読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、あくまでも個人的な「つぶやき」ブログ

一般社団法人 予防医療普及協会様へ

 

 

f:id:masaruoba:20170113185346j:plain

〈予防医療普及協会 ホームページ より〉

 

前回ブログの前半部分で、ピロリ菌の話をしたところ、堀江貴文氏が発起人を務める一般社団法人 予防医療普及協会様から当記事に対して、

  • 1月5日付の貴殿ブログ内のピロリ菌に関する記事に誤りがあると考えますので、文章の削除もしくは修正とブログ内での謝罪を求めます。
  • ピロリ菌に関する記述部分に誤りがあると考えますので当該記事を削除もしくは修正するとともに誤った情報を記載したことに対する謝罪文の掲載を要望いたします。

と連絡をいただきました。

代表者は当協会顧問をされている筑波大学消化器内科の鈴木英雄医師です。私自身、ピロリ菌研究に関して門外漢なところもありますので、専門家である鈴木医師からのご指摘に学ぶべき箇所が多々ありました。そして、一部の引用論文の内容記述に誤りがあったことについては訂正いたします。また、これまでわが国のピロリ菌研究の先頭に立ってこられた研究者の方々にも心から敬意を表する次第です。

誤解のないように、何もピロリ除菌治療を否定しているわけではありません。ピロリ菌感染による胃炎環境が胃がん発生における、大きなリスク因子であることは紛れもない事実です。したがって、決して予防医療普及協会様の足を引っ張りたいわけでもありません。

 

“胃がんは感染症”

“胃がんの原因 99% はピロリ菌”

f:id:masaruoba:20170113185555j:plain

〈予防医療普及協会 ホームページ より〉

 

このように、センセーショナルな表現を用いて、胃がん発生の原因を一元的に結論づけるのは問題だと申し上げた次第です。

肩書きがいくら立派な専門家の方々のオピニオンであろうとも「飛躍した論理」と考えられ、それに対する個人的見解を取り下げるつもりはございません。

以下、鈴木医師を代表とする予防医療普及協会様からの詳細なご指摘事項を公開しながら、この場を借りて返答をさせていただきます。

 

 

【差出人】

一般社団法人 予防医療普及協会

  • 副代表理事:渡邊嘉行 医師(総合川崎臨港病院・聖マリアンナ医科大学:日本消化器病学会専門医・指導医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医、日本ヘリコバクター学会ピロリ菌感染症認定医)
  • 顧問:鈴木英雄 医師(筑波大学:日本消化器病学会専門医・指導医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医、日本ヘリコバクター学会ピロリ菌感染症認定医)
  • 顧問:間部克裕 医師(国立病院機構函館病院:日本消化器病学会専門医・指導医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医、日本ヘリコバクター学会ピロリ菌感染症認定医)

 

小生のブログ記事が貴協会関係者様に不快な思いをさせてしまったようです。わが国の胃がん予防医学に尽力されている研究者の方々には心より敬意を表しております。しかしながら、貴協会から発信されている “胃がんの99%はピロリ菌が原因” “胃がんは感染症” だとする啓蒙は、甚だ行き過ぎた結論付けだとする個人的見解を取り下げる意思はございません。

 ピロリ菌研究をライフワークとして取り組まれてきた方々のお立場を考慮しますと、"胃がんの99%はピロリ菌が原因"  "胃がんは感染症" という命題を前提としてしまう営為はご理解できないものでもありません。それらが将来的に真理として証明される日も来るかもしれません。しかしながら、現状においいては、そのように結論付けるための根拠は薄弱であると個人的には考えております。ピロリ菌感染が胃がん発生における重要なリスク因子であることは紛れもない事実であります。また、立場の違いはあれ、「ひとりでも多くの胃がん死亡者数を減らしたい」使命感は共通するところだと思われます。ですから、今回の件につきまして小生が申し上げたいのは、正しい、間違っている、という二元論的な議論をしたいのではなく、学問的ならびに臨床的解釈の相違程度としてとらえていただきたく存じます。以下、鈴木医師ならびに貴協会からいただいたコメント事項に対する返答を掲載いたします。

