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大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、あくまでも個人的な「つぶやき」ブログ

近藤誠氏の嘘を明かす① -グラフの偽装-

ひとたび現場から離れて世間を見渡してみると、インチキが蔓延しているのに驚くばかりです。そのような複雑さの中で、がん患者さんは適切な意思決定が果たしてできるのだろうか、本当に心配になります。

そんな中、詐欺めいたエセ医学を見極めるリテラシーの必要性を説いて欲しいという強い要望があり、今回また新たな本を書き上げました。

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

手術、抗がん剤、放射線治療、免疫療法、緩和ケア、先進医療、がん検診ほか多くのテーマを字数が許す限り、専門的事項をできるだけわかりやすく記したしたつもりです。

少なくともがん医療については、もはや「お医者さんにすべてお任せ」では立ち行かなくなっている現状で、患者さん一人ひとりが、賢く主治医を選び、賢く情報を選択し、賢い患者になることが求められています。一人でも多くの患者さんが、最善の医療を納得し安心して受けられるよう、明るくがんと共存できる生活・人生になるよう、本書が少しでもそれらに貢献できることを心より願っています。

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

 

さて、話は変わりますが、少し前まで『サンデー毎日』(毎日新聞出版) 誌上で、元慶應義塾大学病院放射線科医師 近藤誠氏を大々的に取り上げる企画が続いていました。直近では、森省歩氏という慶應義塾大学同門のジャーナリストとの対談が、「近藤誠 vs. がん患者代表」という構図で4週にわたって記事が掲載されていたようです。その前には、東京女子医大の林和彦医師との対談企画が組まれ、すぐに本として毎日新聞出版から出版されています。このときの対談進行役ならびに構成を手掛けたのもその森氏でした。さかのぼると、女優 川島なお美さんを取り上げたトンデモ記事 (文藝春秋 2015年11月号) に深く関わっていたのも彼であり、それ以降の近藤氏記事や著作は、すべて森氏との二人三脚で奏でられています。要するに、森氏は熱烈な近藤誠氏サポーターであり、かつビジネスのパートナーだということです。わかりやすく言い換えると、すべては近藤言説を引き立てる 'プロレス' 記事だといえるでしょう。故 川島なお美さんに及んだ許し難い様々な問題については、今回の最新刊でもまとめてありますので、よかったらご参照ください。

大手有名出版社である文藝春秋はもとより、小学館や幻冬舎、そして最近では前記の毎日新聞出版までもが、近藤氏を担ぐようになっています。次世代に託せるような教育が何ひとつ宿っていなくても、'出せば売れるから' なのでしょう。

患者さんの背景や価値観に照らし合わせながら 「無治療」という方針を積極的に考えることには、まったく異論はありません。しかしながら、近藤誠理論に従うという理由となると、しっかり批判の声をあげる必要があります。なぜならば、多くの '嘘' で塗り固められているからです。詳細については、拙著『脱・近藤誠理論のがん思考力』(青灯社) にすべて記しましたが、本ブログでも、近藤言説にみられる多くの '思考破綻' について、いくつかを紹介していきたいと思います。

 

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今回取り上げるのは、これまで数々のメディア媒体で登場させている偽装グラフについてです。これについての批判は、『週刊新潮』やこれまでの拙著、ならびに日医大武蔵小杉病院腫瘍内科 勝俣範之医師の著作『医療否定本の嘘』(扶桑社) でも取り上られています。それでも恥じずに、最近では小林麻央さんの乳がん闘病報道をネタとして、先の森氏とのプロレス記事 (文藝春秋2016年 8月号) の中でも再登場させているので、もう一度この場でそのグラフにある誤謬を糺しておきたいと思います。

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このグラフは、近藤氏の変わらない主張として、抗がん剤には「延命効果はない」のみならず「縮命効果」しかないことを証明するために自ら作成したものです。

生存曲線Aは約100年前のデータで「乳がん患者(治癒が望める患者も多数含む)に対する無治療の生存成績」です (Br Med J 1962; 2: 213-221)。生存曲線Bは約50年前のデータで「転移した乳がん患者に対する多剤併用抗がん剤による1次治療成績」です (Cancer 1985; 55: 341-346)。生存曲線Cは約15年前の「転移した乳がん患者に対する抗がん剤ドセタキセル単剤による2次治療成績」を示します (J Clin Oncol 2002; 20: 2812-2823)。

さらに付け加えると、生存曲線Bは米国にある有名なMDアンダーソン・がんセンターで1970年代にいくつもの抗がん剤を組み合わせた治療(多剤併用療法)を1次治療として行った治療成績の観察研究データです。一方、生存曲線Cはランダム化比較試験(第Ⅲ相試験)のデータです。2次治療として、「ドセタキセル単剤 vs ドセタキセル+ カペシタビン」の比較試験の結果から、なぜか負けた方のドセタキセル単剤の生存曲線が選択されています。幾多もある乳がん2次治療の比較試験の中からこのエビデンスをあえて選択し、さらには治療成績の悪いほうを切り取っていること自体にすでに多大な恣意が働いています。

