大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、あくまでも個人的な「つぶやき」ブログ

近藤誠氏の嘘を明かす⑦ -外科医へのルサンチマン 胃がんD2郭清リスク-

ご自身の仮説を検証されたいのであれば、しっかりと医学論文を書いて評価を仰ぐべきです。しかし、論文ひとつ書くわけでもなく、漫画というツールを利用することで、テクニカルな布教活動に余念がありません。『ビッグコミック』(小学館)で連載されているその漫画のタイトルは、『医者を見たら死神と思え』。近藤誠氏が監修を務め、彼の言説が忠実に描かれている問題作です。そして、医者の中でもとりわけ外科医に対する感情的な表現が随所にみられます。

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ヤクザはしろうと衆を殺したり、指を詰めさせたりすることはありません。強盗だって、たいていはお金をとるだけです。しかし医者は、患者を脅してお金を払ってもらった上に、しょっちゅう体を不自由にさせたり、死なせたりする。(『医者に殺されない47の心得』2012年 アスコム より)

 

外科医は本当に「死神」なのでしょうか。

患者さんひとりひとりの状況に応じたリスクとベネフィットというトレードオフをもっとも考えないといけないのが手術です。にもかかわらず、近藤氏の「手術を受けるべきではない」と一言で切って捨てるような姿勢は、おそらくは自身の好き嫌いの「主観」の話であって、治りたいと願う個々の患者さんにとって一般化できる話にはなりえません。近藤氏が執拗に外科医を貶める理由は一体なぜなのでしょうか。それを垣間見る外科医への感情記述があります。

 

ぼくはこのときの外科のやり方に、今でも怒りを覚えている。ぼくを訪ねてきたことがわかっているのに、手術室にむりやり連れ込んで乳房を全摘しようとした。これは犯罪ではないのか。手術に至れば、立派な傷害罪だろう。しかし外科医たちは、手術すれば、どうせ患者は泣き寝入りすると踏んでいたのだ。欧米では、患者に十分な説明をせずに手術して臓器を切除すれば刑法違反である。考えてみれば外科医たちの行為は、詐欺や強盗より悪質である。なぜならば、それらの犯罪で奪うものはお金にすぎないが、患者を欺き脅して奪うものは臓器なのだ。そればかりでなく、後遺症で苦しめ、ときに死に至らしめる(術死)。(『がんより怖いがん治療』2014年 小学館 より )


腹わたが煮えくり返りました。このオトシマエどうつけてくれよう。しかし、僕が望んだのは外科に復讐することではありません。「この野郎!」という思いはもちろんあります。ただそれは、私憤ではなく、公憤でした。(『近藤誠の「女性の医学」』2015年 集英社 より)


慶応義塾大学病院時代に、当時の外科医たちとの間に行き違いや確執がいろいろあったのかもしれません。しかし、上記にみられるような根深いルサンチマンをいまだに抱えている医師が、ある「立場」をとってしまうことで、がん患者さんの幸福のことを何よりも最優先するフェアな思考が本当に働くのか心配になります。

 

さて、治癒が目指せる進行胃がんの場合、がんが存在する層が深くなればなるほど再発するリスクは高まります。

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胃の周囲にある豊富なリンパ流を考慮すると、進行胃がんを治すためには、単純にがん病巣だけを取り除くのではなく、がん細胞がリンパの流れに乗って広がっていくエリアを計算に入れてリンパ節の切除(郭清)を加えることが必要です。かりに近隣エリアのリンパ節にすでに転移していたとしても、郭清を少し広い範囲で行う D2リンパ節郭清 (D2郭清)をすることによって、手術でがんをすべて取り除ける可能性が高まります。

この D2郭清 は、現在、進行した胃がんを治すための標準術式となっています。再発してしまうと後戻りができなくなるために '一発勝負' が求められる胃がん手術において、リンパ節に潜んでいる目に見えないがんまでも取り遺しのないようにするために日本独自で確立されたのがこの術式です。
ところが、この D2郭清 に対する近藤氏のネガティブ・キャンペーンは執拗です。「臓器をごっそり切り刻まれ、術後の後遺症は著しく、早期に死に至らしめる治療」だと繰り返します。

近藤氏は、何がなんでも D2郭清 を悪とみなすために以降に紹介するエビデンスを振りかざしてきます。それは、治癒を目指せる進行胃がん患者を対象に、「D1郭清 vs D2郭清」を比較したオランダと英国で行われたランダム化比較試験のことです。

 

その前に、留意すべき事項があります。手術どうしの優劣を比較したい場合は、それぞれの手術の質が確立されていないとフェアな比較が成りたたないという事です。なぜならば、抗がん剤のような薬物治療どうしを比較する場合は、抗がん剤を専門的に使用するスキルが求められますが、どこの国 (例外として中国はニセモノが多い)、どこの病院においても、薬自体の品質保証は基本的には保たれています。しかし、手術の場合には、外科医によって、病院によって、あるいは国によって、考え方や質が異なる「手技」であるわけです。