 

①「堀江氏の言う '胃がん' とは、おそらくは限定された胃がん、すなわち内視鏡で切除適応となっている早期胃がん (分化度の高いサイズの小さなもの) のことでしょう。それを調べたら、約99%にピロリ菌感染を認めたとする報告から引用されたのだと思います (Helicobacter 2011; 16: 415-419)。」

〈予防医療普及協会コメント〉

引用された論文の胃がんは、半分(1519/3161)が手術症例で、内視鏡切除、外科手術共に未分化癌も含んだものであり、分化型の早期胃癌だけではありません。

 

〈返答〉

この引用論文に関するブログ記述箇所についての誤りは素直に認めます。論文全内容を詳細に目を通していなかったため、手術症例について言及しておりませんでした。

正確な論文記載は、1996年~2010年に広島大学とその関連病院の症例で調査された3,161例のうちわけは、内視鏡切除 (1,642例) あるいは外科切除 症例となっております。1,642例以外のすべて (1,519例) が本当に手術症例だったのかは数字表記がないので定かではありませんが、手術症例の存在に触れなかったことに対してはお詫び申し上げます。

しかしながら、貴協会がこの論文を「胃がんの99%はピロリ菌が原因」と結論づける絶対的根拠として扱うのは、いささか問題であると申し上げておきます。

まず、全体の0.66%にしか存在しなかったピロリ陰性の胃がん21例のみが詳細に調べられているわけですが、99%以上のピロリ陽性の胃がんの背景が何も記述されていません。患者背景は?どの場所に発生した、どのような組織型?ステージの分布は?当然ながら転移性のものも含まれているはずですから、残りの1,519例すべてが外科手術とはいえないのでないでしょうか。そして、多くの手術症例が具体的な背景も含めて本当に調べられているのであれば、なぜ外科医師が共同執筆者として名がないのでしょうか。

何を申し上げたいのかと言いますと、この論文記述のみでは、3,161例を抽出したデーターベースが不安定であることを意味しています。論文内容レベルからは、本当に胃がん症例全体がカバーされているようにはみえません。

ピロリ陽性が疑われるからピロリ菌検査がされていた症例を、内視鏡医の立場のみで恣意的に選択したと取られても文句は言えないということです(セレクション・バイアス)。

この論文を小生が査読したならば、そのあたりをメジャーな問題点として指摘するかと存じます。要するに、データ取り扱いに対する詳細な条件記述がないので、この後ろ向き研究を重要なエビデンスとしてとらえるのは客観的に難しいと判断いたします。

翻ると、胃がんに高率にピロリ菌感染を認めることについては異論はございません。しかしだからといって、"胃がんの99%はピロリ菌が原因" とする一般化はいかがなものでしょうか。サンプル抽出の仕方次第では、"99%" という数字はいくらでも変わってしまうのではないでしょうか。

 

②「実際に、数多あるネズミを使った動物実際でも、ピロリ菌のみで胃がんが発生するモデルなんて見聞したことがありません」

〈予防医療普及協会コメント〉

ピロリ菌のみで砂ネズミに胃がんを発生させた論文が日本から複数出されています。Watanabe T, Tada M, Nagai H, Sasaki S, Nakao M. Helicobacter pylori infection induces gastric cancer in mongolian gerbils. Gastroenterology. 1998 Sep;115(3):642-8.

Development of Helicobacter pylori-induced gastric carcinoma in Mongolian gerbils.

Honda S, Fujioka T, Tokieda M, Satoh R, Nishizono A, Nasu M. Cancer Res. 1998 Oct 1;58(19):4255-9.

Development of poorly differentiated adenocarcinoma and carcinoid due to long-term Helicobacter pylori colonization in Mongolian gerbils. Hirayama F, Takagi S, Iwao E, Yokoyama Y, Haga K, Hanada S. J Gastroenterol. 1999 Aug;34(4):450-4.

