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大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、あくまでも個人的な「つぶやき」ブログ

近藤誠氏の嘘を明かす② -パニツムマブ試験の誤った解釈-

ご自身もがん患者の立場である立花隆氏との『文藝春秋』誌上対談記事が、『抗がん剤は効かない』(2011年 文藝春秋) に収められています。この内容について、結論を申し上げると根拠のない主観のオンパレード。いくら医学的に間違った解釈をしていても、第三者による査読もなく、誰からも問題を指摘されずに、個人の主観がまるごと活字になって有名出版社から世に放たれてしまうわけです。これでは、メディアから発せられるがん情報の信頼度が最低ランクである状況を変えることは難しいでしょう。

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2010年に「KRAS 遺伝子野生型の治癒切除不能な大腸がん」を対象として抗 EGFR 抗体薬 パニツムマブ (商品名 ベクティビックス) が承認されました。記事は、厚生労働省管轄の医薬品医療機器総合機構 (PMDA) で行われた承認審査の議事録にある問題を「糺 (ただ) す」という形がとられています。

製薬企業との利益相反のために臨床試験の結果が人為的に歪められているという陰謀説や、厚労省官僚と製薬企業、研究医師との不健全な関係疑惑にまで言及するのは、いつものやり方なのですが、ここではそれは置いておきます。

もっとも取り上げなくてはいけない問題は、パニツムマブの有効性と安全性が検証された海外のランダム化比較試験の結果に関する誤った解釈についてです。これについては、以前『週刊新潮』や拙著で指摘してきたことですが、本ブログでもより詳細に説明してみたいと思います。

 

このランダム化比較試験は、最初に受ける抗がん剤1次治療以降、少なくとも2回以上はがんが進行・増悪してしまった転移性大腸がんに対する3次治療以降において、「パニツムマブ治療 vs 無治療 (BSC)」が比較されました。243人の患者が対象とされ、第一達成目標は、無増悪生存期間 (progression-free survival; PFS) で評価されました。PFS とは、治療中にがんが増悪しないで生存できている期間のことです。この指標で優劣を決めましょうと事前に設定された試験の結果は、図にあるようにパニツムマブは無治療と比較してPFS が改善することが示されました (Van Cutsem E, et al. J Clin Oncol 2007; 25: 1658-1664)。このエビデンスに従って、3次治療以降において抗がん剤パニツムマブは標準治療として認められたわけです。

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ところが、これに対して近藤氏は異を唱えます。第一に、そもそも試験の評価ルールがおかしいと。全生存期間 (overall survival; OS)、すなわちどのような理由であっても死亡するまでの生存期間で評価しないと真に寿命が延びたとは言えない、と主張しています。なぜならば、がんは縮小したけれど、抗がん剤の副作用が原因で死亡したケースがきちんと評価されないから、というものです。この論点は以前に『週刊文春』誌上で対論した際にも同じことを仰られていました。しかし、そのような出来事が起きればPFS の中でもしっかり評価されていることをご存じないのかもしれませんが、とりあえずは彼らが問題視している OS のグラフを示します。

 

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近藤氏らは、抗がん剤パニツムマブで治療した患者群と無治療群それぞれの生存曲線はぴったり重なり、まったく差がないではないかと声をあげます。たしかに図を見るとOS では、両群間に差はありません。差がない以上は、抗がん剤は本当に効いたと言えないはずだというのが近藤氏らの主張です。そして、PFS の差についても、研究医師の主観によってデータが意図的に作り上げられたのではと疑いを一方的にかけています。

 

ここから、近藤氏の誤謬について詳細に指摘してみます。この OS の比較は、「パニツムマブ治療 vs 無治療」に完全に分けた比較ではないということです。この試験では倫理的な側面が考慮されていて、無治療群に割り付けられた患者の病気が「増悪」した後は、主たる達成目標の PFS 評価は終わりだから、パニツムマブを後で使用(クロス)してもよいとする「クロス・オーバー」試験が採用されていました。

実際に、無治療群に割り付けられた患者さんの多くは、がんの進行が認められた段階で、パニツムマブをその後の治療として投与されています。結果的には無治療群に割り付けられた232人の患者さんのうち、76%にあたる176人にパニツムマブが投与されていました。つまり、近藤氏が問題視する OS の比較においては「パニツムマブが投与された患者集団」と「無治療の患者集団」を比べたグラフではなく、最終的には「最初は無治療でも途中からパニツムマブが投与された患者を76%含む集団」を対照群として比べられたグラフになっているのです。PFS の群間差が、この「クロス・オーバー」によって帳消しとなり、OS で差がなくなってしまうのは仕方ありません。

