとなれば、若い女性にとってワクチンによるがん予防の利益を享受できないばかりか、先進国で日本だけが、今後も子宮頸がん罹患率の高い国のままであることが危惧されます。

国の優柔不断な姿勢を見かねてか、予防接種推進専門協議会より、2016年4月18日付けで日本産婦人科学会や日本小児科学会を含めた15学術団体の見解を取りまとめたうえで、「専門的な見地から、HPVワクチンの積極的な接種を推奨する」という声明が出されました。しかし、日本政府は依然としてワクチン接種に慎重な姿勢を示したままとなっています。

 

ゼロリスクでないとヒステリーを起こしてしまう問題は過去のイレッサ訴訟問題でもみられた病理です。HPVワクチン接種によって多くの女性の子宮と命を救えるはずの利益をないがしろにしてでも、蓋然性の低い、因果関係も定かではない不利益をことさら強調して、観念のみで全体を悪と裁く、このような思考破綻の病理が、近藤誠言説や一部マスメディアの他にも、いたるところで蔓延しています。

そして最近では、もしそれが事実であれば世界的大スキャンダルにもなりかねない厚労省管轄の「子宮頸がんワクチン接種後の神経障害に関する治療法の確立と情報提供についての研究班 (班長: 信州大学脳神経内科 池田修一氏) 」によるデータ捏造疑惑問題までもが浮上している始末。それらを指摘した最近の参考記事を以下に示します。

・村中璃子 氏 子宮頸がんワクチン薬害研究班に捏造行為が発覚 利用される日本の科学報道(後篇) WEDGE Infinity(ウェッジ)

・村中璃子 氏 子宮頸がんワクチン研究班が捏造 厚労省、信州大は調査委設置を 利用される日本の科学報道(続篇) WEDGE Infinity(ウェッジ)

・岩田健太郎 氏 http://georgebest1969.typepad.jp/

 

この国の将来を担う若い女性の子宮頸がんの発症を根本から予防し、たとえ前がん病変であるCINを発症してしまったとしても、早期発見・早期治療によって女性の妊孕能、そしてその生命を守っていくために、HPVワクチン接種と子宮頸がん検診の両方を広く普及させていくことはとても重要な課題であると考えます。そして、ひとりひとりが他人任せではなく、自身の身近な問題としてこの問題をよく考えていただけたらと思います。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
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