分化型胃癌だけではなく、ピロリ菌感染のみで未分化癌も発生しています。

③「正確には、胃がんにピロリ菌感染が多く認められ、ピロリ菌は胃がん発生を惹起するための '相関関係' にあるとはいえますが、'因果関係' ではない というのが個人的見解です。」

〈予防医療普及協会コメント〉

WHOは3つの大規模疫学研究の結果から1994年にピロリ菌をGroup1の発がん物質としました。御指摘のように、その際には因果関係というにはコッホの原則を満たしていない、前向き研究がない、ということが問題視されました。ピロリ菌は宿主特異性が高く霊長類にした感染しないため動物実験が難しかったのですが、前述のようにスナネズミにピロリ菌感染単独で胃癌が発生し、その胃からピロリ菌が分離されたことでコッホの原則が満たされ、有名な上村論文(Uemura N. et al.:N. Engl. J. Med.,345(11),784-789,2001.)で前向きコホート研究でピロリ菌感染者からのみ胃癌が発見されたことが示されました。すなわち、ピロリ菌によって胃癌が発生する、という因果関係は既に科学的に証明され、2009年にWHOが再確認しています。さらに東アジア株と言われる日本のピロリ菌は欧米の菌とは比較にならない毒性の強い、胃がんになりやすい菌株が殆どであることがわかっています。

 

 〈返答〉

ピロリ菌持続感染が可能な実験動物が 'スナネズミ' に限った話であることはご承知かと存じます。通常のラットやマウスではピロリ菌持続感染が不可能だからです。そのスナネズミを用いた実験業績の蓄積は、ご指摘の如くわが国が中心となっております。それらの結果を、人(ヒト) にそのまま外挿してよいのかどうかについての議論はここでは控えることにして、なぜ「ピロリ菌のみで胃がんが発生するモデルなんて見聞したことがありません」と結論づけたのか。これにつきましては、わが国から報告されている以下の根拠に基づいております。

その前に、貴協会からご紹介いただいた研究報告については以前より把握しております。最初に申し上げますと、ピロリ菌感染のみでスナネズミに認められた病変は ‘胃がんではない’ と個人的に認識しているからです。具体的には、胃発がん研究の第一人者である元愛知県がんセンター研究所副所長 立松正衛 氏の研究成果を重要な根拠とみなしております。以下に、数多くある業績がまとめられた文献を紹介させていただきます。

参考図書: 『胃癌研究の新しい羅針盤』(著: 立松正衛 西村書店 2010年 )

 

内容を簡潔にまとめますと、立松先生らの研究グループは、長年の研究を通じて、ニトロ化合物であるMNU あるいはMNNGという化学発がん剤を使用しないとピロリ菌のみでは真の胃がんは発生しないと報告されています。

一方、予防医療普及協会様から提示されました動物実験で胃がんとして扱われている病変は、heterotopic proliferative glands (HPGs) 「異所性増殖性腺管」といいます。例えば、chromogranin A 陽性細胞の有無を調べますと、真の胃がんとは異なる病変であることが分かります。小生もかつて研究していた十二指腸胃逆流によるラットモデルでも、これに似た病変を高頻度に認めるわけですが、胃がんとは定義しておりません。

 立松グループによる動物研究の話に戻りますと、ピロリ菌は胃がんの強力なプロモーター (すでにがん化した細胞の成長・増殖を促す働き) ですが、イニシエーター (直接原因) ではないとされています。そのプロモーター主役は確かにピロリ感染であり、脇役が高濃度食塩だと証明され、これらの実験結果にすべて賛同している次第です。

以上より、ピロリ菌単独で胃がんが発生する動物モデルは現在も確立されていない、とする個人的見解について訂正する箇所はございません。

 

スナネズミから離れて、人(ヒト) について論じる場合、胃という臓器は、ピロリ菌のみならず、様々な細菌、ウィルス(EBウィルス含む)、寄生虫、化学物質、食塩、薬物、アルコールなどに外因的に暴露される場であり、さらには食べた物が胃液によって塩酸消毒とタンパク分解が繰り返される場でもあります。日常にある心因的ストレスの影響も受けるでしょう。