仮に無治療群に割り付けられた患者さんの病気が増悪した後も、無治療を続けなさいというルールが決められていたならば、PFS の差がそのまま OS に反映された結果になっていたかもしれません。

ここで、このパニツムマブとほぼ同様な作用機序で、転移性大腸がんの標準治療薬として先に承認されていた抗EGFR抗体薬 セツキシマブ (商品名 アービタックス) についても説明します。

パニツムマブ試験の時と同様な大腸がん患者を対象として「セツキシマブ治療 vs 無治療 (BSC)」を比較したランダム化比較試験が先行していました。紹介すると、572人の患者を対象とし、この試験ではパニツムマブの時とは違って、近藤氏の要求する OS が第一達成目標とされました。この試験では、パニツムマブの時のような「クロス・オーバー」が採用されなかったわけです。結果は、以下の図で示します。

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全生存期間 (OS) 中央値で 6.1 か月 vs 4.6 か月と、セツキシマブ群のほうが無治療群よりも OS で上回りました (Jonker DJ, et al. N Engl J Med 2007; 357: 2040-2048)。 このようにしっかりOSで差がついて証明されたエビデンスがあるにもかかわらず、近藤氏はそれをフェアに取り上げようとはしません。

 

パニツムマブ試験の話に戻ります。対談の中で無増悪生存期間 (PFS) は人為的操作の影響がある、という下記の主張についても大きな問題があるので指摘しておきます。

 

PFS曲線は8週付近で、垂直ではなく階段状に下降しています。これは、各患者の検査日が数週にわたりマチマチだからです。こと BSC 群では、検査がより早期に前倒しして行われている。その結果、二本の曲線は離れて見え、「有意差」が検出されました。仮に取り決め通り、厳格に8週目での検査を心がければ、どちらの曲線もその時点で垂直に下降して(相当部分が)重なり、有意差は消失するはずです。これが PFS のトリックの一つです。(『抗がん剤は効かない』より )

 

この論点について、現場の実情に配慮しながら説明します。臨床試験がスタートしてから、CTで最初の病気の評価がされるまでの8週間のうちに、患者さんはおそらく2週間ごとに主治医の診察を受けることになります。なぜならば、パニツムマブは2週間に一回点滴投与する薬だからです。その経過の途中で、無治療 (BSC) 群に割り付けられた方は、薬が入っていないわけですから、「調子が悪い」「食欲がない」「お腹が張る」などといった、おそらくがんの悪化によって何らかの症状が出現したときに、主治医は8週目の CT 評価まで検査実施は待ってくれと言えるでしょうか。あるいは、効果も不明なテスト段階の治療を8週目まで無理矢理続けようとするでしょうか。良識ある医師であれば、「がんが進行しているかもしれないから、少し早めに CT を撮ってみよう」というふうに判断するはずです。効いていない治療ならば、即刻中止にするべきでしょう。しかし、近藤氏は厳格に一律8週目で CT 検査をするべきと主張しているわけです。いくら臨床研究とはいえ、倫理的配慮を欠き、目の前で困っている患者さんをおろそかに扱ってはいけません。

個々の被験者に対する医師の責任や倫理的原則として、'ヘルシンキ宣言' というものがあります。その宣言の中では次のような記述があります。

 
対象とする医学研究においては、被験者の福利に対する配慮が科学的及び社会的利益よりも優先されなければならない。(日本医師会訳)


要するに、患者さんの容態が8週間を待たずして悪化してしまうことがあれば、臨床試験のルールよりも優先的に配慮されるべき本来の医療があるわけです。近藤言説にみられる机上の理屈のみで臨床試験が行われているわけではありません。近藤氏はこれまで抗がん剤の臨床試験に直接関わったことがきっとないのでしょう。

次いでに、8週時点までのグラフの形を問題視しているようですが、生存曲線の群間比較は、ある時点だけの差をみて判断いるのではなく、すべての時点において統計学的な「要約」で比較されているのです。ですから、8週時点のみを切り取って議論するのは、生物統計学への理解が乏しいのではないかと疑われます。

 

次回に続きます。

 

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