例えば、次のような論文報告があります。米国で、手術件数の少ない病院と多い病院とで、同じ胃がんの手術を比較した時に、手術件数の少ない病院のほうが、手術による死亡率が高いという結果でした (Birkmeyer JD, et al. N Engl J Med 2002; 346: 1128-1137)。当然のことながら、手術件数がいくら多い病院内であっても、群馬大学病院第二外科のように執刀医師の個人レベルによっても手術の質は大きく変わってくるわけです。ですから、胃がん手術の「D1郭清 vs D2郭清」を比較する場合には、手技として難しくなる D2郭清 の質がしっかり担保されている状況、言いかえると、比較試験に参加する外科医たちの誰もが、D2郭清 をしっかり行える状況で行われるべきだということです。

 

さて、オランダ試験の最初の結果は1999年に報告され (Bonenkamp JJ, et al. N Engl J Med 1999; 340: 908-914)、その後15年間の長期追跡データも追加報告されました (Songun I, et al. Lancet Oncol 2010; 11: 439-449)。それらエビデンスをふまえたうえで、このオランダ試験を吟味してみます 。

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上図で示されるように、711人の胃がん患者を対象にして行われた「D1郭清 vs D2郭清」は、全生存期間において、グラフでは両群間に若干の差がみられますが、統計学的には差がないという結果でした。すなわち、D2郭清 の生存利益を示すことができなかったということになります。
さらには、安全性の面において、D2郭清 を受けた患者群のほうが、術後の合併症ならびに手術関連死亡リスクが上回るという結果になりました。これが近藤氏の D2郭清 批判の大きな根拠となっているわけです。

しかし、この比較試験の背景をしっかり把握しておかないと、この結果に隠されている事実関係がみえなくなってしまうので説明します。

 

まず、欧米では東アジアと比較して、胃がん自体がマイナーながん疾患として扱われているために、個々の外科医が経験する胃がん手術経験が非常に少ないという事情が背景にあります。それは何を意味するかというと、専門的な胃がん手術に対する技術向上の教育が広く普及されていないために、欧米の外科医は総じてリンパ節を郭清するという意識が乏しいわけです。ただ単純に胃切除をすることに近い D1郭清 が主流であったオランダで、「D1郭清 vs D2郭清」の比較を行うためには、オランダの外科医たちに、しっかりゼロから D2郭清 を学ばせないといけない問題に直面しました。そこで、当時の国立がんセンター中央病院 (現 国立がん研究センター中央病院)外科に所属されていた笹子三津留氏 (現 兵庫医科大学教授) がオランダにあるライデン大学のvan de Velde 氏の招聘により、オランダの外科医たちに日本の D2郭清 の手技指導を行うことになりました。
しかし、いくら D2郭清 手技が教えられたとはいえ、わずか短期間の教育に過ぎず、経験レベルが目に見えて全体的に不足していました。言い換えると、日本の手術を見よう見まねで行った D2郭清 レベルで、このオランダ試験が行われてしまったと言えるでしょう。

案の定、D2郭清 を受けた患者集団のほうに合併症が高頻度に起き、手術関連死亡率について D1郭清 で4%に対して D2郭清 では10%と、日本のそれとは考えられない高い死亡率を示しました。したがって、全生存期間において「D1郭清 vs D2郭清」に差がつかなかった主たる原因はそのためであり、研究グループも謙虚にその事実を受け入れたうえで、以下の結果事実を強調しています。

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比較試験としては「D1郭清 vs D2郭清」で差がなかった生存成績ですが、他の要因で死亡した例を除き、再発して胃がん死するリスクのみを取り上げたデータ図をみると、明らかに D1郭清 よりも D2 郭清 のほうが、胃がん死亡リスクが低いことがわかります。さらに、D2郭清 のほうが局所での再発リスクが低い、つまりは D1郭清 だとがんの取り遺しが多いという結果でした。

しかし、近藤氏はこのような背景にまったく触れることなく、表に出ている数字のみで D2郭清 はダメだと説きます。「臓器とセットでリンパ節もごっそり切除し、後遺症の温床である」「リンパ節郭清をしても生存率を向上させず、転移予防にならない」と。

 

時を同じくして英国でも、切除で治癒を目指せる胃がん患者400人を対象として、「D1郭清 vs D2郭清」のランダム化比較試験が行われました。このエビデンスも、近藤氏はよく引用します。なぜならば、D2郭清 によってバタバタ死ぬという近藤仮説にとっては都合のよい現象を再現しているからす。

 

 

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図が示すように、オランダのランダム化比較試験と同様に、「D1郭清 vs D2郭清」の比較で両群間に差は認められず、むしろ D2郭清 群の生存曲線は D1郭清 群のそれを下回っているという結果でした(Cuschieri A, et al. Br J Cancer 1999; 79: 1522-1530)。安全面においては、手術関連死亡率は D1郭清 で 6.5% に対して D2郭清 では 13% と、オランダよりさらに悪いものとなりました。