 ピロリ感染が胃がん発生母地である炎症環境 (萎縮に伴う腸上皮化生や幽門腺化生などの再生変化) の起点になっているのは事実ですが、それを引き起こすための粘膜障害はピロリ菌側のみの条件で生じるのでしょうか。胃粘膜 (宿主) 側の免疫応答も含めた様々な条件が複雑に絡み合って成立するものと、小生は考えております。免疫不全マウスでは、ピロリ感染が容易に起きても、ピロリ菌のみでは粘膜障害や胃炎を起こしえないことを示す実験データもあります。

 

形態学的にも、ピロリ菌はご承知のごとく、好中球浸潤を特徴とする炎症を惹起するわけですが、胃の上皮を破壊して粘膜内に能動的に侵入することはありません。ですから、スナネズミの実験でも示されているように、直接原因としてまだ解明されていない第3因子の存在下において、ピロリ感染が発がんを助長 (プロモート) するのであり、直接的に発がんさせるものでないと個人的には考えております。

参考図書:『胃の病理形態学』(著: 滝澤登一郎 医学書院 2003年)

 

④「全体をみるとピロリ陰性の胃がんも少なくありません。」

〈予防医療普及協会コメント〉

先の論文 (Helicobacter 2011; 16: 415-419) からもピロリが関連無いものは0.6パーセントでピロリ菌陰性の胃がんはほとんどありません。また、2014年のWHOの報告では世界の胃癌の78%、非噴門部胃癌の89%がピロリ菌によるものと公表しています。

 

〈返答〉

データベースが不確かな1本の後ろ向き調査報告のみでピロリが関連無いものは0.6パーセントでピロリ菌陰性の胃がんはほとんどありません」と一般化してしまうことに違和感を覚えます。同じ日本からの報告で、胃がん症例748例中、ピロリ陽性が642例  (85.8%)、ピロリ陰性が106例 (14.2%) という結果もございます。

 

繰り返しになりますが、先の立松研究グループからの実験報告も根拠としながら、ピロリ感染は胃がん発生の強力なプロモーター としては認識しておりますが、イニシエーター (直接原因) ではないと理解している個人的見解に訂正はございません。

 

WHOの報告数字について、原文を確認しておりませんが、総データであれば衛生管理が行き届いていない数多くの途上国も含めた対象データになりますので、日本の現状を必ずしも反映しているとは言えません。さらに、この数字の見方を変えますと、「世界の胃癌の22%、非噴門部胃癌の11%がピロリ菌陰性によるもの」となり、やはりピロリ菌陰性の胃がんは無視できない割合で存在するとも言えるでしょう。

 

⑤「では、われわれ健常人を対象にした場合はどうでしょうか。2,258人のピロリ陽性被検者を対象に、除菌 vs 非除菌 を比較したランダム化試験があります (J Natl Cancer Inst 2012; 104: 488-492)。15年間追跡した結果、除菌した1,130人のうち34人(3%)に胃がんが発見されました。一方で、非除菌の1,128人のうち52人(4.6%)に胃がんが発見されました。結果、除菌によって39%の胃がん発生リスク減につながったという報告です。翻ると、除菌予防効果はこのレベルの話だということです。そして、「むだ死に」とはいいますが、胃がん死亡率の比較でみると除菌による有用性は認められていません。」

 〈予防医療普及協会コメント〉

この論文は大規模ランダム化試験であり最も信頼のある手法です。55歳以上では胃癌死亡率も有意に胃癌が減少しています。ピロリ菌感染は多くは5歳頃までに起こるため、除菌を行う年齢や胃粘膜の萎縮の程度、つまり胃癌リスクによって除菌による効果は当然変わるのです。そのため、対象者の胃癌リスクが小さい集団ではより多くの対象者で長期間観察しないと有意差が得られません。そのため、無症状のピロリ菌感染胃炎を対象にした除菌による胃がんリスク減少効果を論ずるには1つの論文ではなくメタ解析の結果を参考にすべきです。代表的なものにBMJ 2014;348:g3174とGastroenterology. 2016;150(5):1113-1124.がありますが、前者では34%、後者では38%の胃がん発生率の低下が有意差をもって示されています。この数字は決して低いものではありません。

