大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、個人的な「つぶやき」ブログ

近藤誠氏の嘘を明かす⑧ -「打ち切り」の悪用 -

近藤誠氏のこれまでの言説によると、生存曲線の形が「上に凸」だと人為的操作が加わっている、とのことです。今回は別の観点からその誤謬を糺してみたいと思います。

 

固形がんで抗がん剤を標準治療とするのは間違いです。抗がん剤には患者を延命させる力はないのです。なぜそう言い切れるのか。抗がん剤の臨床試験結果が教えてくれます。臨床試験は、延命効果を確認する最終手段ですが、試験結果では、抗がん剤に延命効果は認められない。(『抗がん剤は効かない』2011年 文藝春秋より)

 

近藤氏に「生存曲線の形が奇妙」だと判定された途端、そのエビデンスがインチキ扱いされてしまう問題については以前のブログでも取り上げました。


生存曲線の形について議論を深めていただく前に、必要となる基礎的な事項を最初に説明してみます。
まず、生存期間とは、ある特定の時点から、「死亡」という出来事(イベント)が起きるまでの時間のことを指します。そして、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法という統計学的手法によって生存曲線は描かれます。生存曲線をみた時に、縦軸は生存割合、横軸は時間としてグラフが描かれます。最初のスタート時点0の時は、患者集団全員が生存しているところから始まるので、縦軸では100%から始まります。そして、横軸の右へいくほど時間は経過していきます。時間がたつにつれて、各時点で「死亡」イベントが発生するために、生存割合も徐々に減っていくわけです。「死亡」イベントが発生するたびに、曲線は階段を下りる形で減っていきます。

 

それでは、簡単な具体例を挙げて説明します。
5人の患者集団を対象として、5年間追跡されたとします。その間、Aさんは5年時点、Bさんは1年時点、Cさんは3年時点、Dさんは2年時点、Eさんは3年時点で「死亡」イベントが確認されたとしましょう。

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この患者集団の生存曲線はどのように描かれるのか説明します。まずは、手順として生存期間が短い順番に、左端に揃えて患者さん5人を並び替えます。

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では、生存曲線を描いてみましょう。縦軸では100%、横軸では0からスタートして、1年時点でまずは1人(Bさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、5人中1人減った4人なので、4/5=80%となります。分母は5人から4人に減りました。次に、2年時点でまた1人(Dさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、4人中1人減った3人なので、全体の生存割合は、4/5×3/4=60%となります。分母は4人から3人に減りました。3年時点では2人(Cさん、Eさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段は2段降ります。この時の生存割合は、3人中2人減って1人なので、全体の生存割合は、4/5×3/4×1/3=20% となります。分母は3人から1人になりました。最後に、5年時点で1人(Aさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、1人中1人減った0人なので、全体の生存割合は、4/5×3/4×1/3×0/1=0% となります。
これの全体像が次のような生存曲線となります。

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 しかし、現実的にはこのように理想通りにはなりません。例えば患者さんと急に連絡が取れなくなったり、何の音沙汰もなく引っ越してしまったり、転院を重ねたりすることで生死の確認がとれなくなるケースは必ず発生します。ある患者さんの最近の生存確認がとれない場合は、生存が最後に確認されていた時点に遡って「打ち切り」と扱われます。そして、その時点で生存曲線に「ヒゲ印」が付きます。論文によってはヒゲ印が付けられていない生存曲線もあります。
では、先ほどの例で、Dさんに「打ち切り」が発生した場合にどうなるでしょうか。具体的には、2年時には外来で生存が確認されていたのですが、それ以降行方不明になってしまったケースです。この場合、Dさんは2年時点で「打ち切り」として扱われます。

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手順を同じくして生存期間が短い順番に、左端に揃えて患者さん5人を並び替えます。

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この場合の生存曲線はどうなるでしょうか。1年時点でまずは1人(Bさん)の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、5人中1人減った4人なので、4/5=80%となります。分母は5人から4人に減りました。Dさんは2年時点で「打ち切り」になっているので、ここでヒゲ印が付きます。そして、今後「死亡」イベントが起きうる分母(リスク集合; 実際の生存数)からDさんは省かれてしまいます。具体的には、1年目で死亡したBさんが除かれた4人ではなく、さらにDさんも除かれた3人という計算になります。そして、次に死亡イベントが確認されるのが3年時点です。ここでは、Cさん、Eさんの2人が死亡しているので、イベントの階段は2段降ります。この時の生存割合は、3人中2人減った1人なので、全体の生存割合は、4/5×1/3=27%となります。最後に、5年時点で1人 (Aさん) の死亡が確認されたので、イベントの階段を1段降ります。この時の生存割合は、1人中1人減った0人なので、全体の生存割合は、4/5×1/3×0/1=0% となります。

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この「打ち切りあり」の生存曲線は前者の「打ち切りなし」の生存曲線と比較してみると、確かに「打ち切りあり」の方が、膨らんでみえてしまいます。

 

