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大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、あくまでも個人的な「つぶやき」ブログ

近藤誠氏の嘘を明かす⑥ -胃がん手術のエビデンスはない?-

胃がんを手術したら寿命が延びるというエビデンス(証拠となるデータ)は存在していません。近年では、早期胃がんが発見されるようになり、切除手術をされたり、内視鏡で治療されたりするようになりましたが、やはり寿命を延ばすというデータはないままです。統計上、術死者の数は巧妙に隠蔽されてきましたが、がん手術の危険性は外科医らが誰よりもよく知っています。にもかかわらず、19世紀のビルロートの時代から「がんは切る」という思想が変わらないのは、まさしくがん医療が宗教の一種になっているからなのです。(『がん患者よ、近藤誠を疑え』2016年 日本文芸社)

 

近藤誠氏によると、「胃がん手術で寿命が延びるというエビデンスはない」とのことです。では、何と比較しての話なのでしょうか。もちろん、'放置' より寿命が延びることを示したエビデンスはないと仰りたいのだと思います。それに白黒をつけるために、果たして「手術 vs 放置」の比較は実際に可能でしょうか?

 

では話を変えて、比較試験でないとエビデンスとしては認められないという原理主義を皮肉った論文(Smith GC & Pell JP. BMJ 2003; 327:1459-1461)を引用してみます 。

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「パラシュートを装着することで着陸リスクを減らせるか」という命題を検証するために、果たして「パラシュート装着 vs 何も付けない」の比較は可能でしょうか?

近藤氏のロジックに従うと、「パラシュートを装着することで着陸リスクを減らすエビデンスはない」と断じているのに似ています。

 

EBM(エビデンス・ベース・メディシン)とは、
「個々の患者さんの治療について意思決定をする際に、良心的かつ客観的で、思慮深い態度をもって、今ある最良のエビデンスを根拠として医療を提供すること」

と定義されています (Sackett DL, et al. BMJ 1996; 312: 71-72)。

ということは、EBM は決してエビデンスという外部情報の出し入れを目的化した作業ではないということです。あくまで、医師個々に備わったスキルや学問的知識、経験則などが備わっていることが大前提であり、患者さんにとって最善の医療が提供されるために根拠となりうる最良のエビデンスの希求が EBM の本質だといえます。

 

早期胃がんの場合、これまでに手術によって数えきれない患者さんの命が救われ、その利益は '経験則' として十分に証明されています。いくら「手術 vs 放置」の比較を示したエビデンスが存在しなくても、EBM 普及以前より早期胃がん患者さんに手術が施されることによって良好な治療成績が得られている多数のエビデンスが存在します。

その代表例として、当時の国立がん研究センター中央病院で行われた、早期胃がん患者1400 例以上の手術成績があります(笹子三津留 ほか 『胃と腸』第28巻 第3号 1993年) 。他病死を除いた早期胃がん全体の生存率について、5年生存率 98%、10年生存率 96%という結果です。
最近、マスメディアでも大きく取り上げられた全国がんセンター協議会(全がん協)より、全国のがん診療拠点病院で行われた早期胃がんに相当するステージⅠの治療成績がまとめて報告されました。それによると、1999-2002 年に手術を受けた 3706 例の早期胃がん患者の10年相対生存率は 95%という結果でした。

実際の臨床現場でもこれらのデータと等しい結果はしっかりと再現されています。もちろん、近藤言説にしばしば登場するような、手術を受けると「バタバタと合併症で亡くなる」ような現象も現実とは大きく異なります。

 

もし、「手術は放置と比較して延命効果がない」と断言されるのであれば、'放置' で一体どれほどの治癒率が見込めるのでしょうか。放置を推奨されるのであれば、手術で得られている上記の客観的データに匹敵するような数字を示すべきです。

 

