大場大のブログ "セカンドオピニオン"

がん治療専門医による、個人的な「つぶやき」ブログ

近藤誠ワクチン否定本の稚拙さと懲りない文藝春秋

 

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〈必要もないのに、最悪の場合死ぬかもしれない。そんな「予防治療」がまかり通っている。専門家は戦慄すべき毒性をひた隠し、事故が起きても自己責任。本書で正しい自己決定を。〉

そうオビに書かれた書籍『ワクチン副作用の恐怖』(文藝春秋) が昨年11月に出版されました。医学の進歩や情報の流動化に伴い、医療情報を扱うメディアへの信頼性が叫ばれている最中、またもや後先考えずに「売れることだけ」を狙った出版物が世に放たれてしまいました。

著者は、“がん放置理論” で名のある元慶應義塾大学病院 放射線科医師の近藤誠氏。治療への恐怖心、医師への不信感につけ込み誇大にリスクを煽ることで、極めてシンプルな “がん放置” という方策を広く認知させることに成功した人物です。しかし実際には、後戻りのきかない深刻な事態に繋がってしまう不幸なケースが後を絶ちません。そして、近藤氏はそのような方たちに対して先々の責任を負うことをしてきませんでした。

今回のいわゆる “ワクチン否定” 本の出版についても、いくら言論の自由があるとはいえ、生命に関わる大切な医療情報となり得る以上、この本にみられる誤謬について糺しておく必要があります。

 

本書の「はじめに」は以下の記述があります。

〈心臓死の危険がある “川崎病” は、日本での発症率が世界一。乳幼児にとって脅威となっていますが、原因が不明とされてきました。しかし、その多くにBCGその他のワクチンが関与しています。(中略)  脳に生じる後遺症が重大です。ワクチンは四肢マヒや知能低下のように、副作用とすぐ知れるもののほか、意外な病気を発症させます。たとえば “ナルコレプシー” (眠り病)です。新型インフルエンザに対するワクチンがその原因になりました。ワクチンによって活性化された免疫細胞が、脳組織を破壊したのです。これを “自己免疫疾患” といいます。またB型肝炎ワクチンは被接種者の一部に、脳の自己免疫疾患である “多発性硬化症” を発症させるようです。ほかのワクチンも、自閉症や認知能力の低下などとの関係がいわれています。〉

何も知らない一般の方が、出だしからこのように吹聴されると、「ワクチンは怖いな、恐ろしいな」という印象をきっと抱いてしまうはずです。しかし、本当にそのようにワクチンとの因果関係を一方的に論じてしまってよいのか、まずは批判的に吟味してみるべきです。なぜならば、この本にみられるロジックは、これまでの著作と同様、特徴的なバイアスが随所にみられるからです。それらは、近藤氏の好悪が前提とされ、全体を公平(フェア)に扱わないこと、都合のよい断片的データや話にしか目がいかないこと。

例えば、肺炎球菌ワクチンの有効性を検討するために、施設入所者を含む高齢者1,006人を対象に国内で行われたランダム化比較試験のデータ(BMJ 2010; 340: c1004)を引用しながら、次を強調します。

〈 (肺炎球菌) ワクチン接種で総死亡数は増える〉

内容は、プラセボ(偽薬)群 504例 vs ワクチン群 502例で、ワクチンによって肺炎球菌性肺炎の発症率を抑えることができるかどうか確かめられたものです。ところが、付随する総死亡数データ、プラセボ群 80人とワクチン群 89人を引き合いにして、増えている死亡発生数があたかもワクチン接種の副作用であるかのように話題を転じています。この数字をあえて比較するのであれば、80/504 vs 89/502 という割合で死亡リスクを検討するべきです。ひとつの研究データのみではなく、海外で行われた7つのランダム化比較試験をまとめたメタ解析(CMAJ  2009; 180: 48-58)の結果をみると、肺炎球菌ワクチンが死亡リスクを高めるというデータはどこにも見当たりません。

近藤氏に限らず数多いるワクチン否定論者にみられる手法として、リスクに関する情報のみに執着し、どこからともなく都合のよい話を調達してきます。さらには、陰謀論まで持ち出すことで、建設的な議論をいとも簡単に壊してしまうこともしばしばです。

