大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、個人的な「つぶやき」ブログ

近藤誠氏の嘘を明かす③ -リード・タイム・バイアスの乱用-

近藤言説に決まって登場してくる ‘リード・タイム・バイアス’ 。このツールが本当に正しく使用されているのか、今回のブログで検討してみます。

 

現在、大腸がんに対する抗がん剤治療の進歩は目覚ましく、有効性の高い新規抗がん剤が数多く揃っています。そして何よりも、患者さん自身が抗がん剤の効果を実感している多くの現実 (リアル) が現場にあるわけです。ところが、近藤誠氏のベストセラー著作『抗がん剤は効かない』(2011年 文藝春秋)の中では次のように記述されています。

 

転移性大腸がんでは、無治療と比べた臨床試験は存在しないのですが、(以下中略)近年、専門家たちは「抗がん剤の進歩によって寿命が延びた」と主張しています。転移性大腸がんは、(生存期間)中央値が90年代に12カ月前後だったのが、その後の新薬導入に伴い、20カ月前後に延びているというのです。しかしこの主張は、重要な事実を無視しています。検査法が格段に進歩し、発見される転移病巣が、だんだん小さくなってきたという事実です。大腸がんでは、肝転移が一番肝心で、その帰趨が寿命を決めます。(中略)とすると、今日発見された肝転移は、治療しないで放置しても、昔発見された大きさに育つまでの期間分、長生きしたように見え、中央値は延長することになる。これを「リード・タイム・バイアス」(先行期間による偏り)といいます。転移性大腸がんで抗がん剤に延命効果があったとの主張は、すべてこのバイアスで説明できます。

 

もう少しわかりやすく近藤氏の主張を要約してみると、こういうことなのでしょう。「CTやMRI、あるいはFDG-PET (ペット) などの画像診断機器の進歩により、昔よりも小さな転移が見つかるようになった。現在は昔と違って、もっと早い段階で転移巣が発見されるために、がん診断時から死亡までの時間全体が延び、見かけ上、昔よりも余命が延びたように見えるだけ」。

なるほど、そういう状況は確かにあるかもしれません。要するに時代によって検査で発見されるがんの条件が異なるために、抗がん剤の効果で長生きできるようになったのはウソだというのが彼の主張です。

 

この ’リード・タイム・バイアス' を盾にして、転移性大腸がん治療の多くのエビデンスにはカラクリがあると決めつける表現が彼のこれまでの著作に頻繁に登場してきます。

ここで、「転移性大腸がんでは、無治療と比べた臨床試験は存在しない」という記述は正しくないので、以下に糺しておきます。

現在と20年前の治療成績とを間接比較する場合には、近藤氏の言うような 'リード・タイム・バイアス' の影響は無視できないのかもしれません。しかし、検査診断レベルが同じ時代背景で行われた比較試験の結果には、そのようなバイアスの影響はないはずです。

これまでに転移性大腸がん患者を対象とした「抗がん剤治療 vs 無治療 (BSC)」を比較したランダム化比較試験は、1998 年までの間に少なくとも 7 本以上存在しています。それらのエビデンスを全部ひっくるめて統計学的に解析し要約したものをメタアナリシスと呼び、エビデンスレベルが最も高いとも評価されています。その結果を紹介すると、抗がん剤治療によって無治療より死亡率を35%下げ、さらには患者の QOL 改善までも得られることが証明されています(Simmonds PC. BMJ 2000; 321: 531-535)。

 

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つまり、2000 年以前の段階で、転移性大腸がん患者に対する無治療の推奨はすでに否定されています。

 

さて、冒頭に帰って、「抗がん剤の進歩で生存期間の飛躍的な延長があるとすれば、それはリード・タイム・バイアスというカラクリがあり、見かけ上そうなるだけである」という近藤氏の結論づけについて、本当にそうなのかを検討する前に、下記の近藤氏の主張をご覧ください。

 

毒性が確実にある抗がん剤ですが、初期に認可されたものと比べ、近時認可されたものほど、毒性が強くなっていることに注意が必要です。(『抗がん剤は効かない』 より)


この主張を、いったん肯定してみることにしましょう。
近藤氏は一貫して、抗がん剤の「毒性」が原因で治療死する患者は少なくない、新規の抗がん剤になるとよりその傾向が強い、と数字を示さないで声をあげます。これらの主張をすべて受け入れて加味してみるとどうなるでしょうか。

FDG-PET検査などで、大腸がんの転移が昔よりも早い段階で発見されたとします。そのタイミングで、新規の抗がん剤が使用されるわけです。近藤氏のロジックに従えば、より強いその「毒性」によってバタバタと治療死する頻度が増えるということになります。そのような現象が、昔よりも顕著にみられるのではないでしょうか。すなわち、検査技術の進歩によって転移がいくら早い時期で発見されたとしても、より強力な「毒性」を有する新規抗がん剤を使用すれば、その「縮命効果」によって生存期間が昔よりも延びることは通常起こりえないはずです。

 

それでは、近藤言説を一気に覆すエビデンスがあるので以下説明していきます。

 

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これら2枚の図は愛知県立がんセンターより報告された、転移性胃がん患者と転移性大腸がん患者に対して、年代別に行われた抗がん剤治療の生存成績データです。

まず胃がんの場合(上図)、2001 年より 2004 年まで治療を受けた患者群(325名)と、2005 年より 2009 年まで治療を受けた患者群(379名)の生存曲線グラフを比較してみると、ほぼ重なっているのがわかります。理由としては、2001 年~ 2009 年を通じて、胃がんで使用される抗がん剤のオプションに大きな変化がなかったからです (Shitara K, etal. Gastric Cancer 2011; 14: 155-160)。

一方、大腸がんの場合はどうでしょうか(下図)。2005 年 4 月より 2007 年 3 月まで治療を受けた患者群(157名 コホートA)と、2007 年 4 月より 2009 年 3 月まで治療を受けた患者群(174名 コホートB)の生存曲線の間には、胃がんの場合とは違って、明らかに差が開いています。 この成績差が生まれる原因は、果たして近藤氏が主張する 'リード・タイム・バイアス' に収斂されるのでしょうか。2005年 ~ 2009 年の期間中、検査技術レベルに大きな革新が起きた話なんて聞いたことがありません。

 

では、本当の理由を申し上げます。実は 2007 年を境にして、新規抗がん剤 ベバシズマブ、セツキシマブ、パニツムマブが次々と承認され、新たなオプションが数多く使用できるようになったからです (Shitara K, et al. Oncology 2011; 81: 167-174)。
無治療で得られる生存期間 (中央値) が、かつては8ヵ月ほどであったことを基準として考えると、現在の新規抗がん剤の効果によって、生存期間 (中央値) で優に30ヵ月を越える利益が得られるようになっています。そして何よりも大切な証拠は、近藤氏は治療経験がないのでご存知ないかと思いますが、冒頭でも述べたように、抗がん剤の利益を患者さん自らが実感し、現場でしっかりと再現されているということでしょう。

これら事実を鑑みると、決して 'リード・タイム・バイアス' という理屈ではなく、大腸がん抗がん剤の進歩によって、生存利益がしっかり証明されているということを素直に認めるべきではないでしょうか。

 

以上より、近藤言説で乱用されている 'リード・タイム・バイアス' の問題はこれですべて解消されたことになります。

最後に、前々回のブログで取り上げた近藤氏作成のグラフ資料こそ、「リード・タイム・バイアス」がふんだんに実践されたものであり、その大きな自己矛盾をしっかり認識していただきたいものです。

 


次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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