一方で、近藤氏は放置することの妥当性を裏付けるデータとして、以下のわずか20数行程度の文で書かれた海外論文を調達してきます。

要約すると、オーストリアで、無治療で観察された早期胃がん患者7名を追跡したところ、約 1~3 年間は変化がなかったというものです。
うち、3人は肺炎や心不全で死亡し、1人は2年2ヵ月で消息不明となっています。残った3人は胃がんと診断されてから、1年~1年6ヵ月は生存していたというだけの内容です。もちろん、その3人の長期生存成績は示されていません(Bodner E, et al.Lancet 1988; 2: 631)。

この論文が、近藤氏にとってではなく、実際の患者さんにとって 「最良のエビデンス」になりうるとは到底思えません。治りたいと願う早期胃がん患者さんすべてに対して、このようなエビデンスを持ち出すことで、'放置' を一般化するふるまいは極めて乱暴です。

'手術' の妥当性を証明するためには比較試験によるエビデンスを要求するのに、'放置' の根拠となるエビデンスは、わずか7例(実際は3例)の症例報告と自身のわずかな体験談というのでは、先に示した EBM の本質をまったく理解されていないのではないでしょうか。

 

しかし、近藤氏は怯みません。かつて『週刊文春』誌上で対論した後、小学館『ビッグコミック』の連載漫画「医者を見たら死神と思え」(原作=よこみぞ邦彦、画=はしもとみつお、監修=近藤誠)の第23・24話(2015年10/25・11/10号)で、漫画の主人公が以下のように反論しています。

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「僕がその論文を持ち出したのは、信頼に足る研究機関の報告だからだ。古いから当てにならないと言ったら、全ての医療分野の治療根拠がなくなるし……7例あれば立派な反証になる。むしろ反証は1つでもいいくらいだ」と。この漫画の主人公は、監修をしている近藤氏をモチーフとして描かれています。フィクションであることを利用して近藤理論を忠実に表現している問題漫画ですが、なぜか実在の「近藤誠」医師が突然出てくる場面もあります。そして、次のようなコメントを発します。「今年7月、ある週刊誌でかねてから私を批判してきた医者との対談企画が実現しました。その医者はまだ若いせいか、いささか勉強不足でした」と。

 

早期胃がん患者を長期間放置させると、どのような転帰になるのでしょうか。それを示した大阪府立成人病センターからの報告があるので紹介しておきます (Tsukuma H, et al. Gut 2000; 47: 618-621)。

要約すると、早期胃がん患者56人が何らかの理由で放置を選んだケースにおいて、36人(64%) が進行胃がんへと移り、早期胃がんのまま維持できた期間が中央値(注:数字データを小さい順に並べた時に、中央に位置する値)で3年8ヵ月、13人 (37%) は5年以内に進行したという論文です。
どのような早期胃がん患者が研究対象として抽出されたのかという選択バイアスが生じるのを筆者は認めたうえで、それでも時間経過によって早期胃がんを放置すると進行胃がんに移り変わっていくリスクを明確に報告しています。

また、近藤氏が引用するオーストリアの論文には、患者の生存期間についてのデータは一切示されていませんが、この論文の中には、最初は放置を選択したものの、あとで遅れて手術を受け入れた患者群と、手術拒否を貫いた患者群の生存比較が示されています。

 

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結果は、遅れたとしても手術の介入のある患者群の方が、生存期間中央値で 129か月 vs 75 か月と明らかに上回り、この観察研究では放置し続けることの「生命リスク」がデータとして明確に示されています。しかし、近藤氏はこの論文結果についてフェアに吟味しようとはしません。

 

以上より、早期胃がんの話だけをみても、エビデンス収集や解釈の仕方にフェアな一貫性がみられません。先のオーストリア論文のような質の低いエビデンスを持ち出してくるように、個人の主観のみでそのエビデンスの善し悪し (好き嫌い) が判断されてしまいます。

一般向けにはいくらセンセーショナルに映ったとしても、そのために都合よくつくられた仮説は、公で耐えうる論理ではない ので、医師同士の理知的な議論も不可能にしてしまうわけです。

 

次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/11/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)