医療という営為は、利益と不利益(リスク)を必ず包有します。利益が確実に得られる保証もない一方で、リスクをゼロにすることも不可能です。ワクチン医療もまた然り。ワクチンによる利益とリスクがしっかり勘案されながら、国民一人ひとりの健康の維持、増進を図ることが最大の目的となっていなくてはいけません。しかし、近藤氏はなぜかワクチンの不利益のみにしか目が行かず、利益については頓着しません。

現在でもひとたび感染してしまうことで、大きな後遺症を抱えてしまったり、死に至らしめたりする感染症がいくつも存在しています。それらに対して、もしワクチンで防御できるのであれば、集団としても個人としても大きな利益と考えるべきでしょう。

予防接種の是非は世界規模での懸念事項であるからこそ、各国にとって重要な政策課題となっています。したがって、何よりも科学(サイエンス)に基づく客観性をもった意思決定が重要であり、いっときの思想や個人の好悪で判断されるものであってはいけません。

他方、デリケートな問題も抱えています。ワクチン医療は、病気の患者さんに対して行われる営為ではなく、本来、症状もない健常な方たちに接種されるため、成果が目に見えて実感されにくいということです。そして、ワクチン自体が医薬品であるため、決してゼロリスクではありません。そのような理由から、ひとたび副作用 (副反応) が起きてしまうと、ワクチンへのネガティブな感情が惹起されやすいのはやむを得ないことでしょう。さらに、国家 (集団) としての予防政策と、個人としての防御が合致しないこともありえます。したがって、ある側面だけをみてワクチンの是非を下すのではなく、森も木も見ながら、フェアでより賢い議論を要するテーマであることは認識しておいたほうがよさそうです。

話を『ワクチン副作用の恐怖』に戻します。

 

〈インフルエンザは、ただの風邪です。乳幼児もインフルエンザでは死にません。死ぬ子がでるのは、解熱剤や抗ウイルス薬を使うからです。(中略) インフルエンザワクチンは、効果に関しては専門家が語るように、「水のようなワクチン」です。しかし、副作用に関しては劇薬に指定されている毒物です。ただの風邪を予防するために打つには危険すぎ、無用です。〉

インフルエンザウイルスには A、B、C の3つの型があり、流行的な広がりを見せるのはA型とB型です。A型は連続抗原変異といって、巧みにマイナーチェンジを繰り返すので毎年流行します。歴史的には、10年〜数十年の間にフルモデルチェンジをした暁にはパンデミック (世界的流行) を起こし、多くの死者を出しています。記憶に新しいのは2009年にメキシコと米国で発生した新型インフルエンザですが、過去にはスペイン風邪として、全世界で約4,000万人もの死亡者が報告されています。今後、新たなパンデミック がいつ起こり得るか不明であり、ワクチン対策は常に念頭に置いておくべきでしょう。

さて、インフルエンザが問題になる対象はとくに高齢者です。心臓や肺に疾患を抱えていたり免疫機能が低下している方の場合、 二次的な肺炎を起こしやすく入院や死亡リスクが高くなります。例年のインフルエンザ感染者数は、国内のみでざっと約1,000万人といわれます。インフルエンザが引き金となって生じる肺炎のように、間接的な要因まで含めた「超過死亡」という推定値によると、インフルエンザ流行による年間死亡者数は、世界で約25~50万人、日本では約1万人。さらに、5歳以下の乳幼児はインフルエンザ脳症リスクがあるため、やはりワクチンでの集団防御は必要と考えます。

インフルエンザは決して「ただの風邪」ではないのです。

〈群馬県前橋市における大規模調査で、ワクチンを打ってもインフルエンザにかかる人びとが減らないことがわかりました。社会防衛論は根拠のない空論だったわけです。〉

近藤氏は、今から30年も前に刊行された前橋市医師会が中心となって作成した論文「前橋レポート」(http://www.kangaeroo.net/ 参照可能)を前提としているようです。ワクチン否定論者にとってバイブル扱いされているようですが、いま見返してみるとデータの統計学的な扱い方に難があります。内容は、不均一なデータを駆使しながら、学童を対象にワクチンを接種してもしなくても学校欠席率に差が無かったことを示しているだけです。欠席理由は、インフルエンザばかりでなく、風邪や他の発熱疾患も含まれています。この前橋レポートには、今しっかり吟味すると「社会防衛論は根拠のない空論」と結論づけるほどのインパクトはありません。一方、海外から報告されているインフルエンザワクチンの有効性を示す数多の臨床試験データについて黙殺するのはフェアではありません。挙句には、次のように言い放ちます。