近藤氏はこの「打ち切り」例を強調することで、生存曲線の形が奇妙になっていると頻繁に訴えます。確かに、「打ち切り」によるバイアスというものがあり、むやみに「打ち切り」が多くなると、見かけ上、生存曲線が良い方向に偏るのは事実です。この「打ち切り」がゼロになることは理想ですが、実際の臨床試験では現実的には不可能であることが一般的です。
そこで、患者集団の生存確認について、十分に追跡されているかどうかを視えるようにするために、「リスク集合」というものがあります。これは、ある時点までしっかり洩れなく追跡されている実際の生存患者の数のことです。言い換えると、その時点において「打ち切り」を受けていない生存患者数を意味します。この「リスク集合」から、打ち切りの程度や分布が容易に予測できるので、後で応用問題として説明します。つまり、論文の生存曲線にヒゲ印が付いていなくても、どの程度しっかり患者が追跡されているかが確認できます。


さて、ここまでの基礎的な事項をふまえたうえで、「生存曲線が奇妙な形」という理由で近藤氏によって断罪されてしまった日本発の胃がん補助化学療法のエビデンスについて検討してみます。

胃の周囲にはリンパ経路が発達しているので、手術で治癒のチャンスのある進行胃がん患者さんには、D2郭清 を伴う胃切除術が標準術式として確立されています。これについての詳細は前回触れました。

 

そして、予防的 D3郭清 に生存利益がなかったように、手術だけでの治療成績ではもはや頭打ちであり、次のテーマとしては抗がん剤によって、いかにしてより再発を予防するのか、という新たな戦略が求められました。

そこで、ステージⅡ / Ⅲの進行胃がんに対して手術を受けた1059人の患者を対象に、経口抗がん剤 S-1(エスワン)の上乗せ効果を検証するためにランダム化比較試験「手術+ エスワン vs 手術単独」が行われました。

このエスワン (ACTS-GC) 試験の症例登録は2001年から2004年まで行われ、2006年に解析された結果が第一報として2007年に一流医学誌 『The New England Journal of Medicine』 に報告されました (Sakuramoto S, et al. N Engl J Med 2007; 357: 1810-1820)。その後、5年間しっかり追跡されたアップデート解析が2011年にも報告され、結果はいずれも、手術後に抗がん剤エスワンを1年間服用したほうが、手術単独よりも再発率、死亡率を有意に下げることが示されました(Sasako M, et al. J Clin Oncol 2011; 29: 4387-4393)。このエビデンスをもって、日本では進行胃がん手術後に抗がん剤エスワンを1年間服用することが標準治療として確立されたわけです。

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しかし、胃がんにおける手術と抗がん剤、両者に対して「延命効果は存在しない」と絶対反対派の立場をとる近藤氏は、この臨床試験には大きな問題があると異を唱えます。


エスワン投与群の生存曲線は、ゆるやかですが上方に向かって凸であり、指数関数曲線になっていない。この形は前述したように、人為的操作なくしては出現しない。利益相反状況がなせるわざでしょう。(『抗がん剤は効かない』より)

 

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この生存曲線のように山なりのようになって見えるものを近藤氏は「上に凸」の形と呼び、指数関数曲線でないので「奇妙な形」としてしまいます。しかし、このロジックの前提にある Cancer 論文の主旨は、近藤氏の主観で曲解されていたことを以前ブログで説明しました。

 

では、生存曲線を見たときに「上に凸」という形が本当に起こりえないのでしょうか。

「エスワン投与群の生存曲線は、ゆるやかですが上方に向かって凸であり、指数関数曲線になっていない。」
近藤氏はエスワンが投与された生存曲線のみに言及していますが、比較対照である手術のみの生存曲線も同様に「上に凸」となっています。そこで、まず手術単独群の生存曲線の形について説明してみます。近藤氏によると、胃がん手術を受けると合併症や後遺症などで「1~2年ほどでバタバタ死ぬ」から手術を受けるべきではないと主張していますが、実際に現場で起きている話ではありません。

 

そこで、がんの進行程度にもよりますが、胃がん手術後の死亡発生リスクと生存曲線の関係を簡単に示してみるとこうなります。

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手術の後に不運にも再発してしまって、胃がんが原因でお亡くなりになるリスクは、手術を受けてから3~4年たってから後のほうで高まるのであり、最初の1~2年で「死亡」という出来事がバタバタ起きるようなことはありません。胃がん手術後1~2年では生存曲線は階段から急激に転げ落ちるような形で減りにくいために、手術単独群でも生存曲線の形がもともと「上に凸」のようになります。決して、人為的操作でもなんでもなく、日本の胃がん手術が安全で優れていることを示しています。

手術単独群の生存曲線が「上に凸」になるというベースのもとで、抗がん剤エスワンの上乗せ効果が検証された臨床試験なので、エスワン投与群の生存曲線も、同様に「上に凸」になるのは当然だといえます。

然るに、「手術でバタバタ死ぬ」「抗がん剤の毒性で死ぬ」を原理主義とする近藤氏にとっては、「上に凸」の形を肯定してしまうと持論にとって都合が悪い、ただそれだけのことなのです。

 