しかし、英国の平均的手術レベルが高くないのは世界中で認知されている問題です。そして、オランダの場合とは違って、D2郭清 手技のまともな教育がないままに比較試験が行われ、日本では考えられないほどの多くの重篤な合併症が起きてしまったというのが本当の話です。そして、英国の胃がん手術の生存曲線が、まさに近藤氏の理想とする指数関数的な形 (前々回ブログで説明) に似ています。
日本の胃がん手術の場合、最初の1~2年の死亡発生リスクが低いために手術後の生存曲線は「上に凸」の形になることを後日述べることにして、この時の英国の生存曲線の形について検討してみます。

 

英国で D2郭清 を受けた患者集団のリスク集合(実際の生存数;図下欄に示す数字)をご覧いただくと、最初200人いたのが、1年時で132人、2年時で97人となっています。生存割合は術後1年目で66%、2年目で48.5%です。
ここで冷静にこの結果について考えてみましょう。最初、D2郭清 を200人が受けて、術後わずか1年で132人しか生存していないということは、裏を返すと200人中なんと68人もの患者さんが1年以内に死亡しているということです。さらには、まだ術後2年目にもかかわらず200人中103人も死亡していることもわかります。これは、日本の医療現場では信じ難い高い死亡率です。それだけでは終わりません。なんと D1郭清 のほうも、200人中術後1年以内に58人、2年以内に92人も死亡しています。

この比較試験の対象となったのは決して進行がん患者ばかりではなかったようです。おそらくは早期胃がんも含んだステージⅠのケースが全体で35%も含まれていました。それにもかかわらず、ステージⅠの5年生存率ですらも、わずか64%だったようです。
はっきり申し上げると、当時の英国の胃がん手術レベルは日本とは比べられないほど、とんでもなく劣悪だったといえます。ところが翻ると、近藤氏にとってはまさに打って付けの論文データだということです。

 

さて、話は逸れますが、日本が外から関わったオランダ試験での反省をふまえ、より根治を目指すためにはどうしたらよいのか。次なるは予防的にさらに広く傍大動脈リンパ節までも追加郭清 (D3郭清) したほうがよいのかを検証するために、522人の胃がん患者を対象として「D2郭清 vs D3郭清」のランダム化比較試験が日本だけで行われました。

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結果は、図に示すように、両群の生存曲線がほぼ重なったことから、予防的 D3郭清 の 利益は証明できず、これをもって根治を目指せる進行胃がん手術は D2郭清 が標準術式とみなされたのです(Sasako M, et al. N Engl J Med 2008; 359: 453-462)。
もちろん、生存曲線は英国のように術後1~2年でバタバタ死ぬ現象がない結果、詳細は次回に説明しますが「上に凸」の形を示しています。要するに、英国の生存曲線の形とはまるで違うということです。
良識ある外科医が何でも切り刻みたがっていないことは、こうしたエビデンスを公平に受け入れる科学的姿勢からも明らかです。生存利益を見いだせるのであれば切除が推奨され、そうでなければ無理をして切除すべきでない。それが前回ブログで紹介したEBMの実践です。

 

現実問題として、欧米の胃がん手術は今でもなお途上段階といえます。現行の欧米の治療ガイドラインでは、進行胃がんに対して D2郭清 を標準手術として認めながらも、「トレーニングされた外科医がいて、手術件数が豊富な施設に限定して行われるべき手術である」と記載されています。胃がんに関しては、手術手技の未熟さを自覚してか、そのスキル不足分を抗がん剤や放射線治療で無理矢理カバーしようとしているのが欧米流スタイルであり、日本の高い手術レベルが広く標準化されるのは今後も難しいと思われます。したがって、海外で行われた胃がん手術のエビデンスはほとんど参考にならないというのが本当の話です。
然るに、手術の生存利益をどうしても認めたくない「立場」をとる近藤氏にとっては、これまで説明してきたような背景をフェアに取り上げることは絶対にしません。挙句には、次のような主張もあるくらいです。


臓器転移の存在が明らかでなければ、進行がんでも、もどきの可能性があるのです。また、リンパ節転移が存在しても、臓器転移がなければ、もどきです。(『あなたの癌は、がんもどき』2010年 梧桐書院 より)


そうやって放置を推奨する一方で、胃がん手術がまるで恐怖治療であるかのようにリスクを煽り続けるのですが、実際の日本の胃がん D2郭清 の安全性について、前記のエビデンスによると、重篤な合併症である縫合不全の発生リスクは5.3%、腹腔内膿瘍は5.3%、術後肺炎が4.6%、そして手術関連死亡率は0.8%と、海外のリスクと比べて安全性がしっかり担保されていることが証明されています (Sasako M, et al. N Engl J Med 2008; 359: 453-462)。

 

近藤氏による「手術をすると1~2 年でバタバタ早死にする」という言説。これはエビデンスの裏付け云々の話ではなくて、外科医へのルサンチマンに端を発した '虚偽' ということになります。

 

次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/11/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)