〈高齢者は、いつかは亡くなる運命にありますが、インフルエンザにともなう肺炎や肺炎球菌肺炎は、相当ラクに死ねるので、ある意味、理想的です。〉

現場感が欠如していて、とても医師の発言とは思えません。

 

〈麻しんウイルスが排除された日本では、やめたほうがいいワクチンです。〉

麻疹 (はしか) ウイルスは非常に感染力が強く、空気感染 (飛沫核感染) するので、手洗いやマスクでは予防できません。日本は2015年3月に世界保健機関(WHO)の西太平洋地域事務局から「麻疹の排除状態」と認定されました。風疹も含む混合ワクチン2回接種法対策の恩恵だったわけです。しかし、グローバル社会となったいま、多くの海外渡航者が帰国後、麻疹を発症する人が増えています。昨年も189人の麻疹感染者が国内で確認されました (国立感染症研究所 感染症発生動向調査より)。忘れがちなのは、いくら国内が「麻疹の排除状態」にあっても、外国から持ち込まれる輸入感染のリスクに晒されているということです。最近のニュースでも、沖縄で台湾人旅行者による麻疹持ち込みによって、周囲への被害状況拡大が問題となっています。

http://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/chiikihoken/kekkaku/mashin.html

特にアジアではインド、中国、ヨーロッパ地域ではイタリア、ルーマニアなどでは麻疹対策が遅れ、現地での感染者がいまだに少なくありません。したがって、この先オリンピックを控え、毎年多くの外国人を迎え入れている日本としては、一人ひとりが麻疹に対しても積極的に関心を示すべきです。

〈麻しんワクチンは生きたウイルスをつかっているので、それが脳で増殖し、組織を破壊する〉

近藤氏はリスクを一所懸命に唱えますが、麻疹ワクチン副反応としての脳炎・脳症の発生は100~150万人に1人以下の頻度とされています。しかしいくら稀な事象であっても、万が一起きた場合にはもちろん救済策は必要です。

〈先進国では、麻しんで死亡する可能性がほぼないため、ワクチンの必要があるかは疑問です。〉

本当にそうでしょうか。麻疹ウイルスに感染すると、免疫抑制状態を引き起こすことで麻疹以外の別のウイルスや細菌感染が重症化することがあります。とりわけ肺炎や脳炎を引き起こすリスクが高く、中でも亜急性硬化性全脳炎 (SSPE) という悲惨な合併症で苦しんでおられる患者さんがいることも忘れてはなりません。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20120523-OYTEW59282/amp/?__twitter_impression=true

他には、妊婦の重症化リスクが高いことも問題になっています。国立感染症研究所の報告では、先進国であっても麻疹患者 約1,000人に1人の割合で死亡するリスクがあるようです。国内では2000年前後の流行期に年間 約20~30人の死亡例が確認されています。

以上より、近藤氏は、もう少し広い視野で事実をみるべきです。

 

〈幼児期の接種では、先天性風しん症を防げない 〉

そのように断じてしまう根拠は薄弱です。風疹ワクチンの接種をしていない女性が妊娠20週頃までに風疹に感染すると、ウイルスが胎児に感染し先天性風疹症候群 (CRS) と呼ばれる障害児が生まれるリスクがあります。他の先進国と比べると国内での発生頻度は比較的高く、2012~14年の CRS 報告数は45例。2013年には、米国疾病予防管理センター (CDC) より、日本への渡航注意が米国人に向けて喚起されました。

CRS の赤ちゃんは、周囲に感染させてしまうこともあるため、保育所をはじめとする集団生活のみならず、日常の生活においても様々な制限が出てきます。現在でも苦悩し続けている母親や家族がおられることを決して他人事と考えてはなりません。重要なのは、CRS はワクチンで防げるということです。

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hand-in-hand-kanimama-taeko?utm_term=.ls082PygVg#.snZY2R18M8