さらに、グラフの形が奇妙だとする他の理由について、近藤氏は著書『抗がん剤は効かない』(2011年 文藝春秋) の中で以下のように記述しています。


あまりに多数の被験者を生死不明と扱って、打ち切りケースにしてしまうからです。(中略)
被験者が通院を止めても、生死確認をしないで打ち切りケース扱いをする。これは、意識的に調査をしないという意図的行為であり、人為的操作であるわけです。このように生死が不明になったプロセスに、医者側の意図的行為が介入しない限り、生存曲線が上方に向かって凸形になることはないのです。

 

そう断言されているこの話は本当でしょうか。
ここで、先に説明した「打ち切り」についての応用問題になります。繰り返しますが、実際に臨床試験を行ってみると「打ち切り」をゼロにすることは難しいと言えます。ただし、追跡期間が短い状況で生存曲線を描いてしまうと、例えばエスワン試験の最初の報告のように「打ち切り」症例は増えてしまい、生存曲線の「精度」が落ちるのは本当です。とはいえ、このエスワン試験において、近藤氏が指摘するように生存曲線の形が変えられるほど意図的な「打ち切り」行為が本当に多かったのかを、検討してみます。

先述したリスク集合から、このケースで「打ち切り」の程度や分布を具体的に予測してみましょう。


エスワン試験の最初の報告は、追跡期間の中央値が約3年でデータ解析された結果でしたが、後に報告されたアップデート解析は、5年間しっかり追跡されています。そして、「打ち切り」症例は1059人中131人(12%)であると論文に明記されています。この程度の打ち切りが本当に生存曲線の形を奇妙に変えてしまうものでしょうか。
2007年に最初に報告された論文のエスワン投与群のリスク集合に注目してみます。

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各時点で「打ち切り」を受けていない実際の生存患者数= リスク集合は、1年時で515人、2年時で370人、3年時で196人、4年時で46人となっています。エスワン投与群の対象者数が529人ですから、それぞれの生存割合(生存者数÷対象者数)は1年時で97%、2年時で70%、3年時37%、4年時で9%のはずですが、実際の生存曲線 (グラフ) 上で示されている生存割合はどうでしょうか。1年時はグラフ上の数字とほぼ一致するので「打ち切り」の影響はないと考えられます。しかし、2年時、3年時、4年時のグラフ上で示される生存割合は、それぞれ約90%、約80%、約70%と、2年時から3年時以降で大きな乖離がみられます。したがって、この最初の解析結果では、「打ち切り」例の多くは数字の乖離が顕著な3年時辺りから偏って分布していたことが予測されます。追跡期間の中央値が約3年の解析結果なので、この結果は仕方がないともいえるでしょう。

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しかし、2011年に報告された5年間追跡アップデート結果では、最初の解析結果で「打ち切り」として扱われていた症例の生存確認が増えたことで、より「精度」が高まった生存曲線となっています。
グラフを見てみると、「打ち切り」を受けていない実際の生存患者数= リスク集合は、1年時で515人、2年時で465人、3年時で416人、4年時で363人、5年時で316人と2007年の報告時よりも、明らかに増えているのがわかります。それぞれの生存割合(生存者数÷対象者数)は1年時で97%、2年時で88%、3年時で79%、4年時で69%、5年時で60%となるわけですが、実際のグラフ上で示されている生存割合は、1~4年時ではほとんど一致するので、「打ち切り」の影響はないと考えられます。しかし、5年時では10%以上の乖離がみられるので、このアップデート解析結果では、「打ち切り」例の分布は4~5年と後の方に偏って分布していることが予想されます。


まとめると、エスワン投与群の生存曲線の形を奇妙にさせるような「打ち切り」バイアスは、少なくとも生存曲線の形を「上に凸」にしている1~2年時点では存在しないことがわかりました。

したがって以上より、このエビデンスがインチキだとする近藤氏が掲げる次の二つの理由

  • 指数関数曲線ではないのは人為的操作が働いているから
  • 「上に凸」形になるのは意図的な「打ち切り」バイアスがあるから

これらを裏付ける根拠はこれですべて失ったことになります。

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実際に放置する決心をした方も150人以上いるのですが、全員が受診を続けるわけではなく、初診時に「何かあるまで、もう来ない」と宣言して帰られる方もおられます。全員を追跡調査することも考えましたが、家族に(がんであることを)内緒にしている方も少なくないので、手紙や電話は差し上げられない。とすれば、把握している患者だけについて「何人中何人にこういうことが生じた」と提示するのは不正確です。そこで私の外来患者に関しては、「こういう事例が多かった」とか「数人診ているが、その限りでは一人もいない」というように、抽象化して提示することにします。(『あなたの癌は、がんもどき』2010年 梧桐書院 より)

 

意図的な「打ち切り」によって生存曲線の形が奇妙だからと、多くのエビデンスをインチキと裁くのに、自身の放置させた患者に対しては、まともな追跡調査も行わず、「打ち切り」のオンパレード=患者放置状態 であるわけです。それでよくこのような生存曲線を描けるものです。「打ち切り」への理解が乏しいか、思考が破綻しているのかのどちらかでしょう。

 

次回に続きます。

 

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください

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  • 作者: 大場大
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/11/12
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