 

〈返答〉

ピロリ感染に起因した胃炎の経時的変化と発がんリスク差異、さらには除菌タイミングに関する興味深い示唆のほどありがとうございます。

 一方、引用しましたランダム化比較試験で追加された長期追跡手法にある問題点については、後でも取り上げます南郷先生のエビデンス解釈 をご参照ください。

 さて、5歳頃までにピロリ感染のほとんどが成立するとコメントをされていますが、それは本当でしょうか。ぜひ根拠をご教示ください。後でお示しする年代別の感染率トレンドをみましても、そのような解釈は難しいと考えます。お尋ねしたいのは、貴協会は青少年期、具体的には中学生や高校生らを対象に早期除菌介入を推奨されるお立場にありますでしょうか。

感染早期からの除菌効果を示すデータは、小生の知る範囲ではスナネズミの実験話でしかありません。中学生時からピロリ菌スクリーニング検査を推奨している自治体もあるようですが、青少年期における除菌治療の短期的・長期的なリスクは無視できないことから、安全性と有効性を示した臨床データをふまえたうえで、青少年期のピロリ菌リスクについてはより慎重に論じるべきと考えます。

 

ピロリ除菌によって30~40%近い胃がん発生率を低下させるパワーは再現性をもって確からしいと理解しております。一方で、この胃がん発生率の抑制効果について、フレームを変えてみますと数字の見方が以下のように変わります。

 

「除菌した1,130人のうち34人(3%)に胃がんが発見されました。一方で、非除菌の1,128人のうち52人(4.6%)に胃がんが発見されました。」

「除菌した1,130人のうち1,096人(97%)に胃がんは見つかりませんでした。一方で、非除菌の1,128人のうち1,076人(95.4%)に胃がんは見つかりませんでした。」

 

これら事項をふまえ、ピロリ除菌による胃がん一次予防効果について整理してみます。貴協会からのご指摘にある「1つの論文ではなくメタ解析の結果を参考にすべきです」に関して、それらが詳細に分析された見解がありますので、以下にお示しします。

これらは、わが国のEBM (evidence-based medicine) 教育の第一人者である 南郷栄秀 医師 (東京北医療センター総合診療科) のエビデンス解釈であり、小生はこれに大いに賛同しております。同時にピロリ除菌治療に伴うリスクについても具体的に述べられています。今回、南郷医師に直接承諾を得てご紹介をさせていただきました。以下にその一部を抜粋いたします。

 

〈ピロリ菌除菌による胃癌発症予防についての結論 (南郷医師)〉

少なくとも現時点では、胃癌未発症の健常者はピロリ菌除菌によって胃癌発生を予防できるかどうか分からず、効果があるのは前癌病変を持たない患者に限定される可能性があります.ましてや、胃癌による死亡も、生命予後の延長も期待できません.害の可能性すらあります。 ただ、将来的に、ピロリ菌除菌によって胃癌発生を予防可能ということが明らかになる可能性はあります。 現時点での結論としては、早期胃癌治療後の患者ではピロリ菌がいれば、再発予防のために除菌をするのは勧められますが、健診でスクリーニングをしてピロリ菌感染者を見つけて全例で除菌したり、慢性胃炎患者で胃癌予防目的でピロリ除菌をする、というのは時期尚早です。

参考文献:2015年 コクランレビュー

 

⑥「全胃がんの原因が感染症であることが前提となっている時点でこのデータは恣意的で信頼に値しません。」

 〈予防医療普及協会コメント〉

全ての癌や疾患と同様に、胃がんの発癌メカニズムが完全に解明されたわけではありません。しかし、ピロリ菌による胃癌発癌機序は放射線による発癌と同様にDNA二重鎖を壊すとの報告(Proc Natl Acad Sci U S A. 2011 Sep 6;108(36):14944-9. Carcinogenic bacterial pathogen Helicobacter pylori triggers DNA double-strand breaks and a DNA damage response in its host cells. Toller IM, Neelsen KJ, Steger M,et al.)、AIDとの関連、メチル化異常など数多く示されています。

 現時点ではピロリ菌感染に関連して重要と考えられるエピジェネティックな異常変化、p53変異、Kras変異、マイクロサテライト不安定性等による様々な発癌パスウェーの存在が判明してきておりますが臨床的にその頻度は同じではりありません。なかでも貴殿指摘のように分化型腺癌の場合にはCMIPとピロリ菌との関連性が重要になるかと思います(Cancer Cell. 2004 Feb;5(2):121-5., Cancer. 2006 Apr 1;106(7):1467-79., Gastroenterology. 2005 Sep;129(3):1121-4., Gastroenterology. 2009 Jun;136(7):2149-58.)

上記に述べました臨床試験におけるピロリ菌感染と胃発がんとの関連が極めて重要な臨床試験結果から、現在ではヒトゲノム側の解析だけではなく、臨床検体を用いたピロリ菌側の疾患全ゲノム解析が始まっています。そのため、現時点における日本の胃癌については99%がピロリ菌感染がベースになっているという見解です。しかし、当然ながらピロリ菌感染以外の原因もあり、ピロリ菌感染率の低い欧米ではその割合が低くなっています。

 

〈返答〉

ピロリ菌の発がん機序について、ミクロ視点レベルに限った話は世に数多あるわけですが、進歩した網羅的ゲノム解析や分子生物学的な手法によって、今後さらに胃発がんメカニズムの解明が加速していくことは間違いありません。

ご指摘にもありますように、ゲノム異常の観点からは、①EBウィルス関連胃がん; EBV (10%)、②MSI 胃がん; MSI (20%)、③染色体不安定胃がん; CIN (50%) 、④ゲノム安定胃がん; GS (20%) という4分類で胃がん全体を俯瞰してとらえることが最近では可能になってきております。以下に、The Cancer Genome Atlas グループからの報告を示した『Nature』誌の文献を提示いたします。


これに従いますと、EBウィルスもピロリ菌と並んで重要な胃がん発生に関わる病原体の一つとして認識されております。

以上のような研究背景のもとで、胃がんに対するピロリ菌の真の役割も明らかにされることを期待しております。しかしながら、上述事項を総合的に鑑みましても、現状において「胃がんは感染症」「日本の胃癌 99% の原因はピロリ菌」と一元的に論じるのは、仮説レベルを越えないものと小生なら考えます。

 

冷蔵庫の普及が不十分であった過去に比べ、生活衛生面が著しく改善されている今日でのピロリ菌感染率は、2010年~2013年でみますと 35.1% (29%-40%) という日本の報告*があります。ちなみに、1975年~1978年では 74.7% (69%-79%)、1991~1994年では53% (49%-56%) という報告です。

*除菌既往者は対象から除く

f:id:masaruoba:20170113190651j:plain

今後もさらに感染率は減っていく可能性がありますので、生活衛生面の改善に伴うこのようなトレンドにも配慮された方がよいでしょう。したがって、貴協会のホームページにある、「日本人の50%がピロリ菌に感染している」という表記もやや誇張されているのではないでしょうか。

最後に、実際のピロリ感染者のうち、実際にどれほどの割合で胃がんが発生するのでしょうか。様々な報告がみられますが、概ね 2%~数% 程度のようです。

 

以上、鈴木英雄 医師ならびに予防医療普及協会様からのご指摘に対する返答とさせていただきます。貴協会のご活動は、わが国の胃がん予防に寄与するものとして一定の評価をしており、今後益々のご清栄をお祈り申し上げます。

 

東京オンコロジークリニク

大場 大

(日本外科学会専門医・指導医、日本消化器外科学会専門医・指導医、消化器がん外科治療認定医終身認定、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医・指導医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医・暫定教育医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医)