また、認識しておかなければいけないデータとして ( 国立感染症研究所ホームページ 先天性風疹症候群とは ) 風疹の流行と CRS 発生の多い年度は一致しているわけですが、もうひとつ無視できないのは、人工流産を選択するケースも併せて増えていることです。風疹感染を危惧して中絶を決意した少なからぬ妊婦の悲しみが推し量られます。

〈 風しんワクチンは、妊娠を計画したときに、抗体価をはかってから接種を決めればいでしょう。男性には不要です。〉

近藤氏の主張がいかなる理由であれ、未婚であっても妊娠可能な年齢女性は、早めに風疹ワクチン接種を受けておくことが大切です。また、妊婦への感染リスクをできるだけ減らすためには、妊婦周辺だけの話では済みません。もっとも感染者が多いのは、20〜40歳代の男性であることはご存知でしょうか。

https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/rapid/rubella/160714/rv3_180208.gif

したがって、男女問わず、地域社会全体で一人でも多くの方が予防接種を受けておくのが理想的でしょう。「男性には不要」などと医師が言うべきことではありません。

 

かつて実施されていた麻疹、風疹、さらにムンプス(おたふくかぜ)の混合ワクチンであるMMRワクチンについて、以下の記述があります。

〈1998年の「ランセット誌」に、英国のウェイクフィールド医師が、麻しん風しんおたふく風邪三種混合ワクチン (MMRワクチン) が自閉症の原因になるという論文をのせました。(中略) ところが研究内容に不正があったとして、2010年にランセット論文が取り消され、ウェイクフィールドの医師免許がはく奪されました。こうして自閉症とワクチンは無関係であるとする学説が勝利したようにみえます。が、これは序章にすぎず、いまでも自閉症のワクチン原因説は根強いのです。とくに問題視されているのは、各種の不活化ワクチンがアジュバントとしてアルニウムを含んでいる点です。〉

ウェイクフィールド事件について、ご存知ない方は『ワクチンは怖くない』(岩田健太郎 著 光文社新書) に詳細が書かれています。一部抜粋しますと、

- MMR接種から何ヶ月もたってから自閉症を発症したデータは隠蔽されていました。「接種後数週間で自閉症を発症する」という物語を作るためです。ウェイクフィールドは事実をねじ曲げていたのです。実は、ウェイクフィールドはワクチンメーカーを訴える計画に関与していました。問題の論文ができる前から、訴訟を目論んでいた弁護士から、40万ポンド以上もの報酬も受け取っており、ワクチンと自閉症との関係をでっち上げ、訴訟を起こして多額の賠償金をせしめようとしていたのです。P19-

何かにつけて陰謀論を盾にする近藤氏ですが、まさに陰謀の渦中にあったウェイクフィールド氏を断罪するのではなく、むしろ「いまでも自閉症のワクチン原因説は根強い」と擁護しています。

さらに目を疑ったのは、下記の如く、信頼性の乏しい動物実験の話まで持ち出して、ワクチン接種部位の肉腫 (にくしゅ) 発生リスクまでも強調しています。

〈アルミニウムアジュバントが使われている種々の不活化ワクチン接種部位に、将来肉腫が生じることが予想されます。ただ犬猫の一生は短いためでしょう、肉腫も比較的早くに生じてきます。これに対し人の一生は長いので、肉腫ができてくるとしても、ワクチン接種後、数十年たってからだと考えられます。〉

ここまでくると、本の中に登場してくる話の根拠には一貫性がありません。要するに、ワクチンを非とできる話やデータであれば何でもよいことがわかります。この「認知バイアス」を、近藤氏は自覚するべきです。

 

〈将来の性行為によって感染するB型肝炎を、乳児期のワクチン接種で予防しようというアイデア自体に無理があります。またワクチン導入前の、子どもの陽性率も低く、そもそも導入の必要性がなかったのだと思います。副作用も甚大です。脳の自己免疫疾患がよく生じることも問題です。子への接種はやめましょう。〉

2002年のWHO報告では、B型肝炎ウイルス (HBV) 感染者は世界中で20億人、持続感染者は3.5億人、年間70万人近くの人々が HBV 関連疾患で死亡しています。私も、これまでに B型肝炎由来の肝細胞癌、肝硬変の患者さんの死を数多く見届けてきました。また、 B型肝炎が劇症化して生体肝移植に携わった経験もあります。