データを吟味する前に、抗がん剤の1次治療、2次治療について説明します。転移があるために治癒が困難ながんと診断されてから、いちばん最初に受ける抗がん剤治療のことを1次治療と呼びます。その1次治療を受けている最中にがんの増悪を認め、1次治療の効果が失われたと判断された後、次に選ばれる抗がん剤治療のことを2次治療といいます。近藤氏はこれを「乗り換え治療」と称しています。抗がん剤メニューを変えて異なる抗がん剤2次治療を施したほうががよいのか、それとも抗がん剤を使用しないで手厚い緩和ケア (これを best supportive care; BSC と呼ぶ) がよいのか、そのようなクリニカル・クエスチョンは昔から議論され、多くのエビデンスの蓄積のもとに今ある1次治療、2次治療というものが確立されているわけですが、近藤氏はそれらの足を引っ張ろうとします。

この1次治療と2次治療の生存曲線を比較することすらナンセンスなのですが、近藤氏作成のグラフに付き合ってみることにしましょう。

生存曲線Cの全生存期間の中央値 (患者の50%が死亡した時点) が0.96年なのに対して、生存曲線Aのそれは2.7年と大きく上回っています。その中間にあるのが生存曲線Bです。抗がん剤を受けたBとCの生存曲線より、無治療のAの生存曲線がいちばん上に位置している状況を見せられると、「やはり放置したほうがいいのかな」と思ってしまうかもしれません。

 

以下に、近藤氏が冒している2つの大きなルール違反を最初に指摘しておきます。

1. エビデンスレベルや研究デザインがまったく異なる異質なデータ同士を直接比較させているという点。

2. 時代背景、患者背景、生存期間の起始点(スタート時点)がそれぞれまったく異なる生存曲線を直接比較させているという点。

走り競争にたとえるならば、背景がまったく異なるA, B, Cという3人を、それぞれ違う日、違う場所、違うスタート地点から無理矢理タイムを競わせて、Aが勝利する結果になるようなストーリーが最初から仕組まれているというやり方です。

 

生存曲線Aの生存期間のスタート時点は、原著論文通りの説明だと、カルテ記録上で症状が出現したと記載のある日付となっています。しかし、その時点で本当に転移を起こしていたかどうかまではわかりません。100年も前だと乳がんと診断されるのは死亡してからの解剖でわかるケースが多かったからです。実際には、現在だと適切な治療によって治る見込みのあった患者さんも数多く含まれているデータです。

生存曲線B生存曲線Cの生存期間のスタート時点は、転移がしっかりと確認されたうえで抗がん剤治療が開始された時点です。前述した通り、生存曲線Aの場合、スタート時点で転移しているかどうかも不明であるため有利なリード・タイム(生存アドバンテージ)が隠されています。

さらに、生存曲線Cのドセタキセル単剤による2次治療の生存期間のスタート時点は「転移性乳がんと最初に診断されてから1次治療を受けていた時間」が丸ごと省かれているため、生存曲線Bにはその分のリード・タイム(生存アドバンテージ)があります。

結局、このグラフは、近藤氏の主観でストーリーがすでに出来上がっていて、それに合うようにあちこちの論文からデータを都合よく調達してきて、一枚の紙に貼り付けて作られたものです。そして、まったく年代も背景も治療コンセプトも異なる乳がん患者データを、同じスタートラインに無理やり立たせて比較させている作業は、医師としての科学的姿勢を欠いた悪質な「リード・タイム・バイアス」のお手本だといえます。

 

最後に、驚くべきことに、生存曲線Aの出典論文には他にも重要なデータが掲載されていました。それは、まさに「治療群」vs「無治療群」を同じ研究手法で比較した生存曲線です。

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がんの悪性度(性質)を揃えてそれぞれで比較されていますが、結果はそれぞれで「治療群」が「無治療群」を大きく上回っていることが明らかです。ところが近藤氏はなぜかこの中の「無治療群」のデータのみを切り取って生存曲線Aとしています。「治療群」の方は無視されました。

一方で、論文著者は次のように治療することの有用性を強調しています。

「無治療だと半数が3年 (中央値2.7年) ほどしか生存できない。逆に治療を受けると生存期間が延びるだけではなく、患者さんの QOL まで改善する」

いかに近藤氏のデータの扱い方がフェアではなく主観に依存しているのかが、よくおわかりでしょう。このような作業を平気で行える時点で、近藤氏の医師としての信頼はすでに失われているのです。

次回に続きます。

脱・近藤誠理論のがん思考力

脱・近藤誠理論のがん思考力

  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: 青灯社
  • 発売日: 2016/10/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)