このウイルスは、これまでの認識に反して、血液だけではなく、唾液や涙からも検出されることが知られています(下記資料より)

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000070694.pdf

B型肝炎ウイルスの感染について考える際、決して性交渉だけに注意を払えばよいわけではありません。食器やタオルを共有する家族間での感染や, フットボールや相撲などのコンタクト競技による水平感染も報告されています。2002年には、佐賀県の保育所関係者が感染源となって、園児19名, 職員6名の集団感染が報告されました。唾液や涙を介して日常生活でも感染してしまうこのウイルスは、ひとたび慢性化してしまうと、排除は難しく生涯付き合っていかなくてはいけません。とりわけ 1歳未満 の免疫機能が未熟な乳児期に感染してしまうと、その 90% がキャリア化するとも報告されています(World Health Organization; Introduction of hepatitis B vaccine into childhood immunization services)。

2016年10月より、海外に遅れをとってようやく国内でもB型肝炎ワクチンが定期接種化されました。全出生児を対象に、生後12か月までに3回接種することが推奨されています (ユニバーサル ワクチネーション)。このワクチンは青年期より乳児期に接種するほうが、より効果が高いことも示されています。毎年、世界中で何億人もの人たちがB型肝炎ワクチンを問題なく使用しているわけで、もっとも安全性の高いワクチンの一つなのに「脳関連の副作用が多いことを知れば、打つ人はいなくなると思います」と吹聴できる根拠は不明です。

乳幼児に対する日本のB型肝炎対策がようやく世界標準になりつつあるにもかかわらず、保育園や幼稚園の入所の際、次のように呆れた指南が本に記されています。

〈祖父母やママ友などにあれこれ言われるケースもあるでしょう。その場合に決定的な解決策はないのですが、この本を渡して読んでもらうのが一法です。それでも言いやまない人たちには、『子どもに後遺症がでることはないと保証してください。そう一筆書いてくれたら、うけさせます』と言えば、みんな黙るようです〉

 

〈HPVワクチンで子宮頸がんは防げない 〉

最後に、ヒトパピローマウイルス (HPV) ワクチンについてです。HPV 関連疾患として、代表的なのは女性の子宮頸がん、男性の尖圭コンジローマ、最近では咽頭がんも増えています。中でも、“マザーキラー” と称される子宮頸がんは、ワクチンで感染を防ぐことができれば、子宮や命を奪われることはありません。これは、B型肝炎ワクチンで感染を防御できれば、B型肝炎由来の肝がんにならなくて済むのと同じ理屈です。その子宮頸がん、現在、国内では年間 約1万人 の女性が罹患し、約2,700人 が死亡しています。

もちろん、HPV感染の慢性化が、死亡リスクのある浸潤がんにすぐに変化してしまうわけではありません。手前で高度異形成、上皮内がんといわれる過程があります。それらは「前がん病変」 (CIN3) と称され、適切な治療を受けずに長年放置されると、約30~40%が浸潤がんに移行する可能性リスクも報告されています (Lancet 2004; 364: 249-56 / Lancet Oncol 2008; 9: 425–34)。しかし、“がんもどき” と “本物のがん” の二元論でしかがんを語ろうとしない近藤氏は、CIN3から浸潤がんへの連続性を頑なに認めようとしません。挙句には、「子宮頸がん検診」までも無意味だと主張します。

 一方、若年女性を対象としたHPVワクチン接種によって、数年ほどの観察期間とはいえ、前がん病変の発生を90%以上抑える効果が臨床試験で証明されています (N Engl J Med 2007; 356: 1915-27 / Lancet 2009; 374: 301-14)。この事実に対して近藤氏は、次のように断じます。

CIN3の出現頻度を減らしても、浸潤した子宮頸がんの発生を防げたというケースは、世界に一例もない」

これは、詭弁にほかなりません。以下、理由を説明します。

感染からがん発生まで観察するのに十年単位の長期間を要します。その期間中、もし被検者の方が「前がん病変 (CIN3)」だと診断されたらどうされるでしょうか。きっと放置せずに、その時点で適切な治療を受ける方が大部分のはずです。したがって、倫理的な側面を考えれば、「浸潤した子宮頸がん」発生の差まで示すデータを出すことは不可能なわけです。良識ある読者であれば、「前がん病変」の発生を阻止できれば、その先にある浸潤がんも防げることは、容易に察しがつくはずです。ところがHPVワクチン薬害訴訟弁護団からも近藤氏の主張とまったく一致した声が聞こえてきます。

-HPVワクチンは、「子宮頸がんワクチン」と呼ばれていますが、子宮頸がん自体の発症予防効果は証明されていません。臨床試験で確認されているのは、癌になる前の細胞の異常状態(異形成)を抑制する効果だけで、その効果も限定的です。- (HPVワクチン薬害訴訟弁護団 ホームページより)

周知のごとく、日本では2013年4月に小学校6年生~高校1年生の女性を対象に、他の先進国に遅れてようやく定期接種が開始されました。しかし、接種後に「身体の広範な痛み」「倦怠感」「しびれなどの神経症状」などの異状が報告されたことから、わずか2カ月後の同年6月に、厚生労働省からHPVワクチン接種の積極的な勧奨が一時中止とされました。この事態以降、医学、政治、メディアとの相互間で、厄介で大きな捻じれを生み出すこととなります。

一部マスメディアは、症状で苦しむ少女の映像やネガティブなニュースを前面に出し、HPVワクチンのリスクを誇大に煽る報道を繰り返しました。さらには、2016年6月には被害者とされる63名が国と製薬企業を被告として全国4地裁で一斉提訴に踏み込む事態となっています。

確かに、他ワクチンと比べて相当痛み刺激が強いのは本当のようです。対象が思春期の女性であるため、中にはワクチン接種直後に意識を失うケースも少なからず報告されています。それらの事象もすべて含めて、昨年4月まで報告された副反応の発生頻度は、医師などが判断した重篤なもので10万人あたり51人とされています(厚生労働省 厚生科学審議会)。

近藤氏は、原因不明の多様な症状に対して、信憑性の乏しい動物実験やマクロファージ性筋膜炎、アジュバント病といった不可解な病名を持ち出しながら、自身の推察のみでワクチン含有成分が原因だと論じています。ちなみに、最近の全国疫学調査 (研究代表者 大阪大学教授 祖父江友孝 氏)によると、HPVワクチン接種歴のない若年者にも同様な症状が一定数存在することが報告されています。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000161352.pdf

WHOや各国は、科学的根拠に基づきながら器質的疾患とHPVワクチンとの因果関係を否定していますが、ワクチン接種後に少女たちに何らかの原因不明な症状が出現し、今もなお苦しんでいる一例一例の事実は重く受け止めなければいけません。もちろん、ワクチンがゼロリスクでないことも理解しておく必要があります。そして、思春期にある「機能性身体症状」という病態への理解が乏しいまま、ワクチンとの因果関係が証明されていないからと突き放してしまう医師がいる限り、残念ながら一度失ったHPVワクチンへの信頼を取り戻すことは難しいでしょう。しかし一方で、蓋然性の低いリスクばかりに固執し、身勝手にワクチン自体の有効性に疑義を呈したり、本来、ワクチンの恩恵に与れるはずの多くの日本人女性が発がんリスクに晒され続けている事態も大きな問題であると申し上げておきます。

 

最後にこの本の「あとがき」にはこう記されています。

〈もし将来にワクチン接種によって重篤な後遺症や死亡が生じたら、その発生を予見しながらワクチン接種体制をそのまま放置していたことは、間接的にせよ、傷害罪や殺人罪に相当する行為だと言えるのではないでしょうか。〉

ワクチン副作用ばかりに執着されるのであれば、なぜ、ワクチン接種の機会を逸することで、感染する必要のない病気で苦しむ多くの人たちの苦悩や無念さについても、等しく配慮できないのでしょうか。

近藤誠氏および贔屓出版社のふるまいは、いっときのエゴを満たしている行状にしかみえません。医師の立場でありながら、確信的に倫理的規範から逸脱した「表現の自由」は許容されてよいはずがありません。

金輪際、「医師として」表現されることはお辞めいただきたい。

 

* 『週刊新潮』2018年1月25日号で掲載された記事の原文を一部抜